第45話 介錯
「百――。なんで、お前まで……」
千里には理解できなかった。
「十戒も鬼一まで! お前ら、なにやってるか分かってるのかよ!」
「それはあたいらの台詞だぜ、千里」
二刀を構える鬼一が言う。
「珍しく意見があったな」
と十戒も苦無を構える。
「千里、辛いのは分かる。けど、一度こうなった鬼は二度と人間には戻れない。それどころか、ますます多くの怨霊を取り込んで、より大きな害悪になる」
淡々と話す百。
「害悪って、友だちだろ!? たくさん話して、一緒に修行して、狩りにだって行って――」
「――千里」
そう呼ぶ百が悲しそうな顔をしていることに、呼びかけられて初めて気づいた。
「これは、杏子を咎人にしないために、わたしたちが背負うべき罪」
そう言う百の目を涙が伝った。
「百……」
呆然としていると、鬼の悲鳴が響きわたる。振り返ると、茨が鬼の全身を縛りあげている。
「よくもやってくれたな、クソガキが。本当に忌々しい。こいつを殺した後は貴様を殺す」
立ち上がった槐棘の姿があった。
「中身は罪のない子どもだぞ!」
「罪のない、だと? いい加減な御託を並べやがって。こいつが人を殺した後でも同じ台詞を吐けたらいいな」
「……――!」
だんだんと凶暴さを増していく鬼。とうとう茨を引きちぎり、百にまで殴りかかる。
「百ぉ!」
千里が叫ぶが、百は避けようとも、大剣で防ごうともしない。
「――」
ただ、両手で鬼の拳を受け止めた。そうして優しく語りかける。
「わたしたちが死ぬまで、あとほんの少しだけ待ってて欲しい。わたしたちがそっちに行ったら、飽きるまで話して疲れるまで遊ぼう。やり残したこと、全部やろう。わたしたちは、そのときを楽しみにしてるから。またいつか会えると信じているから」
そう言って微笑む百。
その言葉に鬼が涙を流す。動きが止まる。槐棘がその隙に茨で動きを封じる。全身を拘束され横たわる鬼。そして茨は千里をも蝕む。
「ゆっくりと、おやすみ」
自分自身も涙を流しながら、しゃがんで鬼の涙を指でぬぐってやったあと、百がとうとう右手で大剣を構える。すべてを察した千里。
「おい、なんだよ……なにしてんだよ、百……」
茨が身体に刺さるのもかまわず、地を這いながらもがく千里。
「やめろおぉぉっ!」
走馬灯のようによぎる杏子との思い出。なんの身動きもできないまま、地面を這いつくばる千里。
が。しかし。
それでも百は思いきり振りかぶると、たった一撃で介錯をすませた。
「あなたを、忘れはしない」
ただ一言、そう残しながら。
翌月、とうとう吹雪もやんで春を迎え、千里たち四人は村を出た。槐棘は昨晩に村を発ったらしい。
喪に服した村はいつもよりずっと静かだったけれど、それでも見送りはしてくれた。
「村長、すみませんでした。俺に力がなかったばっかりに……」
と千里が頭を下げると、
「いいえ、みなさまはよくしてくださりました。孫の幸せな死に顔がそれを物語っておりました。だからこそでしょうな。あと少しだけこんな時間が続けばいいのに、と、そう思ってしまったのでしょう」
柔らかく微笑んでくれる村長。
「俺、これから修行する。覚者になって、どんな病気でも治せる人間になるよ」
握手を交わす村長と千里。
「はい。あなた様方の旅路に幸福のあらんことを」
「長い間、お世話になりました」
深々と頭を下げる千里。
そうして手を振り合ってからは、振り返らなかった。仲間の誰も口を利かなかった。千里は裏切られたと思っていたから。けれど、このちぐはぐさが後々とてつもない危険をもたらすとは、このときの千里には知るよしもなかった。
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