第44話 鬼

 紫色の霧のようなものが棺へと入っていき、ばき、べき、と棺が内側から折れる音がする。 


「つまり、これって――」 


 なにもできず千里が立ち尽くしていると、


「そのガキはこれから鬼になる! だからとっととそこをどけ、クソガキ!」 


 槐棘が叫ぶ。


 そしてその言葉どおり、棺の中から黒く太い両腕が現れて、棺の縁を掴む。やがて完全に棺がバラバラになり、残っていたのは体長一間もあろうかという巨大な鬼の姿だけだった。逃げ惑う喪服の人々。そこかしこであがる悲鳴。


「ちぃ! 目障りな!」


 そう言って槐棘が千里を突き飛ばす。呆然と尻餅をつく千里。


 鬼はキョトンとした様子で、別段暴れる様子もない。ただ、千里と目があったとき、 


「――センリ、クン」


 と喋った。 


「――!」


 その瞬間、立ち上がる千里。全身から茨をだし、今まさに攻撃をしようとしている槐棘にタックルを食らわせ、


「待てよ! あれは杏子だ! 杏子の意識を持った鬼だ! 人を襲ったりしない!」


 と説得を試みるも、


「ああ、村長のところの死に損ないだろうさ。病で死に、無念から鬼になり人を殺す。もっと生きたかったという思いが、今生きている人間への嫉妬や憎悪に変わり、人を襲う。人間なんてその程度の生き物だ」


と槐棘はいう。


「お前の人間憎悪に杏子を巻き込むな!」


 と言うが、今度は槐棘の茨は千里の方を向いた。


「鬼に与する者は鬼の徒党とみなす。つまり、殺す」

「……センリ、クン!」


 その様子を見た鬼が、槐棘へ殴りかかる。


「よせ、杏子!」


 呼ぶ声も虚しく、鬼の右腕は茨によって動きを封じられた。


「ほら見ろ。壊すことしか能がない。あれがあの鬼の本性だ」


 千里には、槐棘のその侮蔑の眼差しが許せなかった。


「違う! さっきのはお前から俺を守ろうとしてくれただけだ!  槐棘、お前は憎しみで目を曇らせて、なにもかも自分の都合のいいようにしか見ていない!」


 そんな虚しい言葉の応酬をしている間にも鬼の体はだんだんと茨に蝕まれていく。身体中に茨の棘が刺さり、とうとう鬼は暴れだしてしまう。建物を破壊し、槐棘に殴りかかる。それをこともなげにかわす槐棘。


「すま、ねえ……俺が不甲斐ないばっかりに、病を治してやれなかった。幸せに死なせてやることもできなかった……!」


 懐から巻物を取り出す千里。 


「でも、今度こそ、俺の力で守ってみせる!」


 そう言うと詠唱を開始する。


「我、招、理、是、引、是、書……」

「ちっ、今度は忍者の真似事か?」

「――雷、撃、槍!」


 渾身の一撃を槐棘に放つ千里。鬼にすべての茨を使っていたため、もろに攻撃を食らい吹っ飛ばされる槐棘。


「杏子、これでやっとお前のことを守ってやれる。な、みんな――」 


 振り返った千里の目に映ったのは、なおも臨戦態勢を解かない仲間の姿だった。 


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