第42話 俺に力があったなら
翌日の朝は、
「ねーねー、千里くんと百ちゃんはどうやって十戒お兄ちゃんと出会ったの?」
と、十戒との出会いについて聞きたがる杏子。
が、直後に杏子が咳をする。それがだんだんひどくなって、しまいには血を吐いた。
「おいおい、大丈夫かよ!?」
慌てふためく一行。
「医術に心得のある者を呼んでくれ!」
と十戒。
「なあ、村長。この治療薬はないのか」
と訊くと、
「原因不明、生まれつきの病でして、余命いくばくもないとのことです」
肩を落とす村長。
「俺にも医術の力がないし、破魔ならもしかすると……そうだ、化身!」
と千里が閃くと
「化身ってのは、覚者が操るあれか?」
と鬼一。
「ああ。俺と百はどんな怪我も病も治せる覚者に一度会ったことがある。そしてその真言も教えてもらった」
言いながら、破魔から受け取った巻物を広げる千里。
「破魔か、他の薬師如来を呼び出せる覚者がいれば、杏子の病気もなんとかなるかもしれない」
すると村長が、期待に満ちた目で、
「心当たりはあるのですか!?」
とすがるように尋ねる。
「それは……ない。村長たちも心当たりはないのか?」
言った後、あるならとっくに試してるだろうということに気づいた。
すると、
「なら、千里くんが試してみて」
と言い出す杏子。
「いや、俺はまだ覚者じゃなくて、煩悩まみれの修行の身なんだ」
「それでも、可能性がまったくないわけじゃないでしょ?」
「そう言われると断る理由はないけど……何も起きなくても落ち込まないでくれるか?」
予防線を張ると、
「もちろん!」
と明るく笑う杏子。
「――よーし、それじゃ、ひとつ唱えてみるか」
巻物を握り締め真言を唱える。
「オンコロコロ、センダリマトウギ、 ソワカ!」
が、なにも起きない。
「オンコロコロ、センダリマトウギ、 ソワカ!」
もう一度唱えても、やはり何も起きない。しーんと静まり返る居間。
「……ごめんな。忍術ならちょっとは使えるんだけど」
と言うと、
「すごい! 使えるの!? 見せて見せて!」
とせがまれる。
請われて千里は、
「我、招、理、是、火」
と呪文を唱える。手のひらからぼうっと、小さな火の玉が浮かび上がる。
「……あったかい」
瞳をキラキラさせながら、うっとりと見つめる杏子。
「ごめんな、俺にもっと力があれば、治せてやれたかもしれないのに」
落ち込む千里とは対照的に、明るい眼差しを向けて、
「ううん、こうしてお話ししてくれたり、色んなものを見せてくれるだけでも嬉しい。杏子、みんなのこと大好き」
と言う。
「じゃあ、せっかくだから、忍術の訓練見てみないか?」
と誘う千里。そばで聞いていた十戒が、
「それなら、今日は巻物の使い方を教えよう」
と申し出る。
かくして、一行は村長の屋敷の庭にて、雪だるまで的を作って用意した。
「巻物には忍術を強化する呪文が書かれている。これを理解し、暗記した上で引用することにより、より強力な忍術を発動できる」
百聞は一見に如かず、と言って、巻物なしで、炎爆矢を発動する。細い炎が飛び出る。
「次に巻物を引用して発動して見せよう――。我、招、理、是、引、是、書、炎、爆、矢!」
すると今度は巻物が青白く燃えて、そこから炎の矢が放たれたと思うと、着弾地点で爆発が起きた。
「すごーい!」
爆風に煽られながらはしゃぐ杏子。
「す、すげえ……」
驚く千里。
「いつまで呆けている。次は千里の番だぞ」
そう言って新しい巻物を渡してくる。難解なところはそこまでない。だいたいのイメージは初見でも掴めた。じいっと巻物に目を通していると、
「頑張って、千里くん!」
と杏子の声援。
「ひゅうひゅう! 期待されてるねえ、坊や!」
鬼一は煽ってくる。
「う、うるせーよ……よし。だいたいの感じは分かった。……いくぞ。我、招、理、是、引、是、書――」
次第に巻物が光を帯びてくる。その力を炎の矢として形成するイメージを作り上げる。
「炎、爆、矢!」
すると十戒のよりかは小さいものの、炎の矢が放たれて、着弾地点の雪だるまを爆発四散させた。
「よっしゃあ!」
ガッツポーズをとる千里。
「すっごーい!」
自分のことのようにはしゃぐ杏子。
「一度目で成功するとはな。見込みがあるやもしれん」
十戒も嬉しそうに見守っている。
すると、
「杏子もやりたい!」
と言い出した。
それで、それからは外で忍術の練習をすることになった。が、途中で咳をする杏子。
「大丈夫か?」
と千里が訊くと、
「大丈夫じゃないけど、心配いらない」
との答え。
「杏子は生まれたときからすぐ死ぬって神様が決めてたの、だから、なにもしないでほんの少し長く生きるより、楽しいことをたくさんしてから予定どおり死ぬ方が幸せ」
と言う。
そう言って微笑む杏子になんと言葉をかければいいのか、その場の誰も答えを持たなかった。
その晩、寝床にて。
「なあ、十戒。十戒は神や仏はいると思うか?」
千里が尋ねる。
「実際に奇跡を起こせる者がいるのだから、信じざるを得まい」
「あんな小さな、罪もないこどもの命を奪うようなやつに、神や仏を名乗る資格なんかねえよ!」
つい千里が感情を荒げても、十戒は冷静だった。
「神や仏が自ら名乗ったわけではあるまい。救いをもとめる衆生が勝手にそう呼んだにすぎない。勝手な偶像を押し付けられて迷惑してるのは、その神や仏のほうかもしれんな」
どこまでも冷静な十戒に、返す言葉を持たない千里だった。
翌日。
朝になっても、やはり槐棘は現れない。
「今日も槐棘はいないのか……。いつも何食ってんだろうな」
と千里が呟くと、
「熊や猪を狩って食べてるんだって」
と杏子。
「へー自給自足ってわけか。たしかに、他人に借りを作りたがらない神経質そうなところあるもんな」
と千里。
「なあ杏子、昨日は忍術の練習したんだろ? 今日はお姉さんと狩りの練習でもするか?」
と鬼一が微笑みかける。
「わー! それ、楽しそう」
乗り気な杏子。
「村長、いいのか?」
と千里が一応訊くと、
「杏子の意思を尊重してやってください。それがあの子にとっての一番の幸せですから」
とのことだった。
吹雪の中、四人と杏子は森に入る。
「動物は冬を越すために栄養を蓄える。だから、冬の獣が一番うまいんだぜ」
と先頭を行く鬼一。
「せっかくだから猪を狩ろう。あれはミミズを食べるため田んぼの土を鼻でほじくり返し、稲作の害になる」
と十戒。
「猪は冬眠するの?」
と杏子が訊くと、
「しない。いつでも食べられる」
と百が答えた。
そうこうしているうちに、十戒が猪の足跡を見つける。
「ここをつい最近通ったようだな。主、居どころは分かりますか?」
と尋ねると、
「あっち」
と指差す。
そして、猪を発見。杏子に弓を持たせてみることに。
「うーん……」
片目を瞑りながら、一生懸命に狙いを定める杏子。
「落ち着いて。心を無にするんだ」
そう言って肩に手を添える千里。
「えいっ!」
が、杏子の放った矢は見当違いな方向に飛んでいって猪が音に気づいて逃げる。
「――逃がすか!」
そこで鬼一が神通力で空中に猪を放り投げた。
「――」
すかさず百がつっこんで、落下してくる猪のアゴにアッパーパンチをお見舞いする。脳震盪を起こして気絶する猪。
「よーし、捌いてみるか?」
と鬼一が杏子に問いかける。
「う、うん! やってみたい!」
と少し怯えながらも興奮気味な杏子。
「俺もやってみたい。狼は捌いたことあるけど、猪は初めてだな」
と千里が言うと、
「じゃあ、一緒にやろ!」
と杏子。十戒のレクチャーのもと、血抜きをしたり皮を剥いだり、肉を切り分けたりする。
「できた! 今晩はシシ鍋で決まりだね!」
とはしゃぐ杏子。
「初めてにしては中々の手際だったぞ。誇っていい」
と十戒が言うと、
「えへへ、ありがと。でも、今回は仕留めそこなっちゃったからなー。もし次回があったら、そのときこそ自分の手で仕留められるようになっときたいなー」
と弓を引くポーズをとる。
「ああ、なれるさ、杏子なら」
と頭を撫でてやる千里。
「もー! 血で汚れた手で撫でたら獣臭くなっちゃうじゃん!」
と怒る杏子。
「悪い悪い、次からは気をつけるよ」
と千里が頭をかくと、
「まったく。次からは気をつけてね」
と言ったあと、
「……もし次があったら」
と言うのでみんな言葉をなくす。すると、
「冗談、冗談! 病人式のとびっきりの冗談だよ、今のは!」
と両手をバタバタさせる。
「正直、あとどのくらいって言われてるんだ?」
と千里が訊くと、
「年を越せるかどうか危ないんだって……」
「……そっか」
「でも、大丈夫!」
と胸を張る杏子。
「みんなが来てくれてからすごく楽しいし、みんなのこと、すごく大好きだから!」
と健気に振る舞う杏子の目の端に光る雫が。千里はそれを見て、咄嗟に、
「俺たちも大好きだよ、杏子のこと」
と抱きしめている千里だった。
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