第40話 茨の男
障子を一度も開けることなく、一度目の挨拶は終わった。
が、それですべてが終わったわけではなかった。
「――!」
百と鬼一が目を合わせると、
「どけ!」
と叫んで槐棘(かいきょく)が障子を叩っ斬って飛び出し、そのまま外に躍り出る。
「まさか、鬼の襲撃か!?」
と千里が言うと、
「なかなかの大物」
と答え百も槐棘(かいきょく)を追う。
一行がたどり着いた頃には、村の入り口まで鬼が迫っており、あたりは混乱と悲鳴に満ちていた。
「で、でけえ!」
その鬼は上半身は女で下半身が蛇の姿をしており、猛吹雪の中で炎を口から吐いていた。上半身だけでも六尺はあり、下半身の長さともなると、気の遠くなるような大きさだった。
「あれも、特級ってやつなのか?」
と十戒に尋ねると、
「いや、あれは上級。名を清姫という」
「あのサイズで上級かよ……」
千里が呆れている間にも、槐棘は攻撃をしかけていた。
「――」
全身から赤色に光る茨を出すと、それぞれが意思を持っているかのように清姫のもとへ襲いかかる。炎を吐く口をぐるぐる巻きにして、蛇のような巨大な下半身をも拘束する。
「……!」
それだけでも、茨の棘が身体中に刺さって激痛に苛まれるのだろう、清姫はのたうちまわり、その身体が民家を潰しそうになる。
「あぶねえ!」
咄嗟に鬼一が懐から葉っぱでできた扇を取り出し、それを薙ぐと風でできた刃が清姫の尻尾を切断した。
すると、その尻尾が宙を舞い、千里のもとへ直撃しそうになる。
それを、
「我、招、理、是、風、刃、鎌!」
十戒が風の忍術で守る。
「ちっ、オレ一人でも十分だ!」
と言いながら、茨で清姫の上半身を貫く。苦悶の声をあげようにも、口を封じられてもがきくるしむ清姫。
「――」
百も大剣を構えて清姫の元へ向かう。そして跳躍すると、上半身と下半身の間に回転しながらの一撃を叩き込んだ。
「……!」
断末魔をあげる清姫。やがて大人しくなり、完全に沈黙すると、槐棘の茨も消えた。
「よかった。被害は出てないみたいだ」
と千里が言うと、
「約一名足手まといがいたのにこの戦果だ。上々だろう」
槐棘が部屋に戻りながら言う。
このとき初めて槐棘の容姿がちゃんと見えた。長く刺々しい黒髪が印象的で、鋭い眼光は常に敵意に満ちている。年齢はまだ青年と呼べるくらいだった。得物は槍だった。刺々しい柄の紺色の羽織を着ている。
「まったくだよ、誰かさんのせいで民家が潰れそうになったけど、あたいのおかげでなんとかなったしな」
と鬼一は喧嘩腰をやめない。
「よしてくれ。俺が足手まといなのは事実だ。さっきの戦いでもなにもできなかった……俺がもっと強くさえあれば……」
千里が自分を責めていると、
「なに、まだ修行を始めたばかりなのだ、仕方あるまい」
と十戒が慰める。
が、
「はっ、そうしてお友達ごっこでもしているといい。互いの弱さを舐めあいながらな」
と槐棘が皮肉を言う。
するとこれには、
「弱さを補い合うことのなにがいけないの」
と百が矢面に立った。
「別に。ただ、そんなことしてるうちは強くはなれないと言いたかっただけだ」
そう言って去ろうとする槐棘に、
「なぜあなたは鬼と戦うの?」
と百が訊いた。
「決まってるだろ。それはあいつらがクソッタレだからだ。人間もクソッタレだが、鬼という生き物はその人間のクソッタレな部分を集めて煮詰めたようなもんだ」
よくぞ訊いてくれましたと言わんばかりに饒舌になる槐棘。
「あいつらは壊すことと奪うことしか能がない。その血を引くせいでこっちは命までかけて戦ってるのに、報われるどころか差別と偏見が与えられる仕打ちだ。どう考えても割に合わない」
と言う。
「それなら、慚愧の言う半鬼のための国づくりに参加すればいい」
と言ったところで、
「はっ、あんなお花畑の軟弱者になにができるって言うんだ。貴様もたいがい笑えることを言うな」
吐き捨てるように、それだけ言い残すと、とうとう障子の裂かれた自分の部屋に戻っていった。
「収穫はなし、か……俺たちも帰るか」
それを見て、千里もそう呟いた。
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