千里の覚醒

第38話 村長の孫

 猛吹雪の中を進む四つの人影があった。


「うー寒い! 寒すぎる! 死ぬ! 死んじまう!」


と苔色の着物の上に綿入れを着た千里が言うと、


「大丈夫、骨は拾う」


と緋色の着物だけの百が応じる


「おいおいガキんちょ、こんくらいで弱音吐くなよ」


 と山伏姿でミニスカートの鬼一も続く。


「そう言ってやるな鬼一。千里もまだ子ども、鍛練が足りないだけなのだ」


 と修験者の格好をした十戒だけが味方してくれる。すると、


「千里、最近変わってきた」


 突然、百が妙なことを口にした。


「え、そう? 過酷な生活で鍛えられたとか?」


 と千里。


「逆。弱音を吐くようになった」


 と百。


「それってダメな方の変化じゃ……」

「あっははは! ダメ出しされてやんの! 受けるぜ!」


 と鬼一が言うと、百は首を振って、


「ううん、わたしは嬉しい。これまで隠してた色んな千里を見せてくれるようになったから」

「百……」


 立ち止まる千里。


「そういう百は、よく笑うようになったよな」

「うん、千里のおかげ」

「俺も、百にだったら、弱い俺のこと預けられる」


 と微笑みながら言うと、


「手、繋ごう。この吹雪ではぐれないように」


 手を差し出す百。


「ああ、そうだな」


 照れながら握る千里。


「あったけえ……大丈夫? 俺の手、冷たくないか?」

「平気」

「うわー! 見てるこっちが恥ずかしいくらいイチャこらしてるじゃん! なに? お前たち付き合ってんの?」


 と鬼一が冷やかすので、


「ち、ちげえよ! 義理の妹だよ!」


 慌てて否定すると、


「違う、千里が弟」 


 百も対抗してくる。


「よし、千里。主がこうおっしゃるのだからお主が弟だ」


 先ほどは肩を持ってくれた十戒も、百の言葉であっさり寝返った。


「十戒!お前の忠誠は盲目すきんだよ!」


 それにしても、と千里は続ける。


「こうも吹雪くとなんにも見えねえな。手足は千切れそうなくらい痛いし、前もろくに見えないし、本当にこっちが北東で合ってるのか?」


 と訊いてみると、


「合ってる」

「あたぼうよ!」

「無論」


 とそれぞれ答える。


「ほんとすごいよな、お前ら……」

「それに、このまましばらく歩くと村がある。そこでしばらく泊めさせてもらえばいい」


 と百が言う。


 実際、しばらく歩くと村を囲む壁が見えてきた。





「ふー、やっとたどり着いた」


 たどり着いた村の村長の屋敷の玄関にて、大きく伸びをする千里。


「いやはや、ご足労様です」


 と労ってくれる村長。


「長旅、さぞお疲れのことでしょう。どうぞ心ゆくまでおくつろぎください」

「いやー悪いな、村長。四人も世話になっちまって」


 と千里。


「本当にありがとう」


 と百。


「なあに、一人も五人も変わらないってこったろ」


 と一点を見つめる鬼一。


「一人も五人も、というのはどういう意味だ?」


 と尋ねる十戒。


「ほっほっほ、さすがは鬼狩り様。すでにお気づきでしたか。さよう、この屋敷にはあなた様方以外にも、もうお一方鬼狩り様がご宿泊なさっております」

「ああ、なるほど。だから百と鬼一はこの村なら泊めさせてくれるって分かったわけだな」


 納得する千里。


「いやはや、これだけたくさんの鬼狩り様がいらっしゃれば、百鬼夜行の日でも我々とて安心して眠れようというもの。ここはひとつ、持ちつ持たれつということで」

「そのもう一人の半鬼はいつから泊まってるの?」


 と百が尋ねると、


「昨日からです」


 と村長。


「なんだ、大将、挨拶にでも行くのか?」 


 と振り返る鬼一。


「うん。慚愧のことも訊きたいし」


 と言うと、村長が、


「今日はもう遅い時間ですし、ご挨拶は明日がよかろうと存じます。なにぶん、お見受けしたところ気難しい方のようですので」


 と村長は言ったあと、期待に満ちた瞳になって、


「その代わりと言ってはなんですが、うちの孫娘に旅のお話など聞かせてやってはくださらないでしょうか」


 と言う。


「それくらいのことなら」


 と請け合う千里。


「お安い御用」


 と百も応じる。


「ほれ、聞いたか? お話ししてくださるそうだぞ、杏子(あんず)」


 そう呼ばれて出てきたのは、百と同じ年齢ほどの、栗色の髪をお団子に結んだ、いかにもか弱そうな少女だった。

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