第35話 天狗対忍者

 まず動いたのは天狗の方だった。


 懐から葉っぱでできた扇を取り出し、


「かまいたち!」


 と叫ぶと、そこから強烈な風が吹き荒れる。風ゆえに軌道は見えないものの、あれが当たれば体中を切り刻まれてしまうことだろう。


 対して十戒も、


「我、招、理、是、風(ふう)、刃(じん)、鎌(れん)!」


 風の忍術で対抗する。


 二つの力がぶつかりあって暴風が四方に発生する。


「おいおい、二人ともしょっぱなからとばしすぎだろ!」


 近くの木に掴まりながら千里が言うと、


「この勝負、面白いことになりそう」


 淡々と百が応じた。


 そして風がやむと、今度は二人とも互いに突っ込む。


 天狗ははじめ、刀一本で斬りかかる。十戒は忍者刀でこれを受け流して再度斬りかかる。


 が、天狗これを避けて蹴りをくりだす。これが十戒の腹にあたってぶっ飛ぶが、十戒は空中で受け身をとる。


 ついで、着地地点めがけて天狗は翼を使って飛ぶが、十戒は苦無を投げて牽制。天狗これをローリングでかわして斬り込む。これを受けようと忍者刀をかざしたとき、天狗の瞳が赤く光った。


「――!?」


 目に見えない力によって忍者刀が弾かれる。


 咄嗟に後方宙返りでかわす十戒。


「今のが噂の神通力か」

「そ、降参するなら今のうちだぜ?」

「外法を操るのはお主だけではない。

 ――我、招、理、是、念、動、力(りき)!」


 さっき弾かれた忍者刀が天狗目掛けて飛ぶ。またも神通力でこれを弾く天狗。


 そこへ両手の苦無で斬りかかる十戒。

 すると、


「――は!」


 左手で腰から新たに刀を抜き、二刀流で応じる天狗。


「へえ? あたいに二刀を抜かせるとは、見かけのわりにやるじゃんか」


 と笑う。


 ここからは千里の目では追えない攻防が始まった。二人とも両手に武器を持ち激しく打ち合う。金属音だけが聞こえてくる。さらに、忍者刀や、三本目の刀を互いに操って攻撃の手数が倍になっている。


 一進一退の攻防の最中、転機となったのは十戒が投げた煙玉だった。突然の目眩ましに警戒し、上方へと翼で逃げる天狗。


「は、そんな小細工あたいには通用しないね。てめえの苦無だってここまでは届かないからなあ!」


 しかし、


「ふ、そう来ると思ったよ。……というか、降りてきた方がいいぞ。見えてるしな」

「――な!? この、変態!」


 うつむく十戒。頬を染める天狗。

 そして、煙玉の中に青白く光るものが現れた。


「あれは、巻物を使う気だ!」 


 千里の視線は釘付けになる。


「我、招、理、是、引、書――」


 十戒の詠唱とともに黒い雲が渦をまき始める


「これって、まさか――」


 異常を察知した天狗。


「おい、やめろ! 卑怯だぞ!」

「言ったであろう、外法を操るのは貴様だけではないと!焼き鳥にしてくれる! 雷、落、鎚(つい)!」 


 直後、ビカッと稲光がして、ついで、


「ギャーァ!」


 という悲鳴とともに、丸焦げになった天狗が落ちてくる。


 どさっと石畳に落ちて身動きもしない。 


「おい、十戒! 殺しはなしだって約束じゃ――」

「安心せい、加減はしてある」


 すました顔で苦無を懐にしまう十戒。


「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」


 苦しそうな天狗の声。


「ほ。どうやら息はあるみたいだな。大丈夫か?」


 駆け寄る千里。


「これで勝負あったな」


 天狗を見下ろして声をかける十戒。


「う、うるせえ……あたいは、まだ、やれる……」


 ふらふらしながら、立ち上がろうとする天狗。


 それを見て十戒は、


「なぜ、そうも山賊であることにこだわる?」

 と訊く。


「お主の剣や術からは真剣さが伝わってきた。真面目に鍛練を積んだ者の強さだった。なればこそ、山賊などに身を落として忍に怯える必要はなかろう」

「う、うるせえ……」


 それに対して千里が言う。


「……俺には分かるよ。居場所が欲しかったんだろ、あんた」

「――!」


 はっとする天狗。


「俺はもともと他人の気持ちには敏感だけど、とりわけ同族の感情には敏感でね。目をみれば分かるさ」


 と言う。


 そして、


「それなら、わたしたちのところに来ればいい」


 と百が提案する。


「な――」


 驚く天狗。しかし、すぐに怒りの形相になって、


「ふざけんな! お前らなんかにあたいの何が分かるってんだ!」


 が、そう言う天狗を千里が抱きしめて、


「分かるよ。部下たちを見れば、あんたがいい大将だってことくらい。けど、もういいんだ、誰かに恨まれると知りながら悪事を働くことも、自分を強く見せるために虚勢を張り続けることも。もう、いいんだ」


「――!」


 その言葉に、天狗の頬を一筋の雫が伝う。


「俺たちがあんたの本当の家族になる。一緒に笑って、一緒に怒って、一緒に泣いてやる。なあに心配ない。家族かどうかに血の繋がりは関係ないだろ?」

「でも、あたいの部下たちが……あいつらの生活が……」

「それもなんとかしてみせるさ。近くに鬼に襲われて復興中の村がある。そこは人手が足りないから、建築なり衛兵なり、やることはあるだろうよ」


 と言って、


「さ、まずは立ちなよ。服がボロボロだ」


 体を離し手を差しのべる千里。


「い、いいのか? 本当に……あたいは、負けた。弱いのに……」

「いいもなにも、負けた方は言うことをきくって約束だろ?」


 ウインクする千里。


 そして、


「ようこそ、わたしたちの家族へ」


 と優しく微笑む百だった。

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