第31話 三人旅のはじまり

「よかったな、十戒。これで晴れて自由の身だ」


 千里が十戒の背中を叩く。


「そうだな。これで血塗られた連鎖から解放されて、新しい人生を選びとることができる」


 そう言いつつ、どこか浮かない顔をしている十戒。


「新しい人生は不安?」

「ああ、なにをどうすればいいかさっぱり分からなくてな」

「分かる。わたしも同じだったから」


 頷いたあと、千里を見て、


「でも、千里がわたしを導いてくれた。千里ならあなたのことも導けるかもしれない」

「いやいや、さすがに年上の面倒までは見きれねぇよ」


 千里が手を振ると、


「関係ない。千里は今でも面倒見られる側」

「最近ちょっとSっ気がでてきてない?」

「えすっけ?」

「人をいじめて楽しむことだよ」

「全然いじめてないし、楽しくもない」


 二人が終わりの見えなさそうな話をしていると、


「たしかに、土蜘蛛討伐での作戦立案は見事だったが、これから先は自分で見つけなければならない道だ。拙者自身で探そうと思う」


 すると千里が、


「そうか? 自分で見つけなきゃいけないのは、そうだろうけど、人の手を借りてもいいんじゃねぇの?」

「だが、どういう風に借りればいいのだ?」

「十戒はこれからどういう風に生きたいの?」

 

 百のこの問いは忍者を悩ませた。少し俯いて考えたのち、顔をあげ、


「できれば、阿魏が願ってくれたような生き方をしたい」

「それを詳しく言うと?」

「不要な争いは避け、穏やかに、平和に暮らしたい……だが」


 と、ここで忍者がまた迷う。


「それが拙者の性分に合っているのか……これまで誰かを殺す生き方しか知らなかったゆえ……」

「あれ? なんか前にも見たことあるぞ、この流れ」


 たまらずつっこむ千里。


「しー。今、十戒は自分自身と対話してる」

「経験者は語るとは、このことか」


 置いてけぼりの二人をよそに、忍者の悩みは深くなる。


「たとえば、どこかの村に村人として定住するとして、この血にまみれた手で鍬を振るうことは許されるのか。新参者に対する村人からの嫌がらせなどはないのか」

「いや、悩むとこそこかよ」

「そもそも、これまで任務ばかりこなしてきたせいで、任務のない自由というものが考えられない。それが最大の問題だ」

「あー、主体性のなさね。けど、そっちの悩みは簡単に解決できる」

「本当か? どうすればいい?」

「百を新しい主人だと思えばいい。百に従えば、なにも悩むことはないだろ?」

「……」


 沈黙する十戒。


「千里、さすがにそれはおこがましい」


 思わず百が苦言を呈すと、


「……よ、よいのか? こんな拙者でも」


 少し戸惑いの色を見せる十戒。


「色々と教えてもらえそうだし、戦力は多いに越したことはないからな」

「そ、それなら……それならどうぞ、ひとつよろしくお頼み申し上げる!」


 ぐわばっと土下座する忍者。


「ちょっ、ちょっと待った! 主人っていっても、そこまでしなくていいから!」

「そうそう、顔をあげて」

「寛大なる対処、感謝する」


 そう言って顔をあげる十戒。


「改めてよろしくな、十戒」


 千里が手の甲を差し出すと、


「よろしく」


 と、百も手のひらを重ねて、


「こちらこそ、不束者ではあるが、よろしく頼む」


 そこへ三人目の手のひらが重なるのだった。

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