第23話 半鬼の国

「まあ、ありがたく受け取るだけ受け取っておくよ」

「うむうむ。素直なことはよきことかな」


 するとここまで聞き役に回っていた百が、


「わたしも、知りたいことがある」


 と手をあげた。


「なんじゃ?」

「破魔は、なんのために生きてるの? 生きて、なにをしたいと思ってるの?」


 するとこの質問に破魔は大笑いして、


「がーはっはっは! 核心的な問いかけじゃな! 『生きてなにをしたいか』か!」

「どうせ煩悩まみれなんだろ」


 と千里が言うと


「ほう、やるな! もうすでにわしの胸中を察せるようになったか!」


 そうして、ひとしきり笑い終えたかと思うと真面目な面構えになって、


「若い頃は数多の民や仲間を救わんと願っておったが……今は少し変わった」


 と真剣な口ぶりで語りだした。


「半鬼の中に、慚愧という凄腕の猛者がおってな。その若造が『半鬼による、半鬼のための国づくり』を掲げておってな。それに加勢するのも悪くないと思うておる」


 真っ先に目の色を変えたのは、百だった。


「半鬼のための国……そんなものが作れるの?」


「分からん。人間どものなかには半鬼を家畜か何かのように思っとる輩も多いでな。それが国を持とうというのに良い顔をせぬ者も多かろう。しかし――」


 ここで酒がなくなったため、ひょうたんを地面に置いて、


「そうすることで救える命が、人生があると思うておる」

「その国では、戦いたくない半鬼は戦わなくていいの?」

「ああ、半鬼が半鬼らしく生きられる国じゃからな。人として生きるもよし、鬼として生きるもよし、半鬼として生きるものも、無論よし」

「そんな国ができたら、朱音みたいな思いをする半鬼も救われるかな」

「朱音?」

「ああ、それは――。ちょっと長くなるんだけど、いいか?」

「かまわん。なに、時間だけはあるでな」

「ありがてえ。じゃあ、どこから話そうか……」




 そうして二人は話し始めた。二人の出会い、朱音との出会い、健太たちという友だちができたこと、朱音との死別、虚しい報復、そうして今ここで破魔と出会ったこと。


「そうか。それなら、半鬼のための国づくりはお前さん方にとっても理想的かもしれぬのう。慚愧にあったら、お前さん方のことも伝えておこう」

「助かる。で、その慚愧って人を俺たちも探そうと思うんだけど、どんな風貌をしてるんだ?」

「あやつの風貌か? なに案ずるでない。見ればすぐ分かる。なにせ鬼印を背中にあしらった羽織を着ておるのじゃからのう」

「鬼印の羽織、覚えた」

「ありがとな。いろいろ教えてくれたり、相談にのってくれたりして」

「なに、これも御仏のお導きじゃ。いつかお前さんも覚者になる日が来るかもしれん」

「本気で言ってるのか? それ。逆立ちしたって無理な話だぜ」

「たしかに悟りへの道は遠かろう。が、逆立ちしても無理なことでも、宙返りすればできるやもしれぬ」

「余計に難易度あがってるじゃん……」

「なに、お前さんにはもう、大切なものがある。あとはそれをいかにして守るか。それを考えれば答えは自ずと導きだされる」

「たしかに、強くはなりてえよ? これ以上百の足手まといにはなりたくねえし……」


 そう言って千里が俯くと、 


「それなら、もうひとつ良い道がある」


 と破魔がニヤリと笑った。


「さっき、真言は言霊を使って御仏の力を借りると言ったろう?」

「ああ」

「もうひとつ、言霊を使って世の理(ことわり)を変える方法がある」


 千里は前のめりになって、


「一体なんなんだ、そのもうひとつの方法って」


 というと、百が、


「忍術」


 と言った。


「は? にんじゅつ?」

「然り。鬼狩りを狩るための忍者が扱う忍術であれば、獣は無論、鬼でさえも倒せよう」


 うんうん、と頷く百と破魔。


「いやいや待って、忍術を教わるもなにも、さっき話したとおり、今の俺たち忍者に終われる側なんだけど!?」

「そこはほれ、御仏のお導きじゃ」

「あんたさっきから、それ言えばいいと思ってない!?」


 困惑する千里をよそめに立ち上がる破魔。


「ふう、久しぶりに同胞と話せて楽しかったわい。お前さん方も達者でやれよ。また会えたときは此度のように話そうぞ」

「うん、破魔も元気で」


 そして歩きだす破魔。


「あ、ありがとう、な」


 と千里が言うと、


「千里よ」


 初めて見せる柔和な微笑みを浮かべて、


「仏門は人にも半鬼にさえも、等しく開かれている。己の無力さを嘆くときは、そのことを思い出すが良い」


 その言葉を残して、破魔はとうとう去っていった。

 残された千里は手渡された巻物に視線を落とした。


「俺にもできるんだろうか。誰かのために奇跡を起こすことが……」

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