第22話 二つの異能
まあ、立ち話もなんじゃ、座って話そう、という破魔の言葉により、三人はその場に座った。
そして、狼の肉を焼き始める破魔。千里は尋ねた。
「坊さんが肉食っていいのかよ」
「わしらが食おうと食わまいと、死んだのは同じこと。また別に命を奪うより、糧とした方が摂理にかなう」
「そっか。じゃ、そろそろ本題に入るけど土を操る能力と、傷を癒す能力。どっちもあんたの異能なんだよな」
そう千里が訪ねると、
「然り。じゃがその二つは由来を異(こと)にする」
そう言うと破魔は酒を取り出してぐびぐび飲み始めた。
「酒まで飲むのかよ、この破戒僧」
が、百の興味は別にあったらしく、
「ゆらい?」
百が首を傾げると、
「土を操るのはわしの半鬼としての力であり、傷を癒せるのは覚者としての力じゃということだ」
「ちょっと待ってくれ! 半鬼ってのはそんなこともできるのか? 俺はてっきり人としての知能と鬼としての怪力を持ってるもんだと――」
「もちろん、怪力という異能を持つものもおる。じゃが、お嬢ちゃんが持ってる剣程度、半鬼なら誰でも振り回せる。お嬢ちゃんの真の力は他のものじゃろうな」
すると千里が興奮して、
「す、すげえ! ただでさえ強いのに、これ以上強くなんのかよ!」
百もこれには興味を示して、
「わたしの真の力って?」
と尋ねる。
「そりゃわしにも分からん。分かるのは、鬼の血が真に目覚めたとき、おのずと体得するじゃろう、ということくらいじゃ」
「どうしたら、鬼の血は目覚めるの?」
この質問に破魔は酒を飲む手をとめて、
「心の底から己のすべての力を出し切りたいと思うことじゃ。生存本能でも、誰かを守りたいという強い思いでもよい。なにごとかを成し遂げんと強く念じよ」
「強く、念じる……」
「ちなみに破魔のときはどうやって目覚めたんだ?」
「わしか? わしは遊郭で遊んでおったときに鬼が襲いにきてのう。それで怒りのあまり我を忘れて血が目覚めた」
「あんた、どこまでいってもブレねえなあ……」
もはやツッコミを放棄する千里であった。
「それじゃ、もうひとつの方。覚者としての力ってのは?」
「御仏の導きのことじゃ。修験者となって、一心に仏に祈りを捧げ、信じ、すべてを委ねると御仏が力を貸してくださる。わしの場合は薬師如来の加護を得ておるから、他者の病や傷を癒すことができる。さっきお前さんも見たじゃろう? あれを化身という。まあ、死んだ者はどうにもならんが」
「仏を信じすべてを委ねるねえ……俺にはとてもできなさそうだな」
「たしかにお前さんは生意気盛りじゃからのう。」
「そういうことじゃねえ。俺は神も仏も信じない。俺は母親の顔も知らねぇし、父親は俺を殺そうとして牢屋に入った。そんな人生を歩ませるような神や仏なら、信じるに値しない」
そう言うと、破魔はぐびっと酒をあおったあと、
「なるほど、お前さんも苦労したんじゃな。じゃが、そのお嬢ちゃんと出会わせてくれたのも、狼から守るためにわしを寄越したのもその神や仏じゃ」
「そんなのただの偶然だろ」
「それはお前さんが、仏は自分を助けない、と信じてるからそう思えるにすぎぬ。五十年祈り続けているわしにも仏の真意など分からぬが、それでも信じたがゆえに、力を貸し与えられた」
「信頼できない相手を信じろってのかよ」
「然り。信じるとは、そういうことじゃ。裏切られても、期待どおりにならなくても責めない。なにか事情があるのじゃろうと受け入れる。それこそ真(まこと)の信頼よ」
「……説教は聞きたくねぇ」
「ほっほっほ。まだ幼さゆえ、分からぬこともあるじゃろう。じゃが、いつの日か己の無力を嘆き、仏に帰依したくなることがあるかもしれん。そのときのためにこれをお前さんに預けよう」
そう言って渡されたのは、巻物だった。
「なんだ、これ?」
カタカナの文字と、仏の名前が書いてある。
「御仏の名と、対応する真言(マントラ)じゃ。マントラを口にすると言霊となって、御仏に祈りが通ずる。ま、まずは一日十回口にするところからじゃな」
「一日十回、それだけでいいのか?」
「数が大事なのではない。肝要なのは信ずる思いじゃ。まあ、騙されたと思って試してみるがよかろう」
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