第21話 破魔
「あなたが、助けてくれたの?」
百がそう尋ねると
「然り。同族を見捨てることはできぬでな」
そう言って右手をひらひらさせる。そこには百のと同じ鬼印がついていた。
「助けてくれてありがとう。俺は千里」
「わたしは百」
二人が自己紹介をすると、
「わしは破魔。見てのとおり仏門を叩いた者じゃ」
そう言ったかと思うと、
「オンコロコロ、センダリマトウギ、 ソワカ」
と何やら唱えた。
すると、破魔の背後にぱっと光が差して薬師如来が現れる。
「かの者らに癒しを与えたまえ」
破魔がそう言うと、腹や足を刺された狼たちの傷が青磁色に光って癒えていく。
「す、すげえ……」
ただただ目の前の光景に圧倒される千里。そうしている間に傷が癒えた狼たちは逃げ去っていき、残ったのは、三頭の狼の死体と千里と百と破魔とか名乗る鬼狩りの三人だけとなった。
「すべての者は救えなんだか……」
そう言って黙祷を捧げる破魔。
「す、すまん破魔。俺たちも生き延びるのに必死で……」
思わず千里が弁明を口にすると、
「よい、よい。殺生は悲しきことなれど、生き物の性(さが)。誰にも咎められんことよ」
と破魔な笑った。
「それより――」
と、突然こちらを振り返って、
「お嬢ちゃん、なかなかにべっぴんじゃのう。年はいくつじゃ?」
嫌らしいニヤニヤ笑みを浮かべる破魔。
「……は?」
呆気にとられる千里。
「数えたことがないから分からない」
素直に答える百。
「そうかそうか、まあ、七つか八つか、そこらじゃろうな」
うんうんと一人で頷いている破魔。
「いまはまだ青い果実じゃが、じきたまらん女子(おなご)になるじゃろうて。楽しみでたまらんなあ! ふひ、ふひひひひ」
笑いだす破魔のハゲ頭にチョップをくだす千里。
「おい、ちょっと待て好色ジジイ」
「なんじゃ、命の恩人に向かって無礼な」
「礼を逸してるのはそっちだろ、なんなんだよこのペドフェリアめ」
「ぺど……? なんじゃって?」
「変態野郎って意味だよ。心当たりあるだろ」
「そりゃあるに決まっとるわい。人間みな変態。お前さんじゃって、ますかいたりするじゃろ」
平然と返す破魔に千里が赤くなる。
「ま、ますって、女の子の前だぞ!?」
「なんじゃ? かいたことないのか? ふん、まだ下の毛も生え揃っとらんガキじゃったか」
「たしかに俺は子どもだけど、ガキじゃねえよ!」
「ほう? それなら見せてみい。わしが確かめじゃろうて」
「誰が見せるか、変態!」
「だから、お前さんも変態じゃろうと言っとるのが分からんのか!」
二人が言い争っていると
「ねえ、千里。『ます』とか『下の毛』とかってなに?」
「あーあーあー! いいんだ! 百はそんなこと気にしなくて! いいんだよ、そのままでいてくれよ!」
「なんじゃ? どうせいつかは知るときが来るじゃろうに。別に今知るもあとで知るも同じじゃろう。お嬢ちゃん、『ますをかく』というのはな、男が――」
「黙れって言ってんだろ、くそジジイ!」
そうこうして。
「はあはあはあ。無駄に疲れたけど、まずは話の原点に戻ろうぜ。俺は千里で、こっちが百。で、あんたは破魔。助けてくれてありがとう」
「うむうむ。きちんと礼が言えるのは、なっとるの」
「あんたはちょっと弾(はじ)けてるけどな」
「仕方なかろう。同期の仲間はみな死んで、遺されたのはわし一人。そうなると子どもくらいしか話し相手がおらぬでな」
「同期の仲間はみんな死んだって、数十年前に半鬼狩りでもあったのか?」
千里が尋ねると、今度は真剣な表情で、
「そういう時期もなかったではないが、それしきでやられるほどではない。みな鬼との戦いで死んだのじゃ。」
そして目を瞑って、心の目で遠くを見るような表情になって、
「鬼狩りとして生きるのは過酷なものじゃ。ゆえに大抵は若くしてこの世を去る。今生き残ってる鬼狩りも、平均すれば年は十七か十八くらいじゃろう」
その言葉に胸を痛めたのは千里だった。
「そっか、そうだよな。悪かったな無神経なことを訊いて」
「よいよい。若人(わこうど)にものを教えるのも年寄りの務めじゃて」
「そう言ってもらえるなら、ありがたい。実は他にも訊きたいことがあるんだ」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、破魔がニヤリと笑う。
「わしが複数の能力を持っておることについて、じゃろう?」
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