三人旅のはじまり

第20話 新しい出会い

 千里と百は森のなかを歩いている。


「…………」

「…………」


 新しい一日の始まりだ、などと意気込んでみたはいいものの、それでどうにかならない問題もある。


 まず、旅の目的。一体自分たちは朱音から託されたこの命で一体何をすればいいのか。どこへ向かえばいいというのか。


 次に傷心。家族のように大切に思っていた朱音との死別。千里でさえへこたれているのだから、初めて人間らしい感受性を身につけたばかりの百にとっては、なおさら堪えることだろう。


 最後に話題。二人とも何を話せばいいのか分からないまま、ただただ黙々と歩き続けている。目的地もないままに。


「なあ、百。そろそろ休憩にでもするか?」


 歩き疲れた千里がそう尋ねると、百はこくんと頷いて、


「昨晩から寝てないまま昼になった。そろそろ千里は眠った方がいいと思う」


 自ら見張りをかってでた。


「悪いな、じゃあ、しばらくの間よろしく頼む」


 そう言って千里が荷物を肩から降ろそうとした途端、


「千里! しゃがんで!」


 百が突然叫んだ。


「――!?」


 その血気迫る口調に反射的にしゃがむと、百の大剣が頭すれすれに迫ってくる。次の瞬間、ぐしゃりと肉が崩れる音がして千里の頭にどろどろした血が大量に降ってきた。


「敵か!?」


 すぐさま立ち上がって、周囲を確認する。すると千里の足元に首と胴が別々になった狼が一頭。百と千里を取り巻くように七頭いる。


「ここはわたしに任せて」


 血の滴る大剣を構えながら百が言う。


「そりゃもちろん。けど、自分の身を守る努力くらいはするさ」


 そう言って千里も腰の刀を抜いて構える。少なくとも、数ヶ月は朱音の元で修行してきたのだ。この世界に放り出されたばかりの頃の自分とは違う。


「――」


 百は千里に背中をぴったりと合わせたまま、うなりながらこちらを睨む狼の群れを一瞥する。自分一人なら、容易く狩れる数だ。


 ……が、背後に守るべき相棒を背負って戦うとなると苦戦は免れないだろう。


 そんなことを考えている間に、一頭が千里のもとへ飛びかかる。


「このっ――」


 千里は火事場泥棒で手に入れた刀を振るう。見事に眉間に刀が入るが、百のように一頭両断とはいかない。力及ばず狼にとっては軽症だったらしく、立ち上がり再び襲いかかってくる。


「どいて!」


 それを気配で察した百がくるりと千里の前へ躍り出て、先ほどの一頭を仕留める。すると今度は立て続けに二頭が、千里のもとへと襲いかかる。


「――」


 百は千里の襟を掴むと真上に放り投げた。そして千里が落ちてくる間にその二頭の首をはねた。


 残り三頭。獣にも野生の勘というものがあるのか、千里ばかり狙ってくる。


「あいたっ!」


 地面に背中から落下する千里。背負っていた荷物が緩衝材となり、大事には至らなかったようだ。


「……」


 が。


 ここで問題が起きた。


 なんと、狼が森の奥から増えてきたのだ。先ほど倒したのは斥候にすぎず、こちらが本隊であるらしい。数は十を優に越える。


「くっ……」


 明らかな劣勢。百が自らを囮にすることを考えた瞬間。


「な、なんだ――!?」


 突然地面から棘のようなものが生えてきて狼たちを刺し貫いていく。


 生き延びた狼がこちらに襲いかかると、今度は地面から壁が生えてきて二人を守る。


「この異能、まさか半鬼か!?」


 千里が叫んだ次の瞬間、きゃうん、と狼の断末魔が聞こえる。


「どうやら、間に合ったようじゃのう。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」


 その言葉とともに二人を守っていた壁が崩れる。


 狼たちの死体の真ん中に立っていたのは、もう七十歳を越えようかという、袈裟を着て手を合わせる老人の姿だった。

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