第18話 報復の報復
百はその槍を見て思った。
この槍が、朱音を殺した。
そして蘇るのは朱音の言葉。人間とは助け合いながら生きるもの。そして――。
鬼とは、誰かの大切をためらいなく踏みにじること。
腹を貫く槍を片手でへし折り、立ち上がる百。
「鬼を、殺す」
その血のように赤い瞳には、今、明確な殺意が宿った。
「はあ、はあ、はあ……ったく、百のやつ全然戻ってきやしねぇ――」
煙でろくに前も見えないなか、百を追って屋敷まで森を降りてきた千里は突然なにかに躓いた。
「――! これって……」
千里が躓いたのは人の死体だった。それもひとつや二つなどではない。辺り一面は血の海と化していて、それなのに戦闘音が聞こえないということは、この一方的な虐殺はすでに終わったということだ。
「ちいとばかし、まずいことになってらぁ。おーい、百!どこだ!どこにいる!?」
そうして探し歩いているうちに、見慣れた着物の柄が目にはいった。
「――! 朱音さん!」
しかし、千里が駆けつけた頃には完全に冷たくなってしまっていた。
「……まさか、百のやつ――」
悪い予感に突き動かされ、千里は村の方へと全力で走り出した。
村に残されたのは、狩りには参加しない女や子どもばかりだった。その中にはもちろん、健太やお鈴、純も混じっていた。
「なあ、どうする……?」
震える声で健太が尋ねる。
「どうするって、こうなった以上、うちらにはどうにもできないでしょ」
「そうだよ。まさかここまで大事になるなんて思わなかったし……」
互いに互いを見やっていると、とうとう健太が重々しく口を開いた。
「お師匠様、殺されちゃうのかな……」
「も、もしそうなったとしても、うちのせいじゃないからね!」
「そうだよ! 村のみんなにお師匠様のことを伝えたのは健太じゃないか!」
「な、おいらが言わなくったって、お前らの誰かが言っただろ!
「言わないわよ!」
「そうさ!言ったところでこうなるのは目に見えていたじゃないか!」
そんな争いを繰り広げていると、非常事態を告げる鐘がなった。火災や鬼の襲撃などがあった際に鳴らされる鐘だ。
「――! 外の様子を見に行こう!」
健太がまず飛び出して、二人も続いて家から出る。
三人の目にうつったのは、
「なんなんだよ、これ――」
村一帯が火の海と化した光景だった。慌てふためき逃げ惑う人、消火に全力を傾ける人、そんな中、お鈴の目があるものを捉えた。
「見て! 火矢が森から飛んできてる!」
たしかに、炎をまとった矢が森の方から村へ向かって放たれている。ただ、その飛距離が尋常ではない。村の外から村の中心にまで矢が届いてる。つまり、矢の射手はそれだけ常人離れしているということ、言い換えれば半鬼である可能性が高いということだ。
「きっとお師匠様が仕返しにきたんだ!」
と純。
「なら、おいらに責任がある。おいらがとめてくる!」
そう言って健太が射手の方へと走り出すと、ちょうど煙の向こうから人影が現れた。それが誰なのかを目の当たりにしたとき、三人は驚愕した。
「百――なんでお前がこんなとこに――」
そこにいるのは、返り血にまみれたかつての友だちの姿だった。背中に大剣を背負い、両手に刀と槍を持っている。
「そうよ、お師匠様は!? お師匠様は無事なの!?」
お鈴の問いかけにも顔色ひとつ変えず、
「朱音なら死んだ。あなたたちが殺した」
声色も変わらず、歩みを止めることもなく、
「だから、わたしは、あなたたちを――鬼を、殺す」
「ちょ、ちょっと待てよ。どういうことだ? おいらたちが鬼って」
「そうよ、うちらはれっきとした人間よ。それでいくならあんたの方が鬼に近いじゃな――」
話していたお鈴が急に黙って倒れたのは、胸に槍が刺さったからだった。
「ねえ! 百さん、いったいなにを――」
今度は純の首を刀が貫く。
両手の武器を手放した百は、今度は背負っていた大剣を片手で引きずりながら近寄ってくる。それはさながら、死神の足取りのようだった。
「ま、待ってくれ! わざとじゃないんだ! まさかこんなことになるなんて思わなくて……」
後ずさる健太。ゆっくりと間合いを詰める百。
「許してくれ! 頼む、どうか、命だけは――」
そう言って両手を合わせて頭を下げる健太。
「――」
そこへ無慈悲に振り下ろされる大剣。転がる健太の生首。
「きゃあ! ば、化物ぉっ!」
次に百が目を向けたのは、そんな声をあげた若い女だった。これをあっさりと殺し、次に老夫婦を殺し、赤ん坊を殺し、また子どもを殺し――
そうして五分ほどで残っていた村人たちを皆殺しにしてしまった。
「…………」
虚しさを感じながら呆然と立ち尽くすとぽつぽつと雨が降ってきた。見上げると上空にはいつのまにか分厚い雨雲が広がっていて、どんどん雨が強くなっていき、村を覆っていた火が消えていく。
あたりには、数え切れないほどの死体と血の海。ふと、大剣を見ると、鋼の刀身についていた血が雨で洗い流されて、返り血にまみれた自分の姿がうつった。
「――!」
そのとき、百は戦慄した。
そして血の海と化した村やかつての友だちの死体を見た。
今の自分の所業、これこそまさに鬼のなすこと。鬼とはほかならぬ自分自身を指すのだと気づいてしまったからだった。
「鬼を、殺す――」
百はもう一度その言葉を呟いた。
その誓いに、役割に、偽りはない。この身、この命はもとよりそのためだけにあるのだから。
雨の降りしきる中、大剣を上空に投げる百。その落下地点に立ち、首を差し出すようにうなだれる。これですべて終わる。なにもかも、これで――。
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