第17話 報復
「はあはあ、どこ? 朱音……」
息を切らせながら探す百。
炎はすでに屋敷全体に及んでいて煙のせいで視界が悪い。そんななか――
「おりゃあ!」
「死ねえ!」
「薄汚い半鬼め!」
遠くかすかにうつったのは、地面に横たわり、村人たちから刀や槍でめったざしにされている朱音の姿。
「朱音っ!」
叫びながら駆け寄ると、気づいた村人たちが百の方を振り返る。
「もう一匹いたぞ!」
「匿われてた半鬼だ!」
「殺せ殺せ!」
戸惑いに立ちすくむ百。
今まで鬼ならいくらでも殺してきたことがある。人間から石を投げつけられたこともある。が、本気で殺意を向けられたことはまだない。殺すのは容易い。だが――
「待って! わたしも朱音も敵じゃない!」
必死に対話を求めても向けられるのは敵意ばかり。たちまち村人に囲まれて次々に攻撃が迫りくる。
「くっ……」
それらをさばきながら朱音を見る。この程度の相手、朱音なら容易に蹴散らせるはず。なのに、なぜ――
「朱音!どうして反撃しないの!?」
それが分からないうちはこちらからも手のだしようがない。しかし朱音の答えは、
「百、逃げて! あたしはいいから、早く!」
「できない!わたしだけ逃げるなんて!」
「師匠命令よ!あたしはこれでいいの!人間に危害をくわえるくらいなら――」
「なにを言ってやがる!半分鬼の分際で!」
「そんなたわごとに騙されるかよ!」
健気な朱音の言葉も信じられることはなく、攻撃は苛烈さを極める一方。
「まだ息があるぞ!」
「どんだけ頑丈なんだよ!」
いくら再生能力があるといえど、それは無限にできるものではない。このままいけば、いつか、本当に――
「やめて……」
百は必死の防戦から攻勢へうって出ることに決めた。
「やめてぇぇっ!」
大剣による峰打ちで自身を囲む村人を一掃すると、すぐさま朱音を囲む村人も吹っ飛ばす。
「朱音……! 朱音!」
駆けつけると、もう朱音の目は虚ろになっていて自分のことが見えているのかも分からなかった。
「ありがとう……助けにきてくれて。それとごめんなさい、巻き込んでしまって」
「いい。そんなのは、いい、から」
必死に朱音の手を握る。修行のときからは考えられないほど弱々しくて、だんだん冷たくなっていく。命の灯が消えかけているのだ。
「それと、ごめんなさい。約束、守れなくて……」
我知らず、百の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。今までどれだけの鬼を殺してきても、どれほどボロボロに打ちのめされてもしらなかった感情。ただ、その感情の名前を知らなくとも、それがかけがえのないものであることだけは分かった。
「お姉……ちゃん」
「ああ、ありがとう。こんなあたしを姉と呼んでくれて……でも、もう、あたし……ダメみたい。せめて、あな、た、だけは……生きて、幸せに――」
その言葉を最後に、朱音の手が百の手の中から滑り落ちた。
「朱音! 朱音っ!」
いくど呼べども返事はない。瞳孔は虚ろに開ききっていて、ここにはもう朱音がいない事実を残酷に突きつけていた。
「うっ……うう……」
嗚咽をもらし、それでも朱音の手にすがりつく百。
そこへ――
「――」
どすん、と音がして、腹に痛みが走った。見ると腹から槍の穂先が出ていて、つまり百は槍によって腹を貫かれていた。
百はその槍を見て思った。
この槍が、朱音を殺した。
そして蘇るのは朱音の言葉。人間とは助け合いながら生きるもの。そして
――鬼とは、誰かの大切なものをためらいなく踏みにじること。
腹を貫く槍を片手でへし折り、立ち上がる百。
「鬼を、殺す」
その血のように赤い瞳には、今、明確な殺意が宿った。
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