第15話 不穏な予感
「お師匠様もすごいけど、鬼狩り様もだんだん追いついてきたね」
純が百と朱音の稽古を眺めながら呟く。
「そうね、このままいけばお師匠様がとうとう武器を持ち出す日もそう遠くないと思うわ」
実際、二人の言うとおり百の剣術の腕はめきめきと上達していた。一太刀で終わらない連続技やカウンターなどの駆け引きも習得して、朱音にかすり傷を負わせるほどにまで強くなっていた。無論、それらの傷は瞬時に再生するので健太たちには傷を負っているとはバレていないものの。
絶え間なく繰り返される攻防。が、ここで動きがあった。百が接近し縦に勢いよく切り下ろし、左にかわされる。刃を返して切り上げ、これも右に避けられたので凪払う。これはバックステップでかわされるので、大剣を振るった勢いのまま、もう一回転して勢いよく大剣を投げる。
「——!」
大剣は朱音の右腕をぶったぎり、朱音の右手と着物が宙を舞う。吹き出す鮮血。どさっと地面に落ちる朱音の右手。たちまちあがる悲鳴。しかし、それは朱音のものでも、百のものでもない。健太、お鈴、純の三人が鬼でも目の当たりにしたような目で叫んでいるのだ。
「な、な、なんでそこまでやるんだよ!たかが修行だろ!」
しかし百は平然と、
「殺すつもりでこいと言われたから」
と返す。
が、健太は納得がいかないようで、
「だからって、やっていいことと悪いことがあるだろ!」
「健太! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 早く止血しなきゃ——」
そういうお鈴の顔は血の気を失って青ざめている。
それを見て、
「なあ、みんな落ち着けって。朱音さんなら大丈夫だから」
とみんなをなだめる千里。
「なんでそんなに落ち着いてられるのさ! 百さんも千里くんも!」
この混乱のなかにとうとう鶴の一声が響く。
「そう、千里の言うとおり大丈夫」
その朱音の一言にみんなの注目が集まる。
「あたしもまた、人ならざる者だから」
そう言うやいなや、ぐちゅぐちゅと音をたてながら朱音の右腕が再生していく。神経、骨、筋肉、皮膚の順番に新たに形作られて十秒もしないうちにまたもとのように右腕がくっついていた。かたや、切り落とされた方の右手は黒い灰となって崩れ落ちた。
「そんな——朱音さんは鬼だったっていうのかよ……」
健太の声は驚きと恐怖に震えていた。
「待って! あたしの話をちゃんと聞いて!」
「人間離れしたすげえ人だって、思ってたけど、なんだ、俺たちのこと騙してただけなのかよ」
健太の瞳は徐々に暗く、黒く濁っていく。
「あたしは鬼じゃない! そりゃ半分は鬼だけど、もう半分は人間なの!」
「じゃあ鬼印は!? 人間を守る鬼狩り様の役目は!?」
と今度はお鈴が噛みつく。
「それは——」
「一年前にこの村は鬼に襲われた。そのときに健太のお父さんも、あたしの妹も、純のお母さんも死んだ。これだけの力を持っていたのに、なにもせずにただ眺めていただけだっていうの!?」
「そのときはまだ、この屋敷には住んでなかったの。その鬼の襲撃でここの家主が死んでから、それから空き家になったここを勝手に借りてただけなのよ」
「そんなこともう信じられないですよ。お師匠様は僕たちにひとつ嘘をついた。もうひとつついているかもしれないじゃないですか」
純の口ぶりにまで不信感が漂ってる。
——と、ここで百が前に躍り出た。
「待って」
その意図を察した千里も前に出る。
「そうだ。ちょっと待ってくれ。朱音さんが半鬼であることは俺たちも知っていた。だから本気で修行できていたし、嘘つきだというなら俺たちも同罪だ」
百も、
「朱音は鬼を殺しつづけることに疲れていた。それは鬼狩りにしか分からない悩み。だからこそ私にも分かる。朱音は私以上に悩み苦しみ、休息を求めていた。人間らしい生き方に憧れていた」
そして、しゅんとした顔になって
「どうか、朱音を許してほしい」
「俺からも頼む! 騙してたことは悪かった! このとおり!」
千里も必死になって頭を下げる。
「あなたたち……」
それらのやりとりを眺めていた朱音は
「ごめんなさい。あたし、この土地を離れるわ。どのみち鬼狩りにも人間にもなれない中途半端な存在だもの」
「でも——」
と百が言うと、
「いいの。今までだって何度もこうやって住みかを転々としてきた。また一区切りつくだけよ」
そして健太たちに向き直って、
「ごめんなさいね、騙してたこと。でも、あなたたちのことは本当に弟子だと思っていたし、あなたたちとの日々は心から楽しかったわ。ありがとう。そしてさような——」
言いかけた言葉をさえぎって
「それで許されるのかよ! 鬼と戦う力があるのに、人を守れる強さがあるのに、それを隠して嘘をついて、ごめんなさい楽しかったわ、だって!? そんなんじゃおいらは納得できねえ!」
そして
「おいらはずっと憧れてたんだぞ……! 優しくて、強くて、キレイで、カッコよくて……! いつかおいらもお師匠様みたいになりたいって! そう思ってたのによ……!」
歯ぎしりをしながら血の出るほど拳をかたく握りしめる健太。その表情からは裏切られたものだけがもつ失望と憎悪にまみれていた。
「お鈴、純! 帰るぞ!……もう二度とこんなところには来ない……!」
その日の夜。
百と朱音は今日も一緒にお風呂に入っていた。
「痛くなかった?」
と訊くと、
「痛かったけど、ほんの一瞬よ。大丈夫、あたしはこのとおりぴんぴんしてる」
それから百の頭を撫でて、
「だいぶお風呂にも慣れてきたわね。一緒に入れるのも今日が最後だけど。でもいいの、箸の持ち方も教えられたし、心残りはないわ」
そう言いながら寂しさを隠しきれない朱音。しおらしくなる百。
「わたしは、もっと一緒にいたい」
「ごめんなさい。それはできないの。言ったでしょ?あたしは鬼狩りを殺してるって。遠からず忍衆に目をつけられる。そうなるとあなたたちまで危険な目に遭う」
「じゃあ、これからどこに行くの?」
「さあね。まだ決めてないわ。とりあえず人の少ないところがいいかな。ゆっくりと過ごしたい気分なの——」
と、突然百が湯船から立ち上がる。
「どうしたの?」
尋ねると
「人の匂い、たくさん。こっちに向かってくる」
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