第7話 朱音

「切り落としたって、そうは言ってもちゃんと右手ついてるじゃねえかよ」


 そう口にしながらも、頭のどこかではそれが何を意味するのかを理解していた。つまり——


「再生、したの」


 朱音は襖を開きながらなんでもないことのようにそう口にした。


「鬼にもそれぞれ固有の異能が備わっているのだけれど、あたしの場合は再生能力の高さこそがそれだった」


 さ、どうぞかけて、とすすめる朱音。その右手首をじいっと見てもどこにも違和感などありはしない。はじめから産まれ持っているかのような右手。


「再生って、具体的にはどれくらいまで再生できるんだ?」

「それは血の濃さにもよるでしょうけど、すごければ身体の半分、もっとすごければ首が飛んでも再生できるでしょうね。あたしは右手しか試したことがないから、自分の能力の程度ははかりかねるけれど」


 すすめられたとおり座布団に腰をおろす千里。ところが、


「嘘」


 少女は仁王立ちしたまま座ろうとしない。感情のない赤い瞳でまっすぐに朱音を見据えている。


「この部屋からはあなたの濃い血の匂いがする。それに、他の鬼の血の匂いも」

「なっ——!?」


 どういうことだ、と千里がこの屋敷の主人を見ると、ほとほと困ったようにうつむいて、


「そういうこと、か。隠そうとしても明らかにされてしまうってわけね」


 そしてなにか覚悟を決めたような顔つきになって、


「その子の言うとおり、あたしは何人かの鬼狩りを殺したわ」


 と、身の毛もよだつ告白をしてきた。


「だけどそれはあくまで正当防衛。今しがたあなた方にしたのと同じ話をしても信じなかった、私を殺そうとした不埒な輩を返り討ちにしただけ。だからどうか、あなた方も私をそうっとしておいてはくれないかしら?どうか、お願い」


 そう言って額を畳につける朱音。


「やっぱり、あなたは鬼——」


 それでも大剣の柄に手をかける少女。 


 そこへ、


「だから待てって!」


 千里の制止が入った。


「今の話が本当なのだとしたら、朱音さんに落ち度はねえし、そもそも他の鬼狩りを返り討ちにできるだけの強さがあるってことだ。ましてやここは朱音さんの屋敷。地の利は向こうにあるし、ことによっちゃ屋敷にからくり仕掛けだって仕込まれてるかもしれない。今ここで争うのが賢明とは思えない」

「でも、鬼は殺す」

「だから半分だろ!お前の理屈でいくと、まずお前自身を殺さないといけなくなるぞ。分かってんのか、そこんところ」


 二人で言い合いをしていると、


「どうか、争わないで。あたしの願いはここで静かに暮らしたいというだけのこと。誰にも危害を加えるつもりはないわ。お役目を放棄したことは責められるかもしれないけれど、どうか、ここはひとつお目こぼしをお願いできないかしら」


 無防備に伏したまま請う朱音に、やっと少女も柄から手を離した。ただ、


「何人?」

「はい?」

「何人の鬼狩りを殺したの?」

「……五人」

「そう」


 そしてぺたんと座布団の上に腰をおろして、


「強いんだね、あなた」


 と言ったあと


「その強さを、わたしにも教えてほしい」


 と言った。

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