第8話 半鬼と半鬼の修行

「ふわあ~あ。……やっぱ寝るのは布団にかぎるぜ」


 千里は寝ぼけ眼をこすりながら布団から起き上がる。そして昨日のことを回想しはじめた——




「その強さ、わたしにも教えてほしい」

「お前正気かよ、半鬼を五人殺してるんだぞ」

「でも千里、朱音はわたしの仲間だって言った」

「そりゃ真相を聞かされる前の話だろ」

「じゃあ敵?」

「いや、そういうわけでも……」

「千里はわたしが強くなると困る?」

「そんなことはない。むしろ頼もしい」

「なら、教えてもらうべき」

「いやでもそう簡単に……」


 そういう風に二人で押し問答をしていると朱音が笑って、


「可笑しなお嬢ちゃん。あたしでよければ修行に付き合ってあげるわよ」


 と言う。


 少女もうなずいて、 


「よろしくお願いする」

「でも、長旅でお疲れてるでしょ。今日はゆっくり休んで、また明日からよろしくね」




 そして朝がきた。 


 貸してもらった寝巻きから私服に着替えて指定された部屋へ向かう。


「おはようさん」   


 そう言いながら襖を開けると、膳の上にはこれでもかとばかりに豪華な朝食がのっていた。


「うまそー! いいのかよ、稽古つけてもらう上にこんなご馳走まで!」


 と喜びの声をあげると、


「せっかくのお客様ですもの。あたしも一人で退屈していたところだったし、腕をふるってみたまでよ」

「ありがてえ! いただきます!」


 卵焼きを一口。


「うんめえ!こりゃ、どれだけだって食えるぜ!」 


 そう言いながらもぐもぐやってると、向かいに座る少女は手づかみで焼き魚を握って匂いをかぐ。 


「大丈夫よ、毒なんか入ってないから」


 そう言って朱音が微笑む。 


「……」

「お前が食わねえなら俺がいただくぜ」


 といって千里が箸を伸ばすと、ようやくぱくりと一口。


「…………」 


 自分が今しがた食べた焼き魚を改めてまじまじと眺めてから、今度は一気にがつがつとたいらげて、


「おかわり」


 とだけ言った。


「へへっ、どうやら気に入ったらしいな」

「嬉しいわ。でも、今朝の分はこれだけしかないの。次はお昼にまた魚を焼いてあげるから、それまでの辛抱ね」


 と朱音が言うと、すたっと立ち上がり


「なら、とってくる」


 部屋を出ようとするので、


「待て待て、他のもうまいからとりあえずそれも食ってみろって」


 慌ててボロ布を掴む。


「だいたい、食事中に席を立つのは行儀が悪いぞ」


 というと、ようやくまたぺたんと座り直して、また一心不乱に食べ始めるのだった。


「そういえば昨日は聞きそびれたけど、あなたたちはどういう関係なの?千里は鬼狩りじゃないみたいだし」

「別に。ただの旅の道連れさ。鬼と遭ったところをこいつに救われて、居場所もないからそのままついてきた。そしたら成り行きでこんなお屋敷にたどり着いたってわけ」

「千里を守るのもわたしの役目」

「そう。じゃあ千里にも稽古つけてあげようか。女の子に守ってもらってばっかりってのも男の子としてあれでしょ?」

「いらねーよ。鬼と戦うのはこいつの仕事で、俺はただついていくだけ。だいたい、ちょっとやそっと修行したくらいじゃ太刀打ちできないだろ。大の大人さえ簡単に殺されるってのに」


 ふてくされながら箸を進める千里。


「そりゃそうだけど。本当にいいの? もらってばかりだとそのうち愛想尽かされちゃうかもしれないわよ?」

「その点はご心配なく。こいつには初めから愛想なんてないから」


 そう言って箸を向けると、


「……?」


 きょとんと首をかしげる少女だった。




 朝食を終え、皿洗いを申し出た千里が「客人だから」と断られてしばらくたってから、いよいよ特訓が始まることとなった。


 これまた広い庭に大剣を背負った少女と素手の朱音が向かい合って立ち、千里は縁側からそれを眺めている。


「その大剣があなたの得物ね。いいわ、それを使ってあたしのことは鬼だと思い、殺す気でかかってきなさい」

「ちょっ——いきなり真剣勝負なんて! しかも朱音さんは素手のハンデまであるのに」


 千里が慌てて止めに入ろうとするも、朱音は余裕の表情。


「言ったでしょう? あたしには再生の異能があるって。そう簡単には殺されないわ」


 そして、特になんの構えもせず少女に向かって、


「さあ、かかってらっしゃい」 


 と言うと、少女は大剣を肩に担いで構えたのち、


「……」


 大剣を担いでるとは到底信じられない目にもとまらぬ速度で真っ直ぐに朱音へと突っ込み、そして振るわれた大剣が朱音の首をはね—— 


「——!」


 たかに、思えた瞬間。朱音の身体はそこから消えていた。否、上方へと跳躍してさきほどの一撃をかわしていたのだ。


 初手が空振りに終わった少女は、その剣の流れを空振りのまま終らせず、さらにもう一回転し、空中から降りてくる朱音に対し、ニ撃目を食らわせようと大剣を振り抜く。


「——」


 が、朱音は空中で身体をひねり、これもかわす。そしてがら空きになった少女の胴に掌底を打ち込む。あっけなく、吹っ飛ばされる少女。しかしこちらも、吹っ飛ばされながら体勢を整え、ずざざざあと草履の裏で砂利を滑る。


「すげえ……どうなってんだよ、これ」

ただただ圧倒される千里。


(なにが運動は苦手、だよ。これを見せ物にしたら稼げるんじゃねえかなあ) 


 などと、現金なことを考えていると、


「それだけの大剣を振り回せる怪力はお見事だけど、一撃の重さに頼り過ぎてるわね。攻撃も単調で駆け引きもない」


 と朱音は指摘。すると少女は大剣を放り捨て、今度は素手で朱音へと突っ込む。 


「——!」


 動揺したのは、千里だけではなかった。ただでさえ速い少女の動きが、さらに研ぎ澄まされて速くなる。それも当然。何十キロという重りから解放された少女の身体は真の速度を発揮するのだ。


「——」


 しかし、これにさえも対応する朱音。来る拳や迫る蹴りをなんなくさばいては隙を見て攻勢に転じる。鬼狩りを五人殺したという話はここにきていよいよ証明された。なにせ朱音はまだ、武器を手にしたときの自分の全力さえ見せていないのだから——。


「——!?」


 そして朱音は自らの顔面を狙った少女の拳をかわすと同時に、柔道の大外刈りで少女をあっけなく投げてしまった。 




「お前にも勝てないやつがいるんだな」


 千里と少女は午前の稽古が終わって、食糧調達のため川に来ている。 


「いる。わたしより強い相手には勝てない」


 当然のことのように少女は答えて魚を素手で捕る。そこには悔しさもやる気も感じられず、いつものように無表情で無感情だ。


「それにしても、お前だってあるんだな。今より強くなりたいって思うことが」

「もちろんある。その方が鬼を殺せる」

「やっぱ行きつくところは、いつもどおりなのね…」


 千里も朱音から借りた釣竿で一匹釣り上げる。


「じゃあさ、もし、あくまで仮定の話だけどさ。もしも鬼を殺す役目から解放されたら、お前、なにしたい?」

「…………」


 初めての長い沈黙。川辺に風が吹いて草がそよそよと揺れる。水面に昼の光が反射して一億のダイアモンドを散りばめたみたいに見える。


 ——やがて。


 長い長い沈黙のあと、少女はいつものような冷静さで


「なにも、しない」 


 と答えた。

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