第6話 鬼と鬼狩り
「俺は千里。で、こっちには名前がない」
ざっくりと、自己紹介すると、
「あたしは朱音(あかね)と申します。よろしくね、千里、お嬢ちゃん」
朱音にウインクされた。どうやら気さくな人物らしい。少なくとも表面は。
朱音、千里、少女と列になって庭を突っ切って屋敷の中に入ると、廊下は果てがないように思われるほど長い。それだけ広い屋敷なのだ。
「へ~ずいぶん広い屋敷だな。朱音さんはここに一人で住んでるんだよな?」
「そ。あたしは天涯孤独で、家族も友と呼べる間柄の人もいないからね」
「そういや、お前も一人で旅してるよな? 半鬼はみんなそうなのか?」
と少女を振り返ると、
「知らない」
と相変わらず淡々とした返事。が、代わりに朱音が答えてくれた。
「そうね。その生い立ちの性質上、単独行動をとることが多いように思うわ」
「そもそも、なんで半鬼は鬼を狩ることを役目にされたんだ? そしてなんであんたには焼き印がないんだ?」
「それを語るには、そもそも鬼がなんなのか、ということから語り始めなければならないわね」
ここで朱音はふと足を止めて振り返り、
「少しばかり長いお話しになってしまうけど、いいかしら?」
「もちろん。それだけ、詳しく教えてくれるってことだろ?」
千里がニヤリと笑うと、
「では失礼して——」
そうことわってから、謎の多い半鬼、朱音は語り始めたのだった。
「そもそも、鬼と呼ばれる異形の者が現れたのは100年以上も前と言われているわ。それら鬼どもは人々を殺し、食らい、奪い、犯し、ありとあらゆる悪行を働き人間にとっての絶対悪の象徴となった。その正体は人間の死体に強い怨念が取り憑いて変化したものとされている。
そんな中、鬼に犯されて鬼の血が流れた子を孕む若い女も数知れずいたの。
たいていの場合はそんな穢らわしい存在は忌み子として生まれる前に殺されるのだけれど、あるところに、常人とは異なる考えをもつ女がいた。夫と親と友とを殺され、鬼への復讐に燃えるその女は穢らわしいはずの我が子をあえて産み落とす決断をし、赤子の頃から鬼を殺すことこそがその子の定めだと繰り返し繰り返し洗脳したの。
結果は上々。鬼としての異能と人間としての知能を兼ね備えたその子どもは、子どもながらにして多くの鬼を屠り、母親を満足させることに成功した。それからというもの、その噂はたちどころに広まり、半鬼が産まれると、鬼狩りとして育てる風習が各地に根づき、人間との区別をつけるために右手の甲に鬼印と呼ばれる焼き印を押すことが考案された。焼き印を押された半鬼たちはみな人里での居場所を失い、鬼たちとの終わることのない死闘に駆り出されることになったってわけ」
語り終えて朱音は、ふう、とため息をついた。
「きっかけは復讐、か。たしかに常軌を逸した発想だな。でも、いくら半鬼が強いと言ってもみんながみんな自分の定めに従うのか? 自分を追い出した人間に復讐しようとする半鬼だっているんじゃ——」
「そのところもちゃんと考えてあるわ。鬼の血を引く鬼狩り以外にも鬼と対等に戦える者は存在するの。都を守護する陰陽師や仏の加護を得た修験者、そして、先ほどあなたが指摘した人間に背いた鬼狩りを抹殺するためだけに存在する忍衆。それらが抑止力となって、半鬼たちが鬼狩りであり続けるように圧力をかけているの」
「てことは、この世の鬼を殺し尽くすか、死ぬまで鬼を殺し続けるか……結局選択肢なんてどこにもないんだな」
なんて傲慢で人間中心の考え方なのか。そんな風に憤るほど千里は幼くなかった。そんな考え方の人間なんてこれまでに目が腐るほど見てきたからだ。
「それで、ここからはあたしの話になるのだけれど……」
「ああ、そうか。半鬼なのに鬼印がない理由」
「ええ。もともと大人しくて運動も苦手で、殺すの殺されるのだのに辟易した私は、どうしても鬼と戦うのが嫌でたまらなくて——」
ある部屋の前で朱音は足をとめた。ここが客間だということだろう。
そしてこちらをゆっくりと振り返り、
「ある日、自分で右手を切り落としたの」
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