第4話 二人旅の道中

 少女と並んで千里は歩く。


 隣をふと眺めてみると無表情で淡々としている。壮絶な鬼との死闘も、助けたはずの村人から忌み嫌われていることも、旅に新しい同行者が加わったこともまるで、気にかけてないとみえる。


 そして千里が目覚めたのが夕方だったためあっという間に日が沈み、千里の腹がとうとう鳴った。


「なあ、ここらで晩飯にしないか?」

「かまわない」


 そう言うと少女は大剣をおろし、身に纏っていたボロ布を脱ぎ捨てた。


「——な!?」


 そうして一糸纏わぬ姿になると、ためらうことなく秋の夜の川へ飛び込んで素手で魚を捕りはじめた。捕っては骨ごと丸かじり、捕っては丸かじりを数回繰り返してから、どぎまぎしている千里にかまいもせずにまたボロ布を着はじめた。


「なあ」 


 千里は少女がボロ布を纏うのを待ってから声をかけた。


「なに」

「もしかしてたけど、俺の分もとってくれたりする?」

「なんで?」

「そりゃそうだよな。鬼から守ってもらうだけでも御の字だし、飯くらい自力で調達しないとな」


 そう言うと千里は手ごろな木の枝を拾って石で研ぎはじめた。それを見た少女が、


「モリを作ってるの?」

「ああ」

「素手で捕った方が早い」

「そりゃお前みたいな身体能力があったらな。俺はひ弱だから、こうやって捕るのっと——」


 完成したモリを携え川部へ向かう。暗くて見えづらいが魚はたくさんいた。その中でも大きな魚影を狙ってモリを放つと、


「よっしゃ!」


 見事、魚に的中した。

 が、その後気づいた。


「しまった。火を起こす道具がない……仕方ない、生で食べるか」




 そして寝る時間がやってきた。


 もちろん野宿。布団はもちろん藁さえない。地べたに直に、二人並んで横たわる。土の冷たさと固さが千里を惨めな気持ちにさせる。そのときふと考えてしまった。


(これから、どうなるんだろうな)


 この世界のことも、転送された原因も知らぬまま名前さえもたない知らない少女と地べたに直に横たわる。先行きは不透明で、楽観するためのなんの材料もない。


 黙っていると不安と寂しさと惨めさでむしょうに泣きたくなってきた。強がっていてもしょせんは子ども。まだすべてを受け入れられるほど達観してはいない。なんだか、じっとしているのが堪えられなくて思わず少女に話しかける。


「なあ、いつもこうやって寝てるのか?」

「そう。ときどき狼が襲ってくる」

「げ!? そんなに危ないのかよ、ここは」

「なんで嫌そうなの? ご飯が増えるのに」

「俺は狼は生じゃ食えないからな」

「そう。なら、わたしが食べる」

「お願いするよ。ついでに撃退も」

「かまわない」

「ところでさ、たまには布団で寝たいとか思わないのか?」


 すると少女はきょとんとした顔で、


「ふとん?」

「それさえ知らないのかよ……」


(あるいは、知らない方が幸せなのかもしれないな)


 絶えず鬼と戦い続けることを強いられ、鬼を殺す以外の人生の選択肢を持たない身であるならば、幸せや贅沢など最初からなにひとつ知らない方が、その分挫けることもないだろうから。


「ときどき考えたりはしないのか?これから先どうなるんだろうって」

「鬼を殺す」

「鬼と戦って死ぬかことになるもしれないだろ?怖くなったりやめたくなったりしないのかよ」

「ならない。それ以外の生き方を知らないから」

「さいですか……」

「そう」

「お前はきっと花が可憐だとか、星が綺麗って思うこともないんだろうな」

「かれん? きれい?」

「なんでもない。大したことじゃないよ」

「そう」

「そ、知ってても鬼を殺す上で役に立つわけじゃないし」

「なら、知る必要はない」

「はは、そういうと思った。だんだんお前のことが分かってきた気がするよ」

「……」


 返事がない。 


 ふと横を見ると、もうすでに少女はすやすやと寝息をたてていた。


 その寝顔があまりに普通で、彼の通う小学校のクラスメイトとあまりに違いがなさすぎて、思わずじいっと見いってしまう。すると、


「なにか用?」


 と、ぱっちりルビーのような両目が開く。


「いや、なに、普通の顔してんだなって思っただけだよ」

「そう」

「ああ、悪かったな、不躾に見つめちゃって。俺ももう寝るよ。おやすみ」


 またも返事がない。代わりに聞こえてきたのは、安らかな寝息だった。


 翌朝、目が覚めて顔を洗い、朝食をすませしばらく歩くと、小さな村が眼下に見えてきた。


「あそこで鬼について尋ねる」


 と少女。


 近づくと、村の周囲は木製の壁で覆われており、入り口には衛兵と見られる村人がいた。その村人に千里が尋ねる。


「鬼を狩りにきたんだけど、最近ここに鬼が来なかったか?」


 すると、


「あ? 来てねえよそんなもん。半鬼はとっとと失せやがれ」


 と、にべもなくあしらわれる。


「ちっ、いざとなったら泣いて喚いて助けをもとめるくせに」


 と千里が呟くと、


「ああ? なんかいったかこのクソガキ」


 と言われる。 


「なにも。行こうぜ、こんな村、守ってやる価値はない」


 と少女の手をとって村をあとにする。


「でも、近くで鬼の匂いする。殺さないと」


 と少女。


「調べさせてもくれないのに、どうやって見つけるつもりなんだよ」


 すると、


「あの!」


 後ろから声をかけられた。振り返ると一人の村人の女性がいる。 


「鬼狩り様、先ほどの無礼をお許しください。実は村外れの屋敷に鬼が住んでるという噂がありまして……調査をお願いできないでしょうか」


 と頭を下げてくる。


「なんだよ、忌み嫌ってるひとばかりじゃないじゃないか。よかったな」


 と千里が喜ぶと、少女は、


「もちろん調べる。見つけて殺す」


 それが役目、といつもの調子。


 かくして二人は村はずれの屋敷に向かうことになった。

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