第3話 二人旅の始まり
「——なぜなら、わたしが鬼だから」
少女は自らを鬼だという。たしかにさきほどみた異常な怪力。鬼だと言われれば説明はつくが——
「でも、お前さっきの鬼みたいに角生えてないし、姿かたちも全然違うし、なにより人を襲わないだろ」
と言うと、
「わたしは半分しか鬼の血が入ってないから」
と言う。それを聞いて千里の頭には最悪の答えがすぐに閃いた。
「もしかして、残りの半分って——」
「そう、人間」
さすがの衝撃に言葉を失っていると、おかまいなしに少女は続ける。
「でも、半分は鬼だから人間からは嫌われる。半分は人間だから鬼たちのように正気を失えない」
残酷な現実には慣れているはずだった千里はなんとか次のような問いを絞り出した。
「でも、なんで、だからって鬼を殺して回って——」
そこまで言って自分で気づいた。
「そうか、役目。だけど、鬼を殺すのが役目ってどいうことなんだ?」
と訊くと、
「質問が3つになった」
と少女が言う。
「ごめん、まだ増えるかも」
と言うと。少女は「わかった」とうなずいて、
「言葉の通り。人と鬼との間に生まれた半鬼は鬼狩りとして鬼を殺さなければならない」
「それは誰が決めたんだ?」
「知らない。でも半鬼は生まれたときに右手の甲に焼き印をされて、そこから鬼狩りとしての訓練を受ける」
「そんな風に自分の人生を勝手に決められたり歪められたりしてなんとも思わないのか?」
この問いにも少女は人形のように
「べつに。役目だから」
「役目役目ってさっきから言ってるけど、それ以外の生き方だってあるだろ!」
と声を荒げると、はじめて首をかしげた。
「たとえば?」
千里は言葉に詰まりながら、
「たとえば、その、えーと……普通の女の子みたく遊んだり恋をしたり——」
「鬼なのに?」
「そ、それは……でも、似たような境遇のやつらだっているだろ、そいつらと仲良くしたりしたいとか思わないのか?」
「べつに。鬼を殺すだけならひとりでもできる。それに他の半鬼もみんな鬼を殺してる」
その言葉に気づかされた。はじめから少女はなにも望んでさえいないのだ。つまり、千里のもった心配は親切の押し売りに他ならなかったのだ。
「そう、だったのか……ごめんな、的外れなこと言って」
しかし少女は、
「なんで?」
と言う。
「なんで謝るの?」
「いや、それは身勝手なこと言って、傷つけたかなって」
「べつに。傷ついてない」
「……そうか」
「そう」
「……」
「……」
沈黙。
(——気まずいな、何かしゃべらねえと……)
「そ、そうだ、ところで、今はどこに向かってるんだ?」
と聞くと、
「鬼の匂いのするところ」
「え、マジ?」
「役目だから」
千里はこの言葉を聞いてにわかに迷った。このままついていけば危険は増える。かといって他に頼れる人もいない。こうなったら——
「なあ、俺もいっしょについていっていいか?」
「かまわない」
「そうか、ありがとう」
ここまでは想定済み。問題はここからだ。
「——で、さ。ついていくにあたってお願いがあるんだけど」
と言うと、少女が振り返って
「なに?」
その澄んだ赤い瞳は何もかも見透かしているようで臆したけれど、千里は思いきって言葉を繋ぐ。
「俺を、守ってくれないかな?」
「なんで?」
「俺、弱くて鬼と戦えないから。守ってもらえないと殺されちゃうんだよ」
と言うと、眉ひとつ動かさずに、
「それのどこがダメなの?」
(やっぱ、そうくるよなあ。このお人形さんは……)
取りつく島もなく断られても、千里にとって頼みの綱はこの鬼狩りの少女しかいない。
(けど、ここで諦めるわけにはいかないんだ)
「死んだら元もこもないだろ。生きてりゃ死にたくないって思うだろ。そりゃ死にたくなるときだってあるけどさ、お前だってそう簡単にはくたばりたくないって——」
その言葉をさえぎって。
「べつに」
と少女は言い放つ。
「わたしはどうでもいい。自分が生きていても、殺されても。あなたが生きていても、殺されても」
嘘を言っているわけでも、強がっているわけでもないように見えた。そこまで無関心なのだ。鬼を殺す以外のあらゆることに。
「——で、でも鬼を殺すのは役目なんだよな? それって鬼から人間を守るためだと思うんだ。だからきっと俺を守るのも役目だと思うぜ?」
と言うと、少女は少し迷って、
「ほんとうに?」
と訊く。
「ほんとうに役目なの?」
千里は迷わず、
「ああ! もちろんだとも!」
(世間知らずにつけこむようで申し訳ないが……許してくれ、俺も命が大事なんだ)
「役目……なら、守る。あなたを」
「よしっ!」
その言葉を聞いてガッツポーズする千里。
こうして居場所のない、ちぐはぐな二人による二人旅が始まったのだった。
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