第2話 鬼狩りの少女
ボロ布をまとった少女は背が低く華奢な身体つきで、全身が返り血まみれで、千里より一才か二才年下に見える。髪は漆のように黒いおかっぱで肩口で切り揃えられている。肌は磁器のように白く、瞳はルビーのように赤く澄んでいる。
きわめつけの特徴は肩に担いでいる少女の身の丈を超える大剣。剣というより、もはや鉄の板と表現した方が的確に思えるそれは、やはり少女と同じように返り血に濡れている。手の甲には焼き印もある。
「お前、いったい——」
口を開こうとした千里の後ろから鬼の咆哮。少女もそれに反応して大剣を肩に担ぐと鬼に向かって弾丸のように走り出す。
迫りくる鬼の拳をまず避けて、ついで胴に一太刀浴びせる。が、これは致命傷にならなかったらしく、鬼は次なる拳を振り下ろす。しかし少女はこれを跳躍してかわすと、木の枝に着地した。そのあとの動きは見事としか言いようがなかった。木々の間を飛び回りながら猿よりも器用に、猫よりも身軽に立ち回り鬼を翻弄する。そして、隙をとらえこんどはうなじに一太刀浴びせ、首を切り落とした。あとはここにわざわざ書くまでもなく、二体目の鬼も同様に仕留めた。
千里は呆然とその戦闘を見届けたあと、はっと気づいて少女のもとへ駆け寄った。
「無事か!? 助けてくれてありが——」
助けてくれた礼を言おうとしても少女はスルーして千里とすれ違う。追いかけると大剣を担いで丘を飛び降りて村の方へ行くのが見えた。そしてまたさっきのように鬼の方へ全速力で駆け出しては片っ端から大剣でぶったぎっていくのだった。
少女がすべての鬼を倒してから千里も村へと降りた。そして一番近くの、粗末な着物を着た村人に
「なんなんだ、あの女の子」
と聞くと、
「見りゃ分かるだろ鬼狩りだよ」
という答え。それからすぐに訝しげな目つきになって、
「そういうお前こそ誰なんだ? 村のもんじゃないだろ」
と聞いてくる。
言葉は通じてる、ならこの世界は日本語が通じるのか試してみよう、そう考えて、
「東京からきた」
と答える。
「東京? 聞いたことねえな」
と言われるので、石で地面に『東京』、と書く。
「東の京……都のことか?」
と聞かれるので、
「都じゃないが、似たようなところだな」
というと、村人は突然声を荒げて、
「なら、出てけ! あの鬼狩りといっしょにさっさとこの村から出ていけ!」
と言われてしまう。
「ちょっと待った、俺は都出身じゃないし、そもそもなんで村を救ってくれた鬼狩りをそこまで嫌うんだよ」
と聞くと、
「そんな当たり前のことも分からないのが都からきた一番の証拠だろ。どうせ陰陽師や覚者に守られて鬼や鬼狩りと無縁で生きてきたんだろ」
と言われる。極めつけには、
「おい、お前ら。都から物見遊山にきた小僧がいるぞ!」
と大声で告げられて石を投げつけられる。
慌てて村から逃げ出すと、さきほど自分と村を救ってくれた鬼狩りの少女が見えた。正確には、大剣で姿はほとんど隠れているのだけれど。が。その大剣のおかげですぐ見つかった。これ幸いと千里はすぐに追いかけた。
そしてすぐに追いついて
「さっきは助けてくれて、ありがとな」
と言うと、少女はこちらも見ずに
「役目だから」
と返してくる。
「名前なんていうんだ?」
と質問してみると
「みんなは鬼狩りと呼ぶ」
「それは役目のことだろ。お前自身の名前は?」
「ない」
「じゃあ、俺がつけてもいいか?」
とたずねると、
「必要ない」
そっけなく断られてしまった。
「そんなら、『お前』って呼ぶけどかまわないか?」
「かまわない」
返事は短く、どこまでも淡々としている。おまけに無表情なので、つかみどころがない。
「ところでさ、二つ質問があるんだけどいいか?」
「もう二つ以上質問した」
「これからさらに二つって意味」
「かまわない」
「じゃあ遠慮なく訊かせてもらう。まず一つ目、なんでそんなに強いってか力持ちなんだ? そんで二つ目。なんで助けたやつらからあんなに嫌われてんだ?」
すると少女は初めてこちらを振り向いて、
「その二つの質問には一つの答えで十分」
そう言ったあと、短くこう告げるのだった。
「——なぜなら、わたしが鬼だから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます