Someday with the prince
シンカー・ワン
第1話 いつか王子さまと
アリタイ大陸のはずれにある小国ラスイクラ。
豊かではありませんが、花と緑と水に恵まれ風光明媚な国として栄えておりました。
そんなラスイクラ国の第一王女パシフィカ姫に、中央の大国フィアトから縁談が持ち上がりました。
フィアト国第二王子フィオリーノ殿下が妃に迎えたいと申し出られたのです。
大国の王子に自国の姫が嫁いで関係が出来る、これは小国のラスイクラにとって大変名誉なことです。
ラスイクラ国には姫の弟セブリング王子がいます、跡継ぎの問題はありません。
王も王妃も降ってわいた縁組に大喜びでしたが、ひとり浮かない顔をするする者が。
パシフィカ姫、その人でした。
「話したことも、ましてやお会いしたこともない方の元へ嫁ぐだなんて……」
姫が知るフィオリーノ殿下は、婚姻申し込みの書状とともに送られて来た肖像画のみ。
輝く銀髪で優しく笑みを浮かべる美青年、それだけです。
人となりなどは、真偽のわからぬ噂話で耳にするくらい。
姫の抱く不安はもっともです。
しかし、国家間の縁組などそんなものだと王も王妃も取り合ってはくれません。
それどころか話はトントンと進み、あっという間に輿入れが決まりフィアトから迎えの一団がやって来ました。
さすがは大国。何台もの多頭立て馬車に護衛の騎士団、世話係の一団と豪華なものです。
「フィオリーノ殿下の名代、筆頭騎士バルケッタならびにプント。パシフィカ姫をお迎えに参りました」
立派な鎧を着込んだふたりの若い騎士が、城の広間で出迎えたラスイクラ王たちに口上を述べます。
「よくぞ参られたフィアトの騎士殿、大したもてなしは出来ぬが今宵はゆっくりと休まれよ」
ラスイクラ王の労いの言葉が終わると広間に給仕たちがやって来て宴が始まりました。
宮廷楽師たちの奏でる音楽が流れ、宴は和やかに進んでゆきます。
誰も彼もが朗らかに笑う中、ひとり浮かぬ顔をするのは主賓たるパシフィカ姫。
婚礼を祝う宴なのにと王や王妃がたしなめますが、姫の耳には届きません。
そんなラスイクラ王家の元に、先ほど口上を述べたフィアトの筆頭騎士バルケッタがやって来ます。
黒髪の美丈夫は、
「姫の不安はごもっとも。ならばそれを少しでも和らげるために、フィアトの国やフィオリーノ王子のことをお伝えしたいと思うのですが?」
と申し出てきました。
これ幸いと王と王妃は申し出を受け、不承不承に姫も聞き入れます。
バルケッタは語ります。フィアトの国のこと、暮らす民のこと、そしてフィオリーノ王子のことを。
まだ見ぬ知らぬ国、そこで生きる人々のことを聞き、姫の沈んでいた気持ちが少し浮かび始めます。
「姫は一年前に行われたアバルト国の建国記念式典を覚えておられますか? 殿下も姫と同じく来賓として招かれておられました。殿下はそこで姫を見初められたのです。ハチミツ色の髪、ヒスイの瞳、バラの頬、サンゴの唇、鈴のように鳴る声に一瞬で心を奪われたと。以来恋焦がれているのだと仰られておられました。あと、恥ずかしいからけして口外はするな、とも」
主君の秘かな想いを明け透けに、そしていたずらっぽく告げるバルケッタの言葉に、姫の心の水面に揺らぎが起きました。
フィオリーノ王子のことをもっともっと知りたいという欲求が。
小さな胸のときめきは口を突いて出ます。
「バルケッタ卿、殿下のこと、もっと教えていただけませんか?」
姫から出た言葉に王も王妃も驚きました。あんなに婚姻を嫌がっていた姫が、と。
「姫がよろしければ、私が知りうる話せる限りのことをお教えいたしましょう」
ラスイクラ王家の視線を一身に受け、恭しく
ラスイクラ城に三日滞在したのち、フィアトの一団は自国へと出立しました。
もちろん、パシフィカ姫も一緒です。
国を発つ姫に不安はもうありません。瞳に浮かぶのは希望の色だけ。
ラスイクラ城下の民たちに盛大に見送られながら、姫たち一行は一路フィアトへ。
二十日余りの道中、姫はフィアトの従者たちと積極的に言葉を交わし合いました。
明るく朗らかな姫の気質は皆に受け入れられ、従者たちの間からもこの婚姻は大成功だ、フィアトもラスイクラも安泰だなどの声が上がるほど。
ただひとつの懸念は、筆頭騎士バルケッタと姫が近すぎることでした。
フィオリーノ殿下の騎士と言うことは、将来的に姫の騎士にもなる訳なので、意思の疎通が良くなるのは喜ばしい。
しかし仲が親密になり過ぎるのはいかがなものか? 忠臣と女主人の不義が古来よりどれほど吟遊詩人たちに詠われてきたことか。
しかし、いさめるべき立場いるもうひとりの筆頭騎士プントは意にも会しません。むしろ積極的にふたりの仲をからかうほど。
豪放磊落なプントの気質と言えばそれまでですが、果たして?
フィアト王都まで数日というところで事件が起きました。
野営中の夜、突然の野盗の襲撃を受けたのです。
王都まであと少しと言うことで油断があったのかも知れません。あるいは騎士団が守る一団を襲うものなどいないという慢心があったのかも。
野盗の急襲は見事というしかありませんでした。
守りを崩され連携を断たれた騎士団は本来の力を発揮できず、翻弄されてしまいます。
しかし初撃を耐えきった上位騎士たちが反撃。
筆頭のバルケッタとプント両人の獅子奮迅の働きもあって、幾らかの被害は出したものの野党を退治することが出来ました。
いくつかの被害の中にはバルケッタの負傷もありました。それを見て取り乱してしまうパシフィカ姫。
姫自身にも殿下への想いとバルケッタへの気持ちで揺れるものがあったのでしょう。
落ち着きを取り戻したパシフィカ姫でしたが、こんなにもふしだらな自分には殿下の妻になる資格はないと嘆き、婚姻破棄されるのが当然だと言い出す始末です。
取り乱す姫を見て、プントがたしなめるようにバルケッタに言いました。
「もう素性をハッキリさせたらどうです、殿下?」
嘆く姫と咎めるような視線を向けるプントに挟まれたバルケッタはため息をひとつついてから、おもむろに頭に手をやり黒い被り物を剥がします。
艶やかな黒髪の下から現れたのは見事な銀髪! 様子を見守っていた騎士たちや従者たちも驚いて声も挙げられません。
同じように驚いている姫の足元にひざまずいてバルケッタだった者が言います。
「だますような真似をしてすまなかった姫よ。私がフィオリーノ・デ・フィアトです」
なんとバルケッタはフィオリーノ殿下が変装していたのです。
驚き混乱する姫に、殿下はゆっくりと落ち着かせるようにことの経緯を語りだします。
押し付けるような婚姻に良くは思われていないだろうこと、そんな状況で自身が赴けば姫の気持ちはさらに頑なになるだろうと思ったこと……諸々。
腹心で親友でもある筆頭騎士プントにだけは、何もかも知らせていたことも。
「婚姻の使者として会えば姫も警戒はすまいと思ったのだ……浅はかな考えであったがな……」
そしてバルケッタとして接している間、もっともっと姫を想うようになったことを正直に話されました。
「こんな私を許してもらえるなら、改めて申し込もう。パシフィカ姫、私の妃になってもらえぬだろうか?」
「私からもお願いします。こんな殿下ですが姫への想いは本物です」
共犯たるプントもひざまずき、姫に嘆願します。
隣りでこんな呼ばわりされた殿下が忌々し気に頬を震わせていましたが。
殿下の言い訳を聞き、プントとのやり取りを見、パシフィカ姫は思わず吹き出してしまいます。
「殿下、試されるような真似は気持ちよくはありません。でもわたくしも同じです、あなたへの想いはもう消すことなど出来ません」
思いきり笑ったあと、姫が言いました。
「おおっ、それでは……」
顔を上げ喜色ばむ殿下へ慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、
「幾久しく、変わらぬ愛を誓っていただけますか?」
姫が告げた言葉に、殿下は立ち上がると腰の剣を抜き捧げ持ち、
「この剣と我が友プント、そしてフィアトとラスイクラの民たちに誓おう!」
殿下が言い終わると同時にふたりは熱い抱擁を交わし、唇を重ねるのでした。
見守っていた送迎団のみなから声が上がります。
「殿下万歳」「姫様万歳」「フィアトとラスイクラ万歳」
プントだけはヒューヒューと囃し立てておりましたけど。
数日後、フィアト王都でフィオリーノ殿下とパシフィカ姫の婚儀が厳かに行われました。
それからふたりは末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
Someday with the prince シンカー・ワン @sinker
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
シンカー無芸帖外伝 カクヨム日月抄/シンカー・ワン
★17 エッセイ・ノンフィクション 完結済 23話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます