一人じゃない(前編)

 私にとって音楽は、手紙だと思っている。 

 最初は父の真似事をして遊んでいた作曲も、今となっては人に伝えるための手段でもあるのだ。


 そう……作曲は私とお母さんの唯一、繋がる方法。


         ***


「連弾か……別に問題ないぞ?」


 別に連弾くらい音大入っているやつなら誰でもやるだろう。

 珍しいものでもないはずだ。


「え、だって私とやるんだよ……?」


 目線を落とし、大瀬戸は下を向く。

 表情は明らかに暗くなり、申し訳なさそうにそう呟いた。


「そういうことか……どーせ、昔なんか言われたとかだろ?」


「!!」


 どうやら図星だったようだ。


 大瀬戸は昔によく連弾をしていたらしいが、中学に上がった頃からほとんどしていない、でもそれと共に有名になっていき、天才少女と言われるようになった、とある記事で見かけた。

 おそらく大瀬戸が上手すぎる所為で連弾相手の子が浮く……とかそういういざこざがあった感じだろう。


「俺は気にしねーよ、ていうか俺はそこまで下手じゃないだろ? だから気にすんな」


「……それも、そうだね!」


 でも今まで書いてこなかった連弾曲を頼むっていう事は、それほど大瀬戸も成長してきているってことだ。

 俺は素直に嬉しかった。

 連弾曲を書くことも、俺を指名してくれたのも……。


「で、曲は作ってあるのか?」


「いや、これからかな、多分一週間くらいでできる!」


「え、早!!」


 思わず声が出た。

 二週間……早すぎる。

 俺からしてみれば一ヶ月ですら早いと思う。


「うん! 今回はいつもよりも気合入れて作るので! 短期決戦です!」


         ***


 その夜。


 私のお父さんは家に帰る事が少なく、ほぼ仕事で忙しい。

 だから聞くチャンスはお父さんが居る今だと、思った。


「お父さん、お母さんのアルバムってどこにある?」


「ん、なんでだ?」


 お父さんのカレーを食べていた手が止まる。


 私はいつも作曲をする時にお母さんとの思い出を曲にする。

 本当なら自分の中で思い出しながら作るのだが。


「今回ね、連弾曲を作るの……本気でね、だからお願い」


「舞花が連弾……か、いいぞ、取ってきてやる。ただしアルバムを借りる時は私に一声かけなさい。それで、お相手さんの名は?」


 お父さんは私が連弾をやるのを知ると、珍しく驚いた表情を見せた。

 私がそんなことを言ったのがとても驚きだったようだ。


 だからか、少しお父さんの機嫌がいいように見えた。


「山田太郎君っていう名前! 同い年の子だよ」


「……なに?」


 お父さんの額に皺がよる。

 ……機嫌、いいんだよね?


         ***


「すまない、君が太郎くんだね……私は大瀬戸おおせと大吾だいご。舞花の父親だ……いまから時間大丈夫かな? これから、その、お茶でも」


 帰宅途中に新手のナンパ……というわけでもなく、ジェントルマンが現れた。

 ぱっと見は紳士、という印象。

 綺麗な黒スーツにおしゃれなネクタイ、何よりオーラを感じる。

 そう、まるでどこかの社長みたいな。

 ちょび髭な感じもチャームポイントだろう。


「……どうも、山田太郎です。大丈夫ですよ」


「おお、良かった、すまないな、急で」

 

 俺と大瀬戸父は大瀬戸舞花とよく行く喫茶店に着いた。


「好きなものを食べるといい、今日付き合ってくれているお礼だ」


 優しそうな父親だな、と思った。

 ここで遠慮すると、それはそれで申し訳なくなる。


「ありがとうございます。では遠慮なく……」


 俺はチーズケーキを頼んだ。


「今日は急に時間をとってもらって申し訳ない。改めて、ありがとう……それで本題だが……娘の、舞花のことだ」


 まぁ、そうだろうなと思った。

 彼氏と思われているのだろうか、それで娘のことを心配して彼氏を見にきたとか?

 わりとあり得そうな話だ。

 ずっと女子校に通わせてるぐらいだからな。


「君は……舞花のことをどう思っているかね?」


 やっぱきた、この質問。

 来ると思っていた。

 この父親は紳士だが、過保護らしい。


「俺らは普通に友達ですよ、それ以上でもそれ以下でもありません」


「あ、いや、そういう意味ではないんだ。別に彼氏と疑っているわけではない……ただ、あの子久しぶりの友達だから、どんな子か気になったんだ」


 予想とは違った。

 この父親は過保護なのは変わらないが、それなりの事情がある。

 そんな感じだった。


「舞花が小学生の時に母親が亡くなってしまってね……それからはずっと二人で生活してきたんだよ」


みのりさん……ですよね」


「おお、知っていたか」


 確か、大瀬戸舞花の母親はプロのピアニストだった。

 大瀬戸おおせとみのり

 国内外問わず人気が高く、有名だった人だ。

 まぁ俺も最近調べて分かったんだが……。


「実が死んでしまってからあの子は家に篭るようになってね……でもそんな時にあの子を救ったものが音楽だった」


 大吾は懐かしむように遠い目をする。


「私が軽く教えてた作曲も……その時から沢山の曲を書くようになってね……」


 作曲は父親からだったのか、調べても出てこなかったということは言い方が悪いが無名だったのだろうか。


「ただ、あの子が音楽に没頭するようになってから友達がどんどん消えていってね……特に連弾をした子からは酷いことを言われてしまって……『あんたがいると私が恥をうけるわ』と、言われてしまったんだ。そんな事があって、舞花はこれまで友達を作る事がなかったんだ」


 連弾は片方がついていけないとその分浮きやすい。

 だからあそこまで連弾には抵抗があったのか。


「言い訳に聞こえるかもしれないが、私はいつも仕事であまり家に帰れていない。だから君に一つだけお願いをしにきた。あの子を……よろしく頼む。あの子はずっと一人だ。あの子のことを少しでもいいから気にかけて欲しい。頼むことじゃないのは分かっているがな」


 本当に娘のことが好きなんだと思った。

 俺は考えるよりも反射的に言葉が出た。


「もちろんです。……あいつは俺にとっても最高の友達だと思っています。絶対に大切にします」


 心から思ったことが出た。

 それは大吾の話を聞いたからではない。

 元から思っていたことだった。


「私は……あの子から君の話を聞いて、この話をしなければいけないと思ったんだ。そして今日、君に会えて良かったとも思っている。顔を見ればわかるよ、思ったより……いい子だよ君は」


「それは言い過ぎですよ」


 そんなこんなで時間は過ぎていった。


 数日後、大瀬戸父の大吾は一週間仕事でいなくなることを聞いた。


 大吾の話を受けて、俺はウザがられない程度に大瀬戸舞花とのLINEでのやりとりを頻繁にしていた。

 あっちも家に一人だからな。


 必ずすぐ帰ってきた返事も、ある日を境に一瞬で途絶えた。

 その時は特に深く思わなかった。

 だが、三日間返事もなく、そして待ち合わせしていた週二の喫茶店にもこなかった。


 作曲が大変なのかと思った俺は差し入れを持って家を訪ねることにした。


ピンポーン


 家の扉横にあるチャイムを鳴らす。

 チャイムの上にはカメラがついており、あちらから様子が確認できるようだ。


「……太郎……くん……?」


 ひどく掠れた声だった。


「大瀬戸か? 大丈夫か?」


ガチャ


 扉が開く。

 そこには部屋着を着た大瀬戸舞花の姿があった。

 髪はボサボサになっており、目の下にはくまがある。


「お、おい、本当に大丈夫か……?」


「どう……しよう……私、曲が書けなくなっちゃった……」



         ***


 文字数って予想以上に増えるものですね、思わず前半後半、分けました。

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