天才の初友達

「……は? えっと……いまなんて……?」


「……あ、あの告白は誤解なんだ。本当はあなたのファンだって伝えたくて……」


 俺は全てを話した。

 高校を卒業して東京藝大を受けたこと。

 そして、大学に落ちて偶然大瀬戸を知ったこと。

 そこから全てが変わったこと……ちゃんと話した。


 最初は俺も考えがまとまらなかった、けど段々熱が入っていって、気がつけば一時間以上も一方的に話していた。


 そう、俺は大瀬戸を放置して一人で話していたのだ。

 普通ならあり得ないような行動。

 男女で喫茶店に来て、一方的に自分の話ばかりする男がいるだろうか、いや、流石に一時間もずっと喋る馬鹿はいないだろう。


 けど、大瀬戸の反応は意外な物だった。


 最初は見るからに不機嫌だった。

 それは当たり前だ。

 彼女も覚悟して俺を訪ね自分の思いを話したというのに、それは全て誤解、そして気づけばその男は自分の話ばかりする。


 でも彼女が不機嫌だったのは最初だけだった。

 途中からは真面目に聞き、不機嫌どころかむしろ……喜んでいた。


「嬉しい……です。ありがとう。誤解のことは正直許していないですけど、私の曲と演奏が褒められてるのはとても嬉しい……」


 テレビでは見ない表情。

 その一つ一つに俺はこれがプライベートな大瀬戸舞花かと再認識した。


「……そ、そうだ! 曲だよ曲! 大瀬戸さん、藝大なんだってね、凄いよ」


 思わず見惚れてしまった。

 正直コロコロ表情を変えるのは卑怯だと思う。


「別に、普通ですよ……ただ、曲を作っていたらこうなっただけです」


 んなわけあるかい、と言いたいところだが、大瀬戸の場合はそれが普通なのだろう。

 まさに天才だ。


「そういえばあなたの事は少し調べましたよ……告白されたと思ってたので」


 なるほど、だから大学とかを知られてたのか。

 それより最後の言葉には怒りが含まれてる気がする……まぁ後悔している情報とはいえ、自分のことを知られるのはなんだか恥ずかしいな。


「す、すまんな……」


「いいんですよ……ふふ……」


 顔は笑ってるんだがな……。


「それにしてもなんで私のファンに……?」


 大瀬戸のピアノ、受験の時テレビで聴いたのと、この前のコンサートでの演奏。

 実は二回しか聞いていない。

 ピアノを弾きたいって気持ちに全部やる気がいったからだ。

 だからこう……確信づいた事は言えないが、

 単純にやる気が出た理由はわかってる。


「こう、なんだろう、意味がわからないかもしれないけど……伝わってきたんだよ。えーと、そのほらさ?」


 わかっている……はずだったが、言葉がまとまらない。

 さっきまで一時間も話していた早口は一体何処へやら。


「ふふふ……伝わってきた、ねぇ。何がなんでしょう。ふふふふふ」


 何故か、ウケている。

 不可解だ。面白いことを言った覚えはないのに。


「ごめんなさいね。今までは、私のご機嫌取りがわかるようなコメントばかりだったのよ。そんな曖昧で中身のない感想を言われたのはほんと……久しぶり」


 中身のない……?

 軽くディスられている気がする。


 大瀬戸は笑い泣きするほど笑っていた……いや、今思えば本当にあれは笑い泣きの涙だったのだろうか。


「まぁ、今度まとまったらしっかり言うよ」


「じゃあ、期待してますね。はいこれ」


 何かを差し出してきた。

 見てみると、ラインのバーコードだ。


「あぁ、そういえば友達になったのか」


「あー、でもなー、告白は誤解だったんだし……友達はなしってこと――」


「わ、悪かったって!」


「ふふふ……」


 ピコン、と通知が鳴る。

 見てみると大瀬戸がスタンプを押したらしい。

 唇がタコの形をした変な生き物のスタンプだった。


「あー、あなたの名前って山田太郎だったのね……そういえば聞き忘れてました。じゃあ、改めて、私は大瀬戸舞花よ、よろしくお願いするわね」


「山田太郎だ。よろしく」


 それから、大瀬戸との友達付き合いが続いた。


 次第に堅苦しかった空気が消えていき、大瀬戸の中途半端な敬語も徐々に消えていった。


 ある日は喫茶店で好きな音楽をお互いに話したり、

 またある日は今作っている音楽を聞かせてもらったりしていた。


「あれ……? このテーマ(その曲の主役的なメロディー)、この前の曲でも使われてたよね?」


「耳いいね。わかるんだ? そう。このテーマはどの私の曲にも必ず入れているメロディーなの」


 曲全体を物語とすればテーマは登場人物のような物。

 それを毎回同じのを入れるって事は相当気に入っているフレーズなのかもしれない。


「優しい、柔らかいメロディーだと思うよ」


「ありがとう……実は大好きな母がよく歌ってくれたメロディーなんだー」


 歌ってくれた……。

 親しみ感があるのは口ずさめるメロディーだからか。


 まぁこんな感じが続き、月日は流れていった。

 気がつけば週に二回会うのは恒例になってる。


「ねぇ、太郎くん」


 それは、四年生の夏、卒業の年だった。


「何?」


「二ヶ月後のこの日、空いてるかな?」


 スマホのカレンダーで見せてくる。


「あぁ、空いてるよ」


「えっとね……」


 彼女はもじもじと、話しづらそうにこちらをチラチラ見てくる。

 とても珍しい反応だ。


「その日コンサートがあるんだけど、そこで私新しい曲を書くの。そして太郎くんにもそれに出て欲しいなって……」


「なんだそんなことか……そんなことでいいなら」


 何をいい出すかと思えばそんなことか、と思った。


「えっとね……連弾曲なの……」



         ***




連弾曲……二人でピアノ一台を弾くこと

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