第27話 巧美の謎
「とりあえずバンド名を決めて伝えなきゃ――」
「ちょい待ち。それも重要やけど、そろそろセトリも決めるべきやで?」
「セトリ?」俺が聞き返すと「セットリスト」と巧美が答える。
「演奏する曲と順番のこと。確かにホソミンの言う通りだね。こっからは演奏曲をしっかり仕上げないと」
「せやでーギリギリやでーほんま」と細見さんが煽るが、表情と言い方が軽すぎて緊張感が伝わってこない。
(でも、文化祭まであともう少しか……ぶっつけ本番ってのも怖いな)
本当に多人数に魔眼をかけられるのか。どこかで検証しておいたほうがいいかもしれない。
「んで、持ち時間は何分なん?」
「十五分。イリとハケも合わせてだから、演奏できて2、3曲ってとこかな」
「なるほど。三分くらいの曲を選んで、MCすっ飛ばしてぽんぽん行くかやな」
「皆が縦ノリする楽しい曲やろうよ」
「理想言うんは別にええけど、スリーピース編成かつ君らの実力で出来る曲は限られるで?」
ぐさりと来る言葉に巧美が眉根を寄せる。不甲斐ないが細見さんの言うとおりだ。俺達の実力だと、曲を自由に選ぶ段階に到達していない。
更に言えば、部長バンドに見劣りする曲も避けたい。
なかなか制約が多いことを今更ながらに痛感した。
「そうなるとスタンダードなロック曲やなぁ」
細見さんが幾つか候補曲を挙げていく。俺でも聞いたことのある有名曲ばかりだった。
「ここらへんなら練習すればできるやろ?」
「うーん、まぁ。ベースはそんなにテクいらないし。ギターはどう、ユーキ?」
俺は、すぐには返事をできなかった。
正直俺には、演奏曲に関して口を挟めるような知識も技術もない。二人の決定に従うだけ――そう考えていたけれど、候補曲を聞いて迷いが生じた。
確かに有名曲だから皆が知っているし、盛り上がるかもしれない。でも部長バンドのレベルは俺達より遙か上で、皆が興奮するような演奏力と、感動する歌唱力を披露することができる。
いくら魔眼があるとは言っても、無難な演奏だけなら印象に残るのは部長バンドの方だ。
「……あのさ」
与えられた依頼は、演奏会で魔眼を使うことだけ。その結果に関しては俺の責任じゃない。必ず一位にならないと魔眼をバラすなんて脅されているわけじゃない。
でも、だけど。
せっかくこうして必死にやっているのだから、少しは実力でも拮抗したいという欲が出てきていた。
「こういうの、どうかな」
俺達の最大の武器は、巧美の歌唱力だ。
だから、巧美の声を最大限に活かせる曲がいい。
俺は二人に、その策を提案した。
「え……それ、ありなの?」
「うーん、普通はないなぁ」
予想通り難色を示された。けど、考えなしに言ったわけじゃない。
「ほら、俺達は外様だろ? 別にそれまでの流れとか気にしてやる必要はないし。それに巧美っていう目立つ存在がいるんだから、なんかあるって雰囲気にしたほうが得だ」
「ん? あたしってそんなに目立ってんの?」
「もしかして目立ってないと思ってたのか?」
巧美は戸惑ったような表情を見せる。マジかこいつは。日頃どんだけマイペースに生きてんだ。
「そ、そりゃ噂されてるなとか感じてたけど……えっ、どんな風に目立ってんの?」
「それで話の続きだけど」
「言えよ-!」
襟首を掴まれてガクガク揺さぶられるが無視。
「演奏じゃなくて、巧美から歌い出すことでギャップを演出できると思うんだ。こんな風に歌えるの?って」
「ほー。ボクは君らの事情知らんけど、意外性を狙うっちゅうんは面白そうやね」
「むー。なんか納得できない」
興味が乗ってきた細見さんとは対照的に巧美がふくれっ面になる。やはり無視。
「ってことで一曲目はこれ」
俺はニューウェーブを開き、検索して出てきた曲を再生する。
すると、不機嫌そうだった巧美の表情が変わった。目を見開いて曲に聴き入る。
「……良い曲」
「だろ? 古いけど、好きなんだ。演奏もそんなに難しくない」
「ボクは知っとるけど、たぶんこれ現役高校生はほとんど知らんやろ。でも、それが意外性あって更にええな」
俺は巧美と、次に細見さんと目を合わせる。
二人はコクリと頷いた。
「いいじゃん。一曲目はこれに決定」
彼女の言葉に少しホッとする。自分の意見を出した甲斐があった。
「あ、でもこれ五分近くあるんだよな。残りの曲は更に限定されるかもしれないんだ。それでもいいかな?」
「そっか……じゃあもう残り一曲に絞らない? その方が一曲目の余韻活かせるし、長めの曲でも十分演奏できる。練習時間もあんまりないしね」
「ええね。ほんならこれとかどうやろ。ボカロ曲やけど」
心なしか細見さんから楽しげな気配が伝わってくる。あれだけ金、金と言っておきながら、そんなこと忘れてるくらい割と乗り気だ。
細見さんは決して俺達と意気投合したわけじゃない。金の繋がりが切れればそれで関係は終わる。
だけどバンドマンて奴らはきっと、どんな形でもどう取り繕っても、バンドが好きな人種なんだろう。
そのことを少し、羨ましく感じた。
「――うん、格好いいじゃん。これにしよう!」
細見さんの提案も巧美は気に入ったようで、選曲はすんなりと決まった。そのことに俺は少し拍子抜けした。
「なんか意外だな。もっとやりたい曲を主張すると思った」
「そりゃ一つや二つはあるよ? でも現実的にあたしらじゃ出来ない曲だしさ。何より皆で決めた曲を演奏するのが楽しいじゃん」
「ほんとバンドのことになると人格者になるな」
「まるでいつものあたしが性格破綻者みたいに聞こえるんですけど」
ぼそりと呟いた言葉はしっかり聞こえていたらしい。
俺が借りてきた猫みたいにスンとなると、細見さんが不思議そうに首を傾げる。
「君らっていつもそんな喧嘩ップルみたいな調子やのに、歌い出しの前だけベッタベタになるんやな。何でなん?」
「あ、いや、それは――」
「バンド名決めよう! バンド名!」
巧美がすかさず別の話題に変えてくれた。グッジョブ巧美。
咳払いをした彼女は、勿体ぶったように告げる。「……考えたんだけどね?」
「バンド名は「Look me in the Eyes」でどうかな」
「え~? 目を見ろ~?」
細見さんが困惑を示す。あまりの奇抜さに俺もポカンとしてしまった。
「なんでそんなん? てか音楽なら耳とかにならへんの?」
「話題性重視ってことで。ね、ユーキ?」
巧美が俺に向けて片目ウインクをする。そこでハッとした。
(なるほど、考えたな)
目を見ろ――それは暗示だ。
バンド名を確認した人はどういう意味なんだろうと気になり、自然とメンバーの目に何かあるのかと注目し始める。絶対ではないけど、一定数には効果がある。
そうして俺と目を合わせた人間には魔眼が発動する、という寸法だ。
「――うん。文化祭なんだし、これくらいお遊び感覚でもいいんじゃないかな。目立つし」
「うーん……ボクは雇われの身やし、二人がええなら別にええけども」
渋々ながら細見さんが承諾する。それ普通の感覚だから大事にしてほしい。言えないけど。
「よし、名前も演奏曲も決まった! 早速練習を――」
巧美が勢いづけようとしたとき、ブースのドアがノックされた。
扉を開けて店長さんが顔を覗かせる。
「おーいタク、ちょっといい? 昨日の領収書の控えなんだけどさ、一個足りないんだわ。どこ置いたか知らない?」
「え~? 練習中なんですけど。それに店長がレジ締めたんじゃん」
「だって見つからないんだよー」
困り顔の店長に、巧美は口をへの字にする。「はぁ。わかったよ」
「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
巧美はベースを置いて出て行く。
「あらら。ほんならボクらも少し休憩しよか」
細見さんもスティックを置く。彼はいそいそと煙草の箱を取り出して席を立った。
勢いが削がれてしまったが、仕方ない。俺はギターの個人練をするために椅子を引き寄せる。
「しっかし、なんで今年なんやろなぁ」
ぼそりと呟かれた何気ない一言に、意識が持っていかれた。「えっ?」
「君らって高二やろ。来年も文化祭出れるやん。いま無理に出んでも、みっちり練習して挑むって選択肢はあるんやない?」
その問いに、俺は言葉を返せなかった。
「演奏曲かて、レベルが上がればいくらでも選べるやん。こんな悩む必要もない」
細見さんの言う通りだ。なぜ気づかなかったんだろう。
あれよあれよという間に流されてここまで来たから、立ち止まって考える暇がなかった。だけどそれは俺自身の状況であり問題だ。
巧美はもっと冷静に物事を捉えられる立場にいる。
それなのに本当に気づかなかったのか? 考えもしなかったのか?
「まぁ四辻学園の文化祭に出ること自体は良い思い出になるやろし、一回よりは二回の方がお得やで、わからんこともない。惜しいとは思うけどね」
細見さんは自分で自分を納得させ、ブースから喫煙スペースへと出ていった。
残された俺はギターを弾くでもなく、ネックをじっと凝視する。
(……良い思い出を作りたかったわけじゃない)
彼女の目的は、軽音楽部を見返すこと。だったら素人同然で出場するより、各パートを揃えレベルを上げた状態で彼らに挑むほうが良い。そのほうが魔眼の効果だって違和感なく発揮できる。
来年だと部長達が卒業してしまうから、その前に決着をつけたかった?
俺を一年も縛ることはできないと判断した?
この短い期間でもどうにかなると楽観視した?
どれも合っていそうで、どれも間違っていそうな曖昧な感触だ。
そういえば俺は巧美のことをあまり知らない。
会話も音楽の話ばかりで、彼女の身の回りや交友関係を断片的にしか知らない。
軽音部でどう過ごしてきたか。なぜいつも一人で居るのか。母親との関係はどうなっているのか。おじさんはどういう存在なのか。
それらを埋めていけば、巧美の気持ちが、焦る理由がわかるだろうか?
ギターを睨みつけても、答えは出てこない。
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