第23話 サポートとの交渉 上

 横合いに立ったままで聞くと、細見が細い目を釣り上げる。


「四辻学園の文化祭いうたら、ここらのバンドマンで知らん奴はおらんよ。かなり力を入れとるのは分かっとる。元軽音とか現役もライブハウスにちょくちょく顔を出しとるし、影響力もある。うちの軽音にも四辻の子が数人おるしな。せやから、手伝う奴はおらん」

「手伝う奴がいないって……反対なんじゃ?」


 界隈に知れ渡っているほど有名な文化祭イベントなら、出たいと思うのが普通じゃないのだろうか。

 そう考えた俺を嘲笑うかのように、細見がわざとらしく首を振った。


「君らって四辻の軽音楽部やないんやろ?」

「ああ、はい。同じ学校ですけど、所属はしてません」

「やっぱりな。人材豊富やのにわざわざ外で組むとかおかしいと思ったわ。てことはこれで決まりや。


 もったいぶった言い方は、まるで俺に揺さぶりをかけているようだった。

 事実、俺は先が気になって、足が地面に縫い付けられたように動かなくなっていた。


「ユーキ! そんな詐欺師の言うこと聞くな!」


 防音ドアの前で巧美が苛立たしげに声を上げる。だけど俺は無視して、細見に聞いた。


「つまり、こういうことですか。四辻軽音部のOBや関係者は、軽音じゃない俺達のことは快く思わないから手を貸さない、と?」

「んー、それもあるやろね。まずな、四辻の軽音楽部ってのはブランドなんよ。甲子園常連校の野球部と似たようなもんや。その思い出深い部に所属する可愛い後輩たちの、唯一かつ存在意義と言ってもいい晴れ舞台で軽音楽部以外の奴が目立っとったら……どうなる?」


 俺はあえて答えなかったが、はっきりと理解できた。

 たとえ知り合いでなくとも、部という繋がりがある後輩たちの方を優先するのは当然のこと。自分たちが外から参加して良いところを掻っ攫うことは避けたい、という義理人情が働いているわけだ。


「ってことで、そもそもフィルターがかかっとるわけよ、君らの募集は。そんな状況じゃ応募は来ぉへんて」

「さっきから適当なこと言いやがって」


 険のある声が響く。いつのまにか巧美が戻ってきて、腰に両手を当てながら俺の横に立っていた。


「軽音OBがそこら中に居るみたいに言うけど、そんな多いわけないでしょ。関係者じゃないドラマーだってたくさんいる。待ってたらいつかは来る」

「そらぁいつかは来るやろね。でもこの一ヶ月の間に来るんかな? 四辻学園文化祭なんて有名所に立つのに、一ヶ月しか時間がないんやで? さすがにビビるんちゃう」

「そんなことない。うちの文化祭に出るなんて滅多にできないから、絶対楽しいし嬉しいと思ってくれるはず」

「はは、お姉ちゃんポジティブやなぁ」


 巧美が物凄い剣幕になる。さすがの細見も「ひぇ」と縮こまっていた。

 だけど細見の意見はわからないでもない。巧美にとってライブに出ることは何をおいても優先され、モチベーションの元になるのだろうけど、誰もが巧美みたいな人間ではない。

 見ず知らずの高校生と組み、短い時間で調整してライブに出なければいけない不安。対バン相手はしっかり仕上げてきたバンド達だ。尻込みするのは俺でも理解できる。

 あるいは巧美のように前向きな人が応募してくる可能性はある。だけど俺たちに余裕はない。待てば待つほど不利になるのは俺たちの方だ。

 つまり、この出会いが分水嶺、か。  


「ま、そういうわけやから。ボク以外が来るとは思わんほうがええで?」

「来る! あんたなんか頼らなくたって気の良いドラマーが――」

「はいすとーっぷ」


 俺は巧美の肩を抱くように手を回す。「にゅぁ!?」と巧美が驚いていたが、構わずそのまま部屋の隅の方まで連れて行く。


「ななななななにすんのよ……!」

「いいかちょっと聞け。あっちの言い分も一理あると思うんだよ」

「て、手! 近っ、近いって、ユーキ、ねぇ!」

「まずはドラムの実力を見てから判断してもいいだろ?」

「じゃなくてほんと、んっ、顔が近、息がぁ」


 こいつはさっきから何を慌ててるんだ。肩に腕を回すなんて普通だろうが。歌を歌う前に散々抱きついてんだろ。


(……ってしまった。今は魔眼かけてねぇや)


 気づいて即座に腕を放す。瞬間、巧美はバッと勢いよく離れた。

 胸を隠すように腕を交差させて、頬を真っ赤にしながらふーふーと俺を威嚇している。


「お、お前、いつからそんな気安く触るようになった!」

「すまん、話に夢中で気づいてなかった」

「魔眼かけてるときあたしに変なことしてるからじゃないの!?」


 ギクリ。こいつはほんと鋭い。


「違うって魔眼かけてるときも普通だってなんか男友達にするみたいな感覚でやっちまっただけなんだわざとじゃない」


 早口で弁明すると、巧美は納得いかなさそうにむっつりしていたが、ややあって「……ならいいけど」と渋々引き下がる。

 危なかった。最近毎日のように抱きつかれていたから境界線がわからなくなっていた。ていうかほんとなんでこんなに気を遣わなきゃいけないんだ。急に虚しくなってきた。


「今度は悲しそうな顔してどうしたの」

「……こっちの話だ気にすんな」


 俺は目頭を揉み、ため息を吐いて気を取り直す。


「もう一度言うけど、あの人の言うことも一理ある。とりあえずドラムの腕前を見てから判断しようぜ」

「なんで!? 金取られるんだよ!?」


 巧美が金切り声を上げる。俺は人差し指を唇に当てて、チラと細見の方を確認する。彼は呑気にスマホを眺めていた。

 余裕な感じがムカつくが、それだけ自分が有利な立場にいると自覚しているんだろう。なにせあちらは失うものはない。選択を迫られているのはこっちだ。


「金のことは一旦置いといて。実力を確認もせずに突っ返すことはないだろ。聞くだけ聞いてみよう」

「でも……」


 巧美は不満げだった。口をつぐみ、しばらく黙考する。


「タクミ」


 判断を促すと、巧美は眉間に皺を寄せる。それから苛立たしげに自分の太ももを平手で叩いた。


「わかったよ! 聞くだけだからな」


 心底嫌だけど、と膨れた頬に書いてあった。俺は苦笑いしつつ手を伸ばし、かけてすぐに引っ込める。

 危ない、最近よく頭を撫でていたから反射的にやりそうになった。

 巧美はふてぶてしい足取りで細見の元へ向かう。


「あんたの話はわかった。そっちが条件を出してくるなら、こっちもあたしたちの希望に叶うかどうか、見定めさせてもらう」

「おっ、いいね。そうこなくちゃお姉ちゃん。いやタクミちゃん?」

「「数藤って呼べ」」


 巧美と声が被る。巧美が「なんであんたも?」と不審げに見てきたので咄嗟に目を逸らす。


***


 ――適当に叩いてみて。

 巧美が指示した通り細見は何かの演奏をするわけではなく、ドラムソロのように自分勝手に叩き鳴らした。

 それは聞くに堪えないどころか、物凄く上手だった。ドラムロールもフィルインも安定していて、スネアドラムやハイハットの俺にはわからない細かな技法はかなり手慣れている感じだった。

 音もそうだが、リズムもかなり安定している。素人目に見ても、助っ人としてはこの上ない技量だった。


「――と、まぁこんなもんやね」


 細見がドラムの演奏を止めてスティックをくるりと回す。こんなもん、という言葉の端に自信を感じる。

 俺と巧美はドアの前で演奏を聞いていた。横に立つ彼女は腕を組んで仁王立ちしていた。その表情は仏頂面で、かなり不機嫌そうだ。

 「あれじゃ満足できなかったか?」俺はこそっと彼女に耳打ちする


「んなわけないから腹立ってんの」


 悔しさで練り固められたような声音だった。たとえ嫌な相手でも演奏の腕前は否定できない――そんな面倒くさくて、ある種微笑ましい性質がにじみ出ている。

 しかし、これで両者の意見が一致していることがわかった。


「申し分なし、ってことだな? じゃあサポートになってもらおう」


 ぐりんと首を回した巧美が目を剥く。


「なに言ってんのあんた!? いくら実力が高くても金をせびってくるクズ野郎に手伝ってもらうとかあたしは嫌だ!」

「おーい、聞こえてんでー」


 タムドラムの間から顔を覗かせた細見が苦笑いしていた。


「そこまで明け透けやといっそ清々しいわ。ま、ボクもアコギなことしてる自覚はあるで、強くは言えへんけど」

「自覚してんなら止めたらどうです?」


 唸る巧美に代わって指摘すると「それとこれは別問題や」細見は悪びれもせず答える。


「ボクにはメリットあらへんからね、君らのお手伝いは。いうてライブ出てもセンセーが目を光らせとる中で女子高生とお近づきになるわけにいかんし、外様が目立ってOB連中に痛い奴扱いされるんも勘弁や。近々こっちも文化祭があるで、その練習も欠かせへん。サポートするんなら相応の対価が――」

「お金を払わないと俺達のバンドに肩入れする価値はない、ってことですね」


 途中で遮ったので細見が鼻白んだが、彼はすぐに薄い笑みを浮かべる。「そゆこと」


「んでどうする? 今なら分割支払いの相談も受け付けるで?」

「金以外のメリットを示せたら話は別じゃないですか」


 俺の言葉に、今度こそ細見は眉をひそめていた。


「たとえばですけど。バンドマンなら、このバンドで演奏したいっていう欲求くらいありますよね?」

「んー、そらな? ボクかて楽しいからバンドやってるわけやし、自分が満足できそうなメンツやったらそれ自体がメリットではある……つまり、なに? 君らはボクを唸らせて考えを変えるくらいすごい演奏が出来るって言うん?」

「生憎、俺も巧美もそこらの高校生レベルです」

「なーんや、それなりやっぱし――」

「でも、こいつの歌声を聞いてからもう一度考えてください」


 俺は眼鏡を外し、隣の巧美に目を向ける。

 彼女は伊達眼鏡をかけているから魔眼はかからず、代わりに困惑気味に俺を見返していた。「あ、あたし?」

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