第3章
第22話 胡散臭いサポート応募
俺と巧美の秘密の日々が始まった。
学校ではお互い素知らぬ顔をして過ごしながら、昼休みには決まって屋上に集まって色々な話をした。文化祭でどんな曲を演奏するかに始まり、互いにどんなアーティストを聞いているか、演奏のここがうまくいったうまくできない、などなど。
曲の候補は直に聞かないとわからないから、イヤホンを片耳ずつ分け合って同じ曲を聴くという、妙に青春っぽいこともした。
放課後になればスタジオに集う。俺達は練習曲をひたすら何回も繰り返し演奏して、互いの呼吸や癖なんかを摺り合わせていく。
とは言っても俺は素人で、ドラムなしの状態だからテンポがズレたり止まったりするちぐはぐな演奏になることもしょっちゅうだった。その度に辛辣なヤンキー女子高生から歯に衣着せぬ注意をされて喧嘩になることもしょっちゅうだった。
より肝心かつ問題なのはボーカルの練習だ。重度のあがり症で素面ではまともに歌えないボーカルのために、俺は必ず魔眼をかけることになる。
「ん~、ユーキぃ、キスしてキス」
とろっとろになった彼女は、絶対に演奏そっちのけで俺に抱きついてきてキスをねだる。既に魔眼のことを知った状態かつ時間も足らないというのに、練習そっちのけで甘えてくる。
魔眼の効果で理性が吹っ飛んでるから仕方ないとはいえ、ここでイチャイチャしまくって時間を無駄にしたら、覚醒した巧美自身にぶん殴られる。
「駄目だって。スタジオの時間は限られてるんだから」
「今だけ。お願い。ね? せっかく大胆になれてるんだし、したいんだよぉ」
などと上目遣いで迫られて、我慢できる男がいるだろうか。いやいない(倒置法)。
だが俺は耐えなければいけないのだ。
「ちゃんと歌いきったらご褒美にキスな」
「ほんと? 絶対だからね~」
俺は毎回抱きついてくる女の柔らかな感触と誘惑を退けながら練習せねばならず、精神的にも非常に疲弊した。ちなみに歌い終わって実際にキスすることもしない。途中で目覚めたらやっぱり殺される。そんな危ない橋は渡れない。
つまり生殺し状態だ。誰か俺を殺せ。
歌いきると大体魔眼の効果が切れる頃合いで、巧美はぽわんとした夢見心地になってさっきまでの経緯を覚えていない。自分がちゃんと歌いきったかどうかも。
だから俺達はいつも演奏を録音して、ボーカルを乗せた演奏を確認している。もちろんその前の甘え声は録音していない。何度か本人に聞かせてやろうかと血迷いかけたが、何とか踏みとどまっている。
「うーん、なんか違うんだよな」
自分の歌声を聞く巧美は、大抵の場合は微妙そうな顔をしていることが多い。
「普通に歌えてる、と思うんだけど」
「もうちょっとあたしらしく、こうガツーンと、ぎゅいーんて感じで歌いたいんだよな」
言ってることは意味不明だが、彼女なりのイメージがあって、そこにはまだ到達していないということらしい。
聞く分には毎回凄い歌声だと感じているし、拙いギターでも楽しくなってくるんだけどな。ということを漏らしたらつけ上がるので言ってないが。
そんなこんなで俺と巧美はギターとベースだけの練習を続ける。毎日話し合って、喧嘩して、キスを餌に歌わせて、楽しくなって、帰る――そんなルーティンに追われて、作曲活動も全然手が付かないほどだった。
しかし練習曲にそろそろ飽きてきた頃になってもまだ、ドラムとギターの応募が来なかった。
巧美曰く、ネットとスタジオの掲示板に募集を募っているが、連絡はないらしい。
文化祭まで一ヶ月を切り、巧美の不機嫌さは日に日に増していった。何で来ないのだろうといつも愚痴っていた。ドラム人口が少ないから多少の苦労はするにしても問い合わせすらないのはおかしい、とも。
さすがの俺も動向が気になり始めた。たとえ新しいメンバーを迎えたところで練習日数が全然確保できない。素人同然の二人と新メンバーで急ごしらえのバンドを組み立ててもたかが知れている。巧美の歌声だけでは、部長バンドとの落差を埋めることはできない。
強制的にやらされていることだから、俺としては別に失敗に終わっても構わない。むしろ文化祭で変に目立つことをしなくて済む。
だけど、巧美が時折見せる不安げで神経質そうな表情も俺を居心地悪くさせて、茶化すこともできず黙ってるしかなかった。
このままバンドの体を成さなくなって計画は未遂に終わるのだろうか?
そんな暗雲が立ち込めた頃――
『きた! ドラムのメンバー応募あったよ!』
巧美から、彼女の興奮を感じるようなメールが届いた。
***
巧美が募集をかけていたのは足りないパートのサポートメンバー、ようは臨時の助っ人だった。バンド活動では他のバンドから手助けを募る文化もあるらしい。
俺達は早速、応募してきたドラムのサポートメンバーといつものスタジオで会うことになった。
待ち合わせ時間にやってきたのは目も体つきも細い男だった。ばっちり決めた茶髪、耳にピアスをして軽薄そうな笑みを携えている。
休憩スペースの机を挟んで俺と巧美が座り、対面に男が座る。
「えーと、細見景、さん?」
伊達眼鏡をかけたままの巧美が、スマホに表示された男の名を読んだ。
「そー。景ちゃんって呼んでや?」
関西弁の男は馴れ馴れしさ全開で、机に肘をついてニヤニヤ笑う。
俺と巧美は一度チラと視線を交差させる。
「あたしは数藤巧美。ボーカル担当」
「ギター担当の犬飼勇紀です」
「うん。よろしゅう」
なんというかエセ関西人臭がする。ちょっと胡散臭いというか。
「大学生、なんすよね」と巧美が確認する。
「そー。駅前にある明豊大学の学部生。軽音に入っててな、パートはドラム、って応募見りゃわかるか。たっはっは」
細見という人が一人で笑う。別に面白いことは言ってないが。
(しっかし、高校生のバンド募集に大学生が来るとは思ってなかったな)
てっきり高校生バンドだから高校生が来るものと想定していた。でも巧美は不思議がっていないし、そういうものなんだろうか。
「ドラムは何年くらいやってるの?」もうタメ語だしこいつ。
「えーと、中学んときからやで、六年以上? まぁまぁの腕前やで、ボク。サポートメンバーが欲しいっちゅうんやったら最適やと思うわ」
「じゃあ、募集要件も」
「ちゃんと理解しとるよ。君らは四辻学園の子で、そこの文化祭に出るためサポートを探しとる。大体一ヶ月後っちゅうのもわかっとるから、安心して。参加は全然オーケーよ」
巧美が小さくホッとした。机の下でガッツポーズをしている。
「話が早くて助かる! じゃあ早速スタジオで簡単にジャムって――」
「ちょい待ち。その前に商談に入りましょか」
狐目から垣間見えた三白眼から、さっきまでとは違う意思を感じた。
巧美と俺は眉をひそめる。
「商談?」
「そー。まずな、文化祭に参加する当日は一日拘束料として8万円」
「「――え?」」
「それ以外にも練習参加は一時間五千円ってことで。もちスタジオ代はそっちね?」
「ち、ちょっと待って。あんた、さっきから何を言ってんの」
「なにって、サポート料金の話やけど」
細見という男は、なにを当たり前のことを、と言いたげにして腕を組む。
唖然としていた巧美は、次に椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「料金取るなんて聞いてないんだけど!?」
「うん。言うてへんからね」
「はぁ!?」
巧美は細見という男を露骨に睨む。怒りのボルテージがマックスだ。
「あの、お金を払わないとサポートしてもらえないんですか」
危うい雰囲気を察して、咄嗟に話し相手を交代する。
「そうやね♪」
一切の躊躇いなし。これは譲歩するとかいう次元ではなさそうだ。
払う以外の選択肢なんてなさそうな態度だが、その前に確認しなければいけないことがある。
「俺あんまり経験がないから聞くんですけど。バンドサポートって金を払うのが普通なんですか?」
「プロなら普通やけど、アマチュアなら違うんやない?」
「は?」
なに言ってんだこの人は。それじゃつまり、自分でも普通じゃないと分かっていることをいけしゃあしゃあと提案してきていることになる。意味がわからない。
「帰ってもらおう、ユーキ」
底冷えするような声で巧美が告げる。視線には軽蔑が隠すこともなく込められていた。
「アマチュアバンドのサポートで金取るとか聞いたことない。てか高校生相手にお金取るとか詐欺だよ詐欺」
「酷い言われようやなぁ。お金さえ貰えればちゃんといい仕事するでボクは?」
などと細見が言っている間にも巧美は背を向けている。
「この話は無しで。じゃ」
二度と面を見せんな、なんて敵意が彼女の背中から伝わってくる。
巧美は予約したブースにすたすたと向かっていくが、さすがに失礼だと思ったので、俺だけは会釈して立ち上がる。
「ええの? ここでチャンスをふいにしてもうて」
細見は気を悪くした様子もなく、まだ薄ら笑いを浮かべていた。
「ボク以外でサポートに入りたいって思う奴はおらへんで。それでも君らは後悔せぇへんかな?」
「……それ、どういうことです?」
立ち去ろうとして、俺はその言葉に気を取られてしまった。
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