第14話 ボーカルの秘めた理由
俺はため息を吐き、こめかみを揉む。前にも似たような質問をされたが、俺がそういうことをする奴かどうかは気になるらしい。
そりゃ異性だし、魔眼の効果にはほぼ抗えないから、俺という人間の行動を把握しておくのは自己防衛としては正しいだろう。ムカつくけど。
「あのさ、少し考えたら分かるだろ。リスクが大きくてやれないって」
「……ふーん?」
「さっき説明した通り、この能力の持続時間は短いんだ。目を離してしばらくしたら元に戻る。たとえば一度の関係を持とうとしたって、目を離す時間があったら相手は正気に戻る。俺はホテルに連れ込んだ犯罪者になって大騒ぎだ。目を離さないって思ったより難しいんだからな? たとえ成功しても事後の変化でやっぱり大騒ぎなんだからな?」
もちろん俺も思春期の男だから、なんとか長時間拘束をしようと試したことはある。
そして、取り返しがつかないほどの問題を起こした。
身をもって知ったから、絶対にやらないと誓った。
っていうかなんで俺はこんな早口で釈明してるんだ。
「必死すぎて逆にキモい」
「自分でもちょっと思ったけどお前に言われたくねーよ!」
あれだ、教育という名目でこいつにだけは誓いを破ってもいいかもしれん。泣いて謝っても許してやらないくらいごにょごにょしてやろうか。
などと企み始めたとき、半目だったタクミが急に吹き出した。「――ぷっ」
「あはははっ。わかったよ、信じてやるからそんなにマジになるなって。あはは、おかしー」
腹を押さえたタクミがころころと笑う。
なんだか小馬鹿にされている気がして、俺は嘆息しながら頬杖をつく。
「もー、そんな怒るなって。ユーキならそんなことしないって思えるよ。あんた良い奴そうだもん」
「お世辞にしか思えねーな」
「ふふ、そうかもね。あんたをおだてておかないとその魔眼を使えないし」
なぜか巧美はさっきより上機嫌だった。変な奴だ。
「ま、あたしはあんたじゃないからさ。気持ちは全部わかってあげられないけど、結構苦労してきたことはわかったよ」
「なんだそれ」
そんな説明をした覚えはない。深刻そうに話すぎたのだろうか?
「気にすんな、こっちの感想だから。それより脱線しすぎたね。持続時間は短所になるってところだったと思うけど、あたしらの計画にはむしろ長所になる。ライブの間の熱狂ってことにできるから」
その言い方は楽観的に聞こえた。俺は少し強めに指摘する。
「お前の計画の問題はそこじゃないだろ。いいか、嫌いな奴に魔眼を使った例えと同じだぞ? いくら俺の能力で観客を盛り上げさせても、肝心の演奏が無茶苦茶だとさすがに怪しまれる。裸眼の奴以外は効かないわけだし。それなりのレベルに仕上げないと、不自然さが際立つんだ」
比較対象があることは気にしていたが、そこは学生のアマチュアレベルだろうと、俺は侮っていた。
でも部長バンドの演奏を聞いて考えが変わった。生半可な演奏じゃ差が開きすぎて、俺たちが一番人気になったら逆の意味で目立ってしまう。
「一番人気になるってことは、あの部長のバンドと近いレベルにならないといけないんだぞ?」
「……そーだね」
巧美は打って変わって静かに答える。目つきには真剣さが混じった。
「片や俺達はまだ二人。練習してないどころかバンドの体すら成してない。ほんとにこんなんで大丈夫なのか?」
「そこはちゃんと考えてるよ。欲しいのはベースとドラムだけど、アテはあるから。欲を言えばリードギターも欲しいけど、時間との勝負かも」
各パートを頭の中で数える。前もメンバーが五人と巧美は言っていたし、そうなるとやはり巧美がボーカルなんだろう。
果たしてこいつはどれくらい歌えるのだろうか。あの部長バンドのボーカルほどではないと思うが。
というか、あの先輩たちに何か揶揄されていた理由も気になる。
「あのさ。タクミは、軽音に居たんだよな」
「……まぁ」
「で、辞めた」
「一年んときにね」
「理由、聞いてもいいか」
一瞬の間があった。巧美は炭酸ジュースをズココと飲み、空になっても容器の中の氷を口に含んでバリボリを噛み砕く。やさぐれているようにも、照れ隠しのようにも感じた。
「見りゃわかるじゃん? 揉めたんだよ」
「どうして、ってのは野暮だとは思うけど、確認な。壁際に立ってる人達のことでか?」
「よくある意見の違いってだけ。バンドっぽく言うなら音楽性の違いってやつ?」
巧美は目をそらし、微妙にはぐらかす。だけど何となく想像がつく。
こいつのことだから、入部したのに演奏もできないことが我慢できなかったんだろう。それで先輩に突っかかって喧嘩して、嫌気が差したから辞めた。
「……ふーん」
「なんだよ」
ジロリと睨みつけられる。俺は無表情を装って首を振る。「別になにも」
「とりあえず、大体わかった。じゃあメンバー集めは任せるけど、ギターがもう一人欲しいってのは俺も同感。ギター弾けるっていっても俺はバンド組んだことない素人だからな。バッキングだけやってればいいって感じにしてほしい」
「そういや聞きたかったんだけどさ、ユーキってなんでギターやってんのに軽音楽部に入らなかったの?」
あまり踏み込まれたくない話題になった。俺は素知らぬ顔で右斜め上を向く。
「別に? ギターできたら格好良いなって思って家で弾いてただけ。バンドを組むのも面倒だったしな。そういう趣味だってありだろ」
「ふーん、そっか。弾き語りタイプね」
巧美は俺の嘘を疑うこともなくさらっと信じると、急に破顔した。「じゃあちょうど良いじゃん」
「面倒だったのがここで組めるんだから、楽しめばいいよ。皆と音を合わせて、作って、聞いてる人も盛り上がってくれて。臭い台詞だけど、一体感があるっていうか。テンポに合わせて身体揺さぶるのが快感だったり、ここでこういう音が来て欲しいってところにタイミングばっちり来ると鳥肌ものだったり。とにかく、バンドって凄く楽しいから! 動機は不純だけど、ユーキにもそれが伝わると思う」
次第に、彼女の声に熱がこもっていく。
そんな純粋な高揚を前に、俺は彼女との違いを自覚させられた。
巧美は根っから音楽が好きで、好きだからバンドに執着している。
対する俺はバンドに興味はない。音楽は好きだけど聞いている方が性に合っている。
作曲だって、自分が楽しむために始めたんじゃない。
俺の中の焦りが、乾きがそれに向き合わせただけだ。やむにやまれぬ事情があるだけだ。
「……伝わって何になるんだよ。俺は軽音を見返すために必要なだけだろ。楽しむとかそんな話でギターやるんじゃない」
「そりゃ、そうだけど」
「それとも何か? 俺はただバンドを楽しんでればいいのか? 演奏に熱中して客と目を合わすの忘れてもいいならいいけどよ」
「んなこと誰も言ってないだろ。ただあたしは、気を利かせて……」
「そういうのいらないから、ほんと」
冷たくあしらうと、タクミは不満げに唇を尖らせる。
沈黙が過ぎり、気まずさが生まれる。ていうか露骨に睨まれている。
自分のせいとはいえ、俺はちょっと後悔した。焦って違う話題を出す。「あー、じゃあさ」
「とりあえず歌声を聞かせてくれない?」
「え゛っ」
「ボーカルってお前がするんだろ?」
「お、おう、そう、だけど?」
巧美はそわそわと目を泳がせ始める。なにをそんなキョドっているのだろうかこいつは。
「選曲にも影響あるしさ。純粋に聞いてみたいんだけど」
「うん、まぁ、そう? ですよね?」
「変だぞお前」
「変じゃないもん!」
「もん?」
「へ、変じゃねー! いいよ、じゃあカラオケでもスタジオでも何でもいってやらぁ。そういうお前も今度ギター聞かせろよ!」
「そのつもりだけど。お前の方が詳しいだろうし、聞いてもらわないとどういう曲が演奏できるか判断できないだろ?」
「う……で、ですよね?」
さっきから妙だ。巧美はそわそわと小刻みに動き始めている。俺は歌声を聞きたいと言っただけでおかしなことを言ったつもりは微塵もないのに。
だけどこの後、彼女の様子がおかしい理由がわかった。
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