第13話 ボーカルに説明をする

「目がなんかムカついた」

「ご、誤解だって」


 憮然とする彼女を半笑いでなだめつつ、俺は頭の隅で考える。


("おじさん"って人への執着が大胆な行動をさせたって可能性もあるけど……どうなんだろうな)


 もう失いたくない、なんて言葉から察するに、悲恋の経験があったっぽい。

 だからといって急に結婚で束縛しようとするのは、話の流れを一足も二足も飛び越えている。普通は考えないし、いくら魔眼にかかっていようと実行するだろうか?

 物憂げな表情で悩んでいたことといい、気になる点はある。


「とりあえずあたしのことは置いておくとして。なんか、納得いかないんだけど」


 考え込みそうになったが、巧美が話し始めたことでそちらへの意識は霧散した。


「まぁ、そりゃな? 魔眼なんてファンタジーそのものだし」

「そうじゃなくて。ユーキはなんで学生なんかやってんの」


 彼女は、心底理解できないとでも言いたげに聞いてきた。


「そんな便利な力があったら好き勝手に生きられるじゃん? あたしだったら学校も通わなくなる。どんなことがあっても何とかなりそうだし」

「あー……」


 なるほど、能力じゃなく、俺の生き方がよくわからないとか、そういう話か。

 気持ちはわからなくもない。俺だって能力に気づいたばかりの頃は万能感に酔いしれていたし、巧美じゃないけど、学校なんか行かなくてもどうにかなるんじゃないかと本気で考えていた。

 だけど、世の中はそう上手くはできていないものだ。


「タクミはさ。もし魔眼を持ったとしたら、どうする」


 説明のためあえてそう聞くと、巧美は興が乗った顔つきになる。「えー?」


「うーん。世界征服」

「地雷系女子になりたいのか?」

「冗談だよバカ! ……ほんとのところは、あれだね、やっぱりアーティスト。路上ライブから凄い人気になって、スカウトされて。そんで世界を飛び回るシンガーになる。歌唱力にはちょっとした自信があるから、あとは魔眼の力で補強するって感じで」


 語っているタクミの瞳は夢見る女子のように輝いている。本人から直接聞いたわけじゃなかったけど、そもそも軽音に入っていたぐらいだから音楽は好きだろうし、プロミュージシャンへの憧れもあるんだろう。

 偶然だけど、俺も近いことを夢想したことがある。だけど冷静に考えて、諦めた経緯があった。


「その夢は、路上ライブで人気が出てスカウト、くらいまでは叶うと思う」

「は? なんでよ。それ以降は」

「考えてもみろ。魔眼は対面でしか効果がない。音源だけじゃ魅了できないんだ。デビューできても、実力がなければ売れ行きは上がっていかないぜ?」

「でもライブは対面じゃん。あたしの虜になったら買うでしょ」

「効果を忘れてる。ライブは盛況でも、終われば記憶が曖昧になってお前の歌に感動したってことは忘れる。そんな客がどうして音源を買ってくれるんだ?」

「それは……ライブ終了直後に、その場で買ってねって魔眼をかけながら言ってみるとか?」

「ネット環境があればそれもできるかもな。でも有名になるにはライブ客だけじゃ絶対的に数が少ない。ていうか前提として、どうやってライブに来て貰うんだ?」


「あっ」と、巧美はなにかに気づいたように小さく声を上げた。


「テレビやラジオで音源を流して貰っても、お前の虜にはならない。今はSNSの告知やサブスクで聞いてもらうことも重要だけど、そこでも能力は使えない。結局のところ自分の歌唱力だけでのし上がってくしかないんだよ」


 夢想してワクワクしていたであろう巧美の口が、への字に曲がっていく。


「他の使い道としては、プロデューサーを魔眼で虜にすれば宣伝とかPRをじゃんじゃんかけてもらうって方法がある。それで良いところまではいくかもしれない。でも実力が伴ってないとやっぱり人気には陰りが出るし、むしろなんであんな奴がってやっかみが出てくる。後はお前自身を好きになってもらうアイドル的な売り出しならもうちょっと違うやり方もあるけど、それだって画面越しに視聴者に気に入って――」

「いい、もういい」


 聞いていた巧美は、最後にはうんざりした顔で手を振っていた。


「なんか全然夢ないじゃん。むしろ使える場面の方が少ないっていうか」

「わかったろ? 俺が普通の生活してる理由。いきなり自由にやりだしたって稼げないんだよ」


 たとえば作曲のことも、プロデューサーに魔眼をかければ俺の曲が一発採用されてデビューできるだろう。簡単だからすぐに実施できる。

 しかし最上の生活を維持するという点では、やはり俺の作った歌がそこそこのレベルに達している必要がある。

 別に数百万再生しなければいけないってわけじゃない。数万再生でも「発掘されず埋もれていた名曲」扱いされるので十分だ。それが数百再生じゃ、さすがに説得力がない。

 なのでニューウェーブに投稿して再生数を伸ばそうとしているのだけど、底辺で足踏みしている状態だった。思い出すと陰鬱な気分になる。


「……そっか。効果が絶大かつ持続時間が短いってことは、短所でもあるわけね。下手すると人が変わったとか豹変したって思われる、ってのはあたしの経験からなんとなくわかるよ。いかに本人や周囲に違和感がないように仕向けるか、ってことか」


 巧美は顎に手を添えて思考したことを呟く。やっぱりこいつは頭が良い、というか、頭の回転が早いようだ。


「そういうこと。たとえば俺を嫌ってる人間に魔眼をかけて言うことを聞かせても、正気に戻ったそいつや周りの人間に怪しまれる。それまでとは正反対のことをしてるからな」

「まさにそれであたしに看破されたもんなお前」


 巧美がドヤ顔で首肯した。ほんと性格最悪なところだけがマジでもったいねぇ。


「ってか持続時間が数ヶ月とか、そういう長さだったらよかったのにね」

「それはそれで今みたいな使い方はできないから逆に面倒なんだよ」

「ふーん? 好きな子と自由に恋仲になれるってメリットがあると思うけど、そういうのはいいんだ? 残念とか思わなかったの」

 

 脳裏に、嗚咽しながら机にすがりつく女子中学生の姿が過ぎる。

 ズキズキとこめかみ辺りが痛み始める。

 俺は眉をしかめ、苦いコーヒーと共に感傷を飲み下した。


「……別に、出来ないことは出来ないってだけだろ」

「格好つけてるけど、その顔は何度も悔しがってきた顔だな。魔眼使ってもうまくいかなくて振られたって感じ?」


 グサリとくる。


「うるせぇなさっきから。なに突っかかってくんだよ」

「別にいーじゃん。何でも叶わないのはわかったけど、あんたが羨ましいことには代わりないんだから。これくらい余裕で受け止めろよムッツリスケベ」

「ただの悪口にしか聞こえねーのだが?」

「事実でしょ? 恋は叶わなくてもエロいことはできんだから」


 言葉に詰まる。

 巧美は半目になって蔑みの視線を送ってきた。


「前も聞いてたけどクソ最低野郎だなお前」

「ち、違う! 俺はそういうことしてな……イヤチョットハネ?」


 言い切れなくて小声になると、巧美が引き気味で自分を守るように身体を抱く。


「あたしの一メートル以内に入るなよゴミ」

「お前から誘ってんだよ!? てか頼まれてもお前になんかやるか!」

「うっそだー、あたしにあんなことしといて」

「あれはお前からだろうがっ!」


 言ってからハッとする。余りに声を荒げすぎたので周りの視線が集まっていた。心なしか女性から冷たい視線を送られている気がする。

 俺は肩を縮めて、気持ち声を小さくする。


「言っとくが、魔眼使ってお前にちょっかい出すとか絶対にない。絶対だ」

「そこまで言われるとあたしに魅力がないみたいで逆にムカつく」

「じゃあちょっかい出したほうがいいのか?」

「出したら殺す」


 どうしろと?

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