第12話 ボーカルの味方になる
「……行こう、ユーキ」
静かな声と共に襟を引っ張られる。巧美はバンドを一瞥すると、足早に入り口へ戻っていく。
「またねー犬飼くん。相談があったらいつでも乗ってあげるからね♪」
安達愛良が俺に愛想よく微笑んで手を振る。多くの男子が「脈アリかも」と勘違いしそうな可愛らしさの裏には、巧美への嫌味がたっぷり込められている。
俺は苦笑いして手を振り返し、巧美の後を追った。
ずんずん進む巧美がホールの扉を開ける。と、そこで扉の向こうに集っていた部員達がざぁっと引くように離れていった。どうやら様子が気になって盗み見ていたらしい。
だけど、何人かの部員達は彼女の前に立ち塞がるように仁王立ちしていた。
巧美はその数人を睨みつける。
「どいて、邪魔」
「邪魔してんのはどっちだよ数藤! 今さらバンド組んでるとか……!」
「お前さ、軽音に恨みがあるからって無駄に引っかき回すの止めてくれよ」
「マジ無理。一年のときもそうじゃん。あんたのせいで皆が迷惑してた。あたしら全員が白い目で見られてたんだからね!」
「は? なんであたしに文句言うわけ? あんたらに直接迷惑かけたわけじゃないし、何なら全員一緒くたにされたことを怒ればいいだけでしょ」
「そ、そういうこと言うから大袈裟になるんだろ……!」
「そうよ! 文化祭だってようやく出場できるのに、荒らしてほしくない!」
「お前のせいで最悪な思い出になるじゃねぇか!」
巧美と数人の部員がギャーギャー言い争う。俺はそれを驚き半分、呆れ半分で眺める。
正直、部外者の俺にとっては両者の理屈は同レベルだ。どちらも自分の都合を押し付けているに過ぎない。よくやるなと逆に関心してしまう。
(こういうのほんと面倒くさ。魔眼かければ一発なのにな)
これまで俺は自分に対して文句を言う連中や危険なことをしてくる人間を、魔眼を使って退けてきた。言い争いに発展したことなんてない。だからどうしても鬱陶しく感じてしまう。時間の無駄だ、と。
別に魔眼がなくたって巧美も適当な嘘で回避すればいいのに。どうせ一時の衝突で、数年経てば忘れる程度の問題だ。
でも彼女は、プライドなのか意地なのか、逃げようとはしない。
(別に好きにすればいいさ……けど)
気になることと言えば、よってたかって巧美が責められていることだ。
真偽も正当性も俺にとってはどうでもいい。
けれど、女子一人に対して複数人がヒステリックに責め立てるのは、違う気がする。
誰も巧美の話を聞こうとしない。理解しようとしない。きっと巧美が慮っている壁に立ってる連中ですら、我関せず下を向いている。
孤立無援でも巧美は、気丈に拳を握りしめて言い返している。
(……ったく。しょうがねぇ)
自分にこんな甘さがあったことを意外に感じつつ、俺は眼鏡を外した。
「まーまーまー! みなさん落ち着いて、ね?」
俺は巧美を庇うようにして彼女の前に立つ。矢面に出てきた俺に対して、責めていた部員たちが鼻白んだ。
「何だよおま、え――」
俺と目を合わせた瞬間、口角泡を飛ばす勢いだった男子の勢いが急に収まった。熱に浮かされたように目尻がとろんと下がり、口元に笑みが浮かぶ。
まるで俺に見とれているような表情だ。
「タクミと組むことになったギターです。ごめんね、部外者なのに。でも黙ってるの良くないかなって」
「あ、ああ……そう、なのか。数藤のために」
男子が巧美をちらと盗み見る。そこにあるのは敵意ではなく、もっと粘ついた感情だ。多分、俺が巧美を庇ったことに嫉妬しているんだろう。
だから俺はことさらに笑顔を振りまく。
「ありがとう。お互い言いたいことはあると思う。でもさ、ここで争ってたら顧問の先生に見られる可能性ない? いざこざのせいで文化祭に影響が出るのは避けたい。そうでしょ」
俺は次に隣の女子に目を向ける。彼女はビクリと肩を振るわせたが、すぐに頬を赤らめた。女子はもじもじと恥ずかしげにしながらも、コクリと頷く。
「だよね? なら今日のところはこの辺で終わっておこうよ。部長に挨拶しに来ただけだから、もう用事は済んだし」
他の連中とも目を合わせておく。俺と目を合わせた人間は、男女関係なく魔眼の影響で頬を染め、俺に心酔したようにうんうん頷く。幸い裸眼の連中ばかりのようだった。
魅了の魔眼の効果が浸透すれば、誰もが俺に全幅の信頼を置くようになる。俺の言うことは全て最善で幸せなことのように聞こえる、そんな心理バイアスが働く。よほど酷いことでも言わない限り否定されることはない。
「だからさ、今日のところは俺の顔に免じて、これくらいで勘弁してくれないか」
「ああ、謝らないでくれ。俺達の方こそ言い過ぎた。ごめん」
「お前の言うとおりだよ。やっぱり格好いい奴は言うことが違うな」
「ほんと素敵なお顔。はっ、やだあたしったら」
それぞれが照れたり興奮したり喜びを表し、塞いでいた道を開けてくる。背後からはタクミが唖然としている気配が伝わってくる。
「じゃあ俺たちはこれで行くね」
眼鏡をかけなおし、タクミの手を取って引っ張る。俺はにこやかに笑いながら手を振り、来たときと同じ道を歩いて行く。魅了の魔眼のせいで、あれだけ怒っていた連中が揃いも揃って手を振っていた。アイドルみたいだな、と俺は自分に苦笑する。
魔眼にかかっていない連中はさすがに呆気にとられていたが、このくらいは許容範囲だ。虜になっている連中が後で理由を聞かれても、効果が切れればろくに説明もできない。
エントランスを出て、夕暮れの敷地を歩く。その間、巧美は無言で、俺と手を繋ぎ続けていた。
***
「マジで凄かった……魅了の魔眼」
ファストフード店のソファ席で向かい合いながら、タクミがしみじみと呟く。
軽音楽部でひと悶着あった後、俺達は落ち着いて話をしようということになり、学校の外で集まっていた。
店には大勢の客がいて同じ高校の生徒もいるが、店内のBGMと喧騒のおかげでこちらの話は周囲にはあまり聞こえていない。一応気をつけながらも、俺たちは普通に魔眼について話している。
「男女関係ないんだね、本当に」
「なんだよ。疑ってたのか?」
「そういうわけじゃないけど……実際に目の当たりにすると割とショックだったっていうか」
タクミはポテトを一つつまんで囓りながら、俺を、正確には俺の眼を観察するように見つめている。もちろん互いに眼鏡をかけているのでなにも起こりはしない。
「でも思ったより反応が控えめじゃん。もっとがばっと抱きついたりむちゅーってされるわけじゃないんだ?」
「あのな、お前だけが変なの。大胆にはなるけど、基本的にあんな感じだって。別に人間の理性を奪うわけじゃないからな」
「じ、じゃあなんであたしはいきなり、キス……したのさ」
「知らねぇよ。俺が聞きたいわ」
むー、とタクミが眉間に皺を寄せて炭酸ジュースをストローでズココと飲む。俺はナゲットを一つ口に放り込み、咀嚼しながら考える。
「これまでの経験を踏まえるとだな。魔眼で相手を強制的に惚れさせたとしても、そいつが取る行動はあくまでそいつが取り得る範疇、なんだよな」
「どゆこと?」
「つまり、そいつ本人が滅多にやらないことは魔眼の力でもしない、ってこと。たとえば引っ込み思案な控えめ系の女子を惚れさせたとして、そいつがいきなり俺に抱きついたり半裸で誘惑してくることはない。あくまでそいつの価値観とか経験に左右される」
「なるほど。行動パターンはその人自身の考えや性格に縛られるってわけね」
「そういうこと」
「……ん? でもおかしくね? あたしは惚れた相手にいきなり抱きついてキスする人間じゃない」
俺は無言で巧美を見つめた。
「ち、違うからね!? あたしそんな痴女みたいな奴じゃないもん!」
「もん?」
「揚げ足取るな!」
それは揚げ足っていうかなぁ。
「理由があるんだ、たぶん……覚えてないけどさ」
「理由ぅ? どういう理由があったら急にプロポーズしてキスしてくんだよ」
「それは……」
巧美が眉根を寄せ、口ごもる。
やっぱり大層な理由なんてないんだろう。ということは、こいつの本性は惚れた相手に結婚を申込みキスしてくる甘々でぶっ飛んでる女、ということになる。
ぶっ飛んでるところは特に意外性はないが、付き合うと首に手を回して甘ったるく囁いてくるような女だというのは、いささか信じがたい。むしろ一晩過ごしたらタバコを吸いながら素っ気なくポイ捨てしそうなタイプだ。初体験がまだだということを知らなかったら、絶対そっちだと思っただろう。
「お前いま失礼なこと考えたろ」
巧美がギロリと睨んでくる。
なぜわかったし。
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