第11話 宣戦布告するボーカル 下
巧美の声はどこかおどけている。だけど、背後からでもわかった。
こいつの頭は今、宣戦布告をしかけたアドレナリンで盛り上がっているに違いない。
「参加、って。文化祭でお前が、バンド演奏するって?」
「別にできますよね? 軽音楽部に所属してるバンドしか参加できないって決まりはない」
場に困惑の空気が流れる。
そのとき、紅一点のボーカルだけが面白そうに声をあげた。「あはっ!」
「マジ? え、マジなの? ウケるんですけどぉ数藤さん」
「なにが面白ぇか言ってみろよ、安達」
巧美の声が一段と低くなる。教室でたまに耳にしていた、不愉快そのものという機嫌のときの声。
しかしボーカルの女子――安達という女子生徒はころころと愉快げに笑う。
「だって、ろくに歌えもしなかった人が部外でバンド組んで、しかも文化祭に出るって! くすくす。自信過剰なとこは相変わらずだねー。逃げ出したくせにいい度胸っていうか、そういうとこほんと尊敬しちゃうな、愛良。あ、もしかして数藤さんなりのジョーク? だったら超面白い。拍手あげる」
「相変わらずキャンキャンうるせぇ奴だな、
「ちょっとー、ファンが少ないからって嫉妬しないでくれます? ていうか歌えもしなかったって点は否定しないんだ? だよね、事実だもんね」
二人の間でバチバチと火花が散るようだった。このキャットファイトを眺めていると俺の方が胃が痛くなってくる。
(つうかボーカルって安達だったのか。軽音だとは聞いていたけど)
安達愛良はその容姿と性格から学年でも一、二を争うほど人気の女子だ。たぶん同学年で知らない奴は居ない。俺の友達でも片思いしてる奴がいくらかいる。
かく言う俺も安達とは話したことがある。学年カースト上位の連中が企画した男女合同の花火大会とかカラオケとか、そういう陽キャの集まる場所では必ず見かけた。自慢じゃないが俺もカースト上位に足を引っ掛けているのでそういう集いに呼ばれて、安達とも当たり障りのない笑い話を交わしている。
でも俺自身は安達に興味があるわけじゃない。向こうもガツガツアピールする男子の方が記憶に残るだろう。この場はなんとも気まずいから、忘れてくれていることを願う。
などと考えていたら、巧美がぐりんと振り返った。
「とにかく、あたしは文化祭に出る。こいつと」
「ぐえ」
襟首を掴まえられて彼女の横合いに引っ張り出される。
やめてくれ俺は関係ない。いや関係あるけど無闇に目立ちたくない。
部長ほか三年生全員が「誰?」という顔をしていた。そりゃそうだろう。
唯一、安達愛良だけが目を見張っていた。「あれ? 犬飼くん?」
「二組の犬飼勇紀くんでしょ? ほら、前に塚っち達と一緒に遊んださー。おひさー?」
「お、おう……久しぶり」
ちくしょう覚えられていた。嬉しいやら悲しいやら。
安達愛良はにこやかに笑うが、余談なく俺を観察してくる。
「で? なんで犬飼くんが数藤さんに着いて回ってんの?」
「あー、それは……」
「こいつうちのギターだから」
俺の代わりに言い放った巧美が俺をギロリと一睨みしてくる。なに躊躇してんだよお前、という不満が顔に出ていた。んなこと言ってもこのレベルの人達に堂々とギター弾けますって言えるかボケェ。
数藤の言葉を聞いた安達は露骨に唇を吊り上げた。
「あれ? 犬飼くんギター弾けるの? 愛良聞いてないなーそれ。てかあたしが軽音だって知ってたっしょ? 楽器できるって言ってくれれば色々話したのにさ。なんで黙ってたのかなぁ」
「ま、まぁ、うん……はは」
俺はどう言い訳していいかわからず、笑って誤魔化そうとした。まさか魔眼を使ったサクラ計画を話すわけにもいかない。
ぎこちない俺を見て、安達が小首をかしげる。
「なーんかおかしい。まさかとは思うけどそこの人に無理やりやらされてる、とかじゃないよね?」
怪しまれてるじゃねぇか何とかしてくれ巧美、と念を飛ばす。
「楽器できる奴が全員軽音に所属したいわけじゃないだろ。こんなクソみたいな慣習がある部活は願い下げだって人もいるんじゃん?」
巧美が鼻で笑う。その瞬間、ぴりっとした緊張感が生まれた。
「さっき通ってきたけど、まだくだらないノリでやってんすね。一年生と演奏の微妙な人は強制的に雑用係なんて。いまどき運動部でも敬遠するやり方でしょ」
「それが先輩達から受け継いできたやり方だ」
軽音部の部長が固い声で告げる。さっきよりも露骨に睨まれていた。
疑惑からうまく意識を逸らせてくれたのはいいけど、さっきより一触即発の事態になってないかこれ。
「軽音部の人気が高いのはお前も知ってるだろ。年々部員は増えてる。だけどホールの使用時間は限られてるんだ。ローテを組んで対処してるが、バンドが多くなれば練習時間を短くしていくしかない。それだと全員のレベルを下げる」
「だから一年と演奏初心者はバンド組ませず、壁際に待機して手伝いをしてろって?」
「ベストじゃないことはわかる。でもベターなやり方だ。一年生と、まだそこまでレベルが高くない部員は他のバンドを見たり、楽器を触らせてもらってメンテや試奏から学んだ方が良い」
「物は言い様ですね、部長。だったらなんで掃除や先輩のパシリをさせるんです。そんなことに時間を費やしてたって上手くならない。体良く使いっぱしりが欲しいだけなんじゃないの。それにそいつは一年の頃からレギュラーになってた」
巧美がくいと顎で示したのは安藤愛良だ。安達は肩を竦めている。
「安藤は別格だった。すぐに実演に出してもいいと、俺が判断した」
「ああ、なるほど? そいつ顔がいいですし。人気が出そうだから自分とこに引き入れたの、わかります。部長だから箔をつけないとってことですか」
部長が頬を歪める。図星を突かれたというよりは、聞くに堪えないという感じだ。
口の悪さは上級生に対しても陰りを見せない。ほんとこいつ四方に敵を作りまくる性格だな。普段だったら絶対関わってない。
「見解の相違だな」
「ええ、そんなのずっと前からわかってます。部活を辞めるまでぜんっぜん噛み合ってなかった。眺めてるだけで上手くなるわけない。自分が楽しくないと上達しないって、いくら訴えても聞く耳を持ってくれなかった」
「はは、おめーは違う理由があって出られなかったじゃねぇか、数藤」
リードギターの先輩が馬鹿にしたように笑う。
俺の襟を掴んだままの巧美の手に、力がこもるのがわかった。
「場数云々言うんだったら、まず路上ライブでもしてちゃんと歌えるようになってから来いよ」
「……前とは、違います」
「へぇー? そこまで言うんなら見せてもらおうじゃねぇか、なぁ?」
リードギターが他のパートに同意を求める。ドラムとベースはニヤニヤと笑って頷いた。安達愛良も失笑気味で顎を引く。
「そうですよねぇ? ここまで自信たっぷりに煽ってくるんだったら、バンドらしく演奏対決といきましょうよ。どのバンドが一番か人気投票してもらって。ね? 今年の文化祭はそれでいきましょうよ部長ぉ」
安藤海愛が部長に猫撫で声をかける。部長は渋面のままタクミを睨み続けている。
俺はすっかり蚊帳の外になっている。いやまぁいいんだけど。
「いい案だな愛良。でも別の意味で人気が出ちまうかもな? ボーカルがいるのにインストバンドになって斬新だってさ」
ドッと笑い声が上がる。部長以外が、巧美を見ながら面白そうに笑っていた。
なんでそこで笑いが起きたのかさっぱりわからないが、何となく、巧美を揶揄しているのは雰囲気で伝わった。
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