第9話 不良少女の計画 下

「バンドを組んですることなんて一つ。演奏しかないでしょ」

「俺を馬鹿にしてんな? どこで何のために演奏するんだって聞いてんだ」

「場所は一ヶ月半後の文化祭。そこで行われるバンド演奏会に参加する。目的は、あたしとあんたで作ったバンドが一番の人気になること」


 数藤巧美が自信ありげに告げる。

 頭の中で二つの疑問が浮かんだ。


「文化祭のバンド演奏? そんなの上手い奴と組んでやればいいだろ」

「本当に馬鹿にされたいの? あたしはあんたの目に用があって言ったこと、忘れたの」


 ビシリと指を突き付けられる。俺の目に向かって。

 ……なるほど。薄らだが、目的が見えてきた。

 そうなるともう一つの疑問の答えも自ずと出てくる。


「俺の目を――魅了の魔眼を、バンド演奏のときに使うってことか?」

「あんたと目を合わせた人間は無条件であんたに好意を抱くんでしょ? だったらあんたの演奏姿にもときめいて盛り上がってくれるはず。傍目からはバンド演奏で興奮してるように見える」


 確かに俺と目を合わせた人間は男だろうと女だろうと俺に夢中になる。俺の演奏姿に興奮して、自然とキャーキャーワーワー声を上げてくれると思う。盛り上がるに違いない。

 早い話が、サクラを用意する、ということだ。

 こんなこと、魔眼所有者の俺でも思いつかなかった。素直に感心する。

 普通だったら軽蔑するところかもしれないが、生憎と俺には言える資格はなかった。


「なんでそんなことするんだ?」


 もう一つの疑問だ。でも、別に聞かなくても大体予想はつく。

 数藤巧美は腰に手を当て、一転してつまらなさそうな表情になる。


「うちの文化祭ってさ、バンド演奏会がすごい人気なの知ってるでしょ。軽音学部が仕切ってることも」

「ああ、うん。結構ほかの学校の子も見に来るよな。軽音に出てるとすげぇモテるって聞いた」


 なんでも俺たちの高校は過去に軽音学部から有名な歌手やバンドマンを排出することが続いたらしく、私立ということもあって知名度を上げるために文化祭のバンド演奏会を優遇しているらしい。バンド演奏会は文化祭の目玉になっていて、当日は他校の生徒も入り混じったお祭り騒ぎになる。

 噂が噂を呼んで、軽音楽部はそれなりの技術を持った連中が集まるようになり、ライブは毎年盛況のようだった。俺は面倒なので文化祭参加しなかったが。


「逆に、出る奴はほとんど軽音所属のバンドで、どっちかっていうと軽音の発表会みたいになってるんだろ。たまに外からのバンドも参加してるけど」

「対外的には自由参加を謳ってるからね。だから他の学校の連中が参加しても、軽音楽部に所属してないバンドが参加しても問題はない。

 でも所詮は内輪のイベントだからさ。わざわざ軽音以外のバンドが出ることはほとんどない。出たって内輪ノリだから軽音のバンドの方が当然盛り上がる。外から参加したバンドはアウェーなんだよ。連中の引き立て役でしかない。順番だってトリは軽音楽部の一番の権力者がしっかり握ってる」


「だからいいんだ」と、数藤巧美は野生獣のように舌なめずりした。


「考えてみなよ。軽音がずーっと仕切ってきた演奏会で、軽音楽部に所属してないバンドが最高潮の盛り上がりを見せたら、どうなるか……ワクワクするでしょ」


 サングラス越しに、粘着質な炎がぐらぐらと燃え盛っているように見えた。


「恨みがあんのか、軽音楽部に」


 率直に聞くと、数藤巧美は肩を竦めた。何を当たり前のことを、とでも言いたげに。


「あいつらは、あたしを軽音楽部から追い出した。その後始末をするってだけ」


 端的に告げた数藤巧美は、俺の胸に拳をぽんと置く。


「ユーキ。あんたの魅了の魔眼があれば、あいつらに一泡吹かせられる。だから、あたしに協力して」


 それは要請のようでいて、強制の言葉だ。逆らうという選択肢は俺にはない。今のところは。

 ……いつかはこんな日が来るかも、とは思っていた。

 俺の正体に気づき、俺を脅して言う事を聞かせようとする奴が現れる日を。

 でもそれが同級生で、問題児で、一番魔眼をかけたくなかった相手で、しかもそいつの復讐を手伝う羽目になるなんて。

 世の中は何が起こるかわかったもんじゃない。

 どんな因果なのかわからないが――せめてもの抵抗のつもりで、俺は返事をしなかった。


***


 家に帰ってからは何をする気にもなれなかった。疲れ切った俺はぐったりと椅子にもたれかかりながら天井を見上げた。


「……バンド、ねぇ」


 どうしてこんなことになってしまったのか。俺の力を使って悪巧みしてくることは予想していたけれど、まるで明後日の方向に来ていた。

 まさか俺も人前で演奏することになるなんて。

 正直、自信はまったくない。DTMを始めたのは半年くらい前で、ギターも適当に自己流で弾いていただけだ。当然誰かに聞かせたことはないし、人前で演奏した経験もない。

 そんな俺がバンドでギター演奏をして大丈夫だろうか。

 ――しかし、だ。

 こんな俺が演奏して人気を出せるのなら、それは魔眼の正しい使い方なんじゃないだろうか? 

 もちろん素人同然の演奏で盛り上がるのは不自然だから練習が必要だし、もっと上の次元で活躍するにはやはりそれなりの演奏力がないと説得力はない。でも作曲と同じ、いやそれ以上に、大衆相手には魔眼というブーストを使いやすい場所だ。

 そう考えると、決して悪い話とも言えない。


(バンドか……考えたこともなかったな)


 個人でやることだけ考えていたから選択肢に上がることはなかった。

 でもこの機会に、試してみるのはいいかもしれない。

 ポケットの中が震える。スマホが振動していた。

 取り出すと、メッセージが届いていた。相手は数藤巧美だ。


『ユーキ。明日の放課後、付き合って』


 簡単な文章には、俺が逃げ出すなんて微塵も考えていない様子が感じ取れた。

 一瞬不愉快さが滲むが――俺は不思議と笑っていた。

 

「……正解だよ、あんた」


 演奏技術を磨いて努力で一番人気になることが正攻法なのかもしれないが、報われる保証はない。

 世の中は運だ。偶然の産物だ。誰もがそれを手繰り寄せる方法を持たない。平等で不公平な世界。俺の魔眼も運の産物でしかない。

 チートに頼るなんて邪道だ、ふざけてる――なんて戯言は単なる僻みでしかない。与えられたものをどう使おうが勝手だし、使わないほうがおかしい。綺麗事で世の中うまく生きていけるはずはない。

 須藤巧美はそのあたりをちゃんと理解している。彼女は俺と同じタイプの人間なのだろう。俺と出会った運を最大限に活かそうとしている。サクラなんて不正は止めようとか欠片も考えていない。

 そういう態度は、好感触ではあった。


(……少し付き合ってやるか。大人数に魔眼を使う実証実験にもなるし)


 それで作曲以外の可能性が拓けるなら、嬉しい誤算だ。

 俺はスマホを操作して返事を書く。


『オーケイ。タクミ』


 短く返す。馴れ合う必要は無い。

 俺達は仲間じゃない。共犯者なんだから。

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