第7話 不良少女の計画 上

「この力は、民間伝承にも出てくるような特殊なものなんだよ。技能とかじゃない」


 笑っていた須藤巧美は、サングラスをかけたまま指先で器用に涙を拭う。


「催眠術じゃないってこと?」

「そうだよ。この力は急に使えるようになったんだ。特殊能力とかそういう部類」

「へぇ。だから、魔眼」


 半笑いだった彼女も、俺が真面目な顔を続けていると口元を素に戻した。


「催眠術にしては凄すぎると思ってたけど……超能力かぁ。あたし、そういう人に出会ったの初めて。こんにちは超能力者さん」

「……お前本当に信用してるのか?」

「してるしてる。なんか逆に納得したし。こう見えて宇宙人とか幽霊とか割と信じてる人間だったから。偏見もないし」


 平然と言ってのけているが、嘘をついている感触はない。やっぱり一匹狼してるだけあって、こいつも変わった人間のようだ。


「よし。じゃあ名前がわかったところで本題。あたしは魅了の魔眼に用がある。まずは詳しい条件を教えてくれない?」

「知ってどうすんだよ。使えるのは俺だけだぞ」

「だからだよ」


 話が見えてこない。しかし数藤巧美は俺の疑問に答えるでもなく、矢継ぎ早に質問をしてくる。


「超能力に目覚めたのはいつ?」

「十歳のとき」

「効果が発動し続ける条件は?」

「目を合わせ続けること」

「目を隠せば防げる?」

「ああ」

「目を離しても効果は続く?」

「ああ。五分だけな」

「どれくらい言うことを聞かせられる?」

「人による。性格によっては拒否られるけど、大体は聞いてくれる」

「それ使って悪いことした?」

「……多少は」

「まぁホストから金を巻き上げるくらいだもんね、そりゃしてるか」


 何かこう、他人に自分の悪事を伝えるのは、罪悪感がぐさぐさ抉られて結構効く。


「じゃあエッチなことは?」

「ノーコメント」

「うわ引く。やっぱしたんだ」

「聞いたのお前だろうが! てかなんでそんなこと聞くんだよ!」

「別にいいじゃん。それで目が合った後なんだけどさ――」


 そんな感じで、じりじりと照りつける夏の終わりの日差しを受けながら、俺はひたすら質問に答えていった。

 ようやく質問が終わると、数藤巧美はプールに入れた足をちゃぷちゃぷと泳がせて思案顔になった。「……ふーん」


「つまりまとめると、相手に効くのは裸眼のときだけ。目を合わせていればずっと効果が続くけど、離したら五分で切れる。言い換えると、最短効果時間は五分ってことか。それで切れた相手は記憶が曖昧になる、と……うん、悪くないじゃん」


 なにが悪くないのかさっぱりわからない。

 数藤巧美は顎に手を当て、尚もぶつくさと続ける。


「問題は裸眼じゃないと効かないってことね。眼鏡で駄目ならたぶんコンタクトも駄目なんだろうし。でも高校生なら裸眼の奴の方が多いよな。そこはあんま気にしなくていっか」

「さっきからなに言ってんだお前」

「計画だよ、けーかく。魅了の魔眼を使った、ね」


 数藤巧美が唇の端を吊り上げる。魅力的な笑みのはずなのに、背筋が冷たくなった。


「じゃあもう一個聞くけど」


 まだあるのかよ。


「あんた、楽器演奏できるでしょ」

「――は?」


 うんざりした後の脈絡のない問いに、俺は完全に意表を突かれてしまった。

 口を半開きにして、しばらくサングラス越しに彼女と見つめ合う。


「できるの? できないの?」

「いや、それは……え? なんで?」

「パートは。引ける楽器の種類」

「……………………………ギターを、少々」


 素直に答えてしまった。良かったのかこれ。

 ていうかなんで俺が楽器弾けることに気がついてんだこいつ。変な緊張で心臓が高鳴る。

 数藤巧美は軽く吹き出した。「お見合いかよ」


「でも、いいね。とってもいいよ。ギターはどれくらい弾ける?」

「……簡単なコード進行、とか。パワーコードとか」


 ギターは、ボーカロイドの作曲を始めてしばらくした後、曲の構成を考えるときに必要だから覚えた。でもメロはDTMで打ち込むし各種楽器の音源データを使って編曲するから、ギターをバリバリ弾きこなす技術はない。もちろん誰かと演奏したこともない。

 などと説明する前に、数藤巧美は目に見えて嬉しそうな顔をした。


「いいじゃん! ロックできるじゃん! っはー、ラッキー。何ならエアギターでもいいかと思ってたけど、やっぱ弾ける奴ほしいからね」


 口ぶりからすると楽器とか音楽に詳しい感じがする。しかしやっぱり何の話なのかまるで見えてこない。


「ちょっと待て、勝手に話を進めんな。てか、なんで俺がギター弾けるってわかった」

「あんたの指先、皮膚が固くなってるでしょ。それ弦楽器弾いてる人の特徴だから。ヴァイオリンって顔じゃないし、ギターかベースのどっちかかなって思った」


 思わず自分の指を見る。たぶんスマホを渡したときに手を触れられたあの一瞬のことだったのだろう。

 ていうか顔で判別するとか失礼な奴だ。柄じゃないのは確かだけどっ。


「じゃあ、なんで急に楽器の話になったんだ」

「バンドやるからだよ」

「……誰が」

「あんたとあたし。あと各パート。リードギターも欲しいから全部で五人」


 俺は眉間を指で押さえた。

 いかんな、暑さで幻聴が聞こえてきたらしい。


「もう一度聞く。誰が、誰と、バンドやるって?」

「あたしと、あんたが」


 数藤巧美は、あたしのとき自分を指さし、あんたのとき俺を指さした。

 俺はふふっと笑った。


「ごめんあそばせ」


 くるりと反転して一歩踏み出す。


「おいてめぇバラすぞゴルァ!」


 バシャアという音と共に背中が水で濡れ、足を止める。数藤巧美に足で水をかけられていた。

 ……わかっている。元より逃げるつもりはない。あまりに嫌すぎてちょっと言ってみただけだ。

 俺は嘆息しながら振り返る。


「犬飼さ、自分の能力のこと他人に知られたくないんでしょ? あたしに嘘を吹き込んで、自分のせいだと気づかないように仕向けてたもんね。あたしが聞いてもとぼけてたし。まぁわかるよ? こんな便利な能力、バレたら嫉妬の嵐だし、なんなら悪用もされる」


 ざばぁと音を立てて、数藤巧美がプール際に立つ。彼女の濡れた足が光っていた。


「でも残念。あたしはもう知っちゃったもんね」

 

 数藤巧美がぺろりと舌を出す。可愛い。違う憎たらしい、だ。

 

「バラされたくなかったら、後はわかるだろ?」


 べったべたの脅迫の台詞だった。

 ぺたぺたと素足でプールサイドを歩いてきた数藤巧美が、俺の前に立つ。

 整った顔を間近にすると、違う意味で緊張した。


「第一さ。人の唇を勝手に奪っておいて、責任も取らないとか男としてどうよ」

「あれは事故だしお前からしてきた」

「へぇ? 誰かさんの異能なんて代物は棚上げですか?」


 俺は気まずくなって視線を逸らす。


「べ、別にいいじゃねぇかよ。たかがキスくらい」

「たかが!? たかがつったか!? さてはお前最低のクズ野郎だな!?」


 なんでキス二回でそこまで罵倒されなければいけないのか。

 いや、そうか。初キスって言ってたな確か。何でそんな馬鹿げたことにこだわるかはわからないが、本人が気にしているなら仕方がない。


「えーと、大事にしてたのなら謝るけど、でもノーカンだってあんなの」

「そう思うんならあたしの記憶完璧に消すくらいの甲斐性を見せろ。もう絶対にお前の顔が出てくるようになっちゃったんだからな、どうしてくれる!」

「んだよいちいち、そんなナリしてんだからそれっぽく振る舞えっての」

「だーれが純粋で可愛い乙女だって!?」


 そんなこと言ってない。

 ガルルル、と頬を赤らめた数藤巧美が今にでも噛みつきそうな狂犬模様だったので、俺は降参のため両手を挙げる。「わかった、わかったから」


「悪かったごめん。それよりもバンド組んでどうすんだよ」


 強引に話を逸らす。不満げな数藤巧美だったが、脱線した話題が戻ってきたのでそれ以上は踏み込んでこなかった。


「オーケー。まずはそこから説明しましょうか、


 馴れ馴れしく呼んでくる。それもまた自分が優位に立ったことを示すアピールっぽくて、イライラする。

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