第4話 不良少女に見つかった
夜の十一時過ぎ。街の中心部に出ていくと、この時間帯だからか帰路を急ぐ人たちが多い。反対に夜の住人や酔っ払い達は我が物顔で歩いている。
俺はガードレールに腰掛けながら獲物を品定めする。眼鏡をかけていない人間で、できれば男がいい。これまでの経験から服装や持ち物で金を持っていそうかどうか見当がつく。コンタクトをしているかだけは見分けがつかないが、そこは成り行き任せだ。
フードを被って顔を見られないようにしながら、目の前を通り過ぎていく連中を観察する。と、露出高めな服装の女性と、いかにも遊んでいそうな風貌の男が通り過ぎた。
男に愛想よく笑いかけていた女の人は、横断歩道のところで離れると手を振って去っていく。行き先は飲み屋とか風俗店が軒並ぶ通りだ。男は爽やかな笑顔で手を振り返していたが、女性が見えなくなると真顔になり、すぐに携帯で誰かに電話をかけ始める。
(ホストっぽいな。仕事前に一緒に出勤してきたって感じ)
男は眼鏡をかけていなかった。身なりもブランド物でばっちり固めている。
今日はこいつにするか。
俺は静かにホスト風の男の元へ近寄る。電話に気を取られていて俺の接近には気づいていない。
そんな男に、俺はわざとぶつかった。
男が携帯を落とす。俺は大げさに尻もちをつく。通行人の視線が集まる中、何が起こったのか察した男は携帯を拾いながら俺を睨みつけてきた。
「ってぇなクソガキ! どこ見て歩いてんだ!」
「す、すみません」
俺は謝罪しながら、裸眼で相手と目を合わせる。転けた拍子にわざと眼鏡は落としていた。
俺と目を合わせた男は時間が止まったかのように硬直し、我に返ると慌てたように駆け寄ってきた。
「わ、悪い、怒鳴っちまって」
「いえ、よそ見をしてた俺が悪いんです」
「俺の方こそ、ど真ん中で立ち止まって邪魔だったよな」
男は打って変わったような笑みを覗かせ、俺に手を差し伸べる。その頬はちょっと赤く染まっている。
気色悪いと思いながらも、表面上はおくびにも出さず、俺はその手を支えにして立ち上がる。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「はい。だいじょうぶ――つっ」
一歩踏み出したところで顔をしかめる。男はギョッとした。
「どうした!? やっぱさっきので怪我を……!」
「たぶん足を捻ったんだと思います」
もちろん嘘だ。
「でも大したことじゃないので。大丈夫です」
「そんなわけねぇだろ! 安静にしないと……!」
足を捻ったくらいで男は大げさに騒ぐ。さっきの様子からは考えられない光景だった。
魅了の魔眼がしっかりとかかっている証拠だ。俺は内心でほくそ笑む。
「とりあえず治療したほうがいい……! タクシー呼んで病院に行こう! 金は俺が出してやるから!」
「いやほんと大丈夫なので。休んだら治ると思います」
「つっても、俺はお前が心配で……そうだ、あそこで休憩しよう! それがいい!」
男が指さしたのは近場のファストフード店だった。一瞬ホテルに誘われたかと思ってビビった。
俺は迷う素振りを演じる。そわそわする男を焦らし(目は離さず)、小さく頷く。
「じゃあ、すみません。お言葉に甘えて」
「よし! さぁ肩を貸すから。掴まれよ」
男が俺を支えるように肩を貸してくる。その横顔は嬉しさを堪えきれないように口元がニヤついていた。きっと俺と親しくなれる喜び、俺に触れられる嬉しさ、という気持ちで一杯なのだろう。
心底気色悪いが、俺は目的のために我慢し、ホストと一緒に店に入った。
***
「――でさ、先輩やオーナーはクソうぜぇし、ブサイクなクソ女どもの相手とか超ダルいしよ。黙って金を貢いでくれりゃいいのに、いちいち構わないといけねぇ。拒否ると売上に響くし、客同士でいざこざ起こしやがる。俺だって寝たいっつうの。ほんとホストなんかやるもんじゃねぇよ」
「そうなんですか。大変ですね」
俺はホストに奢ってもらったコーヒーを飲みながら適当に相槌を打つ。目の前に座る男は気分を害することはなく、延々と愚痴を吐き続ける。
店に着いてからは職業ホストらしく、俺に対する媚と個人情報を引き出すような質問が多くてウザかったが、俺は相手の話を聞くことに専念した。そうすると自然に相手は自分のことを話し始める。
「他人に話を聞いてもらう快感」は誰でも感じると思うが、心理学では浄化効果とか孤独感からの解放という効果があるとされている。魅了の魔眼をかけている状態は、その効果を最大限にしてくれる。まして「好きな相手に聞いてもらっている」という多幸感状態なのだから、誘導するのは容易い。
「この仕事を始めて女とかただの金持ってる財布くらいにしか感じなくなったし、別にそれで困ってなかったんだよな。でも何となく虚しさがあるっていうか……」
「はい」
「ずっとどこかで満たされなかったんだよ。でも、どうしてそうだったのか今日わかった」
俺と見つめ合うホストが、満面の笑みを見せながらテーブルに置いた俺の手に手を重ねてくる。
(うっげぇ。キモ)
鳥肌がめちゃくちゃ出てくるし、ぎこちなくしか笑えない。
それでも魔眼が効いている間は、相手は俺に対して何の不信感も抱かない。
「俺、そっちの気はないと思ってたんだけど、どうやら違ったみたいだ。女とか最初から興味なかったんだな」
数藤巧美の時と同じだった。彼女は「おじさん」という意中の人と俺を重ねて見ていたが、それは「おじさんに似ているから好きになった」という認識を作って無意識に自分を納得させようとしたからだ。
ようは脳みその誤作動なわけだが、この男も自分の感情を受け入れるために「実は自分はゲイだった」と嘘の認識を作り上げて自分を納得させようとしている。
こういう心の動きは男に多い。男が男を好きになることはほとんどないから、その違和感を消すために自分を騙す理由を作り上げるのだろう。
逆にここまでくれば、もう仕上げでいい。
「俺も、同じ人種です……ただ」
憂いを帯びた感じで微笑する。「ただ?」ホストが食いついてくる。
「俺は学生ですから。受験が終わらないと、この出会いも素直に喜べません」
「で、でもよ、勉強の合間くらいさ?」
「……貧乏なんで。奨学金を得るために勉強しないと」
「そういうことか……!」ホストが大きく頷く。
「学費って幾らだ? 支援してやるよ! 結構貯金あるんだぜ。俺は勉強は教えてやれないからさ、その代わりに」
「え? いえ、今日会ったばかりの人に、そんな」
「いいからいいから! そうだ参考書とかも金かかるよな? ほら」
ホストは財布から万札をごそっと取り出し、俺に手渡してくる。俺は恐縮しきった、演技をして首を振る。
「ダメですよ、こんな」
「遠慮すんな。俺、君のためになれて今すごく嬉しいんだ。こんな俺でも力になりたい。だからさ、その」
言いづらそうにしたホストは、胸ポケットからメモを取り出し、何かを書いて更に手渡してくる。そこにはホストの本名と連絡先が書いてあった。
「また会ってくれるか? この出会いが運命だと思うんだよ」
「……ありがとうございます。こんな俺でよければ」
不安げだったホストは、一転して顔を晴らす。それから万札を持つ俺の手を握ってぶんぶんと手を振った。
***
店を出たホストはこれから出勤だと言って去っていった。離れようとしないタイプもいるから、そうじゃなくてほっと胸を撫で下ろす。
俺は万札を自分の財布に入れ、連絡先のメモは丸めて捨てた。
(やっぱスッキリするな、これ)
俺は時々こうやって魅了の魔眼を使った資金調達をしている。はじめは小遣い稼ぎだったけど、次第にムカついたときのストレス発散方法に変わっていった。
獲物はいかにも金を稼いでそうな傲慢な奴にする。さっきのホストだって何人もの女性を泣かせたクズ野郎だろう。そういう相手を騙して金を毟り取るのはすこぶる気分がいい。しかも魔眼が切れたら相手は記憶が曖昧になっているのだから、あのホストはなぜか金が大量になくなっているのに気づいて慌てふためくだろう。
想像すると愉快だ。
(さて、と。警察が来る前に帰るとするか)
職質されたら面倒だ。フードを目深に被り直して、金をポケットに入れる。
そのとき、トントンと肩を叩かれた。
ギクリとして振り返る。
「――っ!」
相手を目にして、頭が真っ白になった。
俺の肩を叩いたのは、警察ではなかった。
「……どういうことだよ、お前」
そこに居たのは、須藤巧美だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます