最終話 廃世のストレンジ・サバイバー
――ステアーの復讐が終わって一ヶ月が過ぎた。
ボクはステアーについて行く事はなかった。あれは彼女の問題だったし、ボクが出たところで場を荒らすだけだと思ったからだ。
彼女は数日かけて本拠地に乗り込み、怪我もなく帰ってきたステアーは復讐を果たしたというのに表情はどこか上の空で、まるで燃え尽きたような様子に不安を覚えた。結局それは杞憂で、帰ってきて翌日には吹っ切れた様子で顔を出すようになってホッとした。
人の顔色を窺ってホッとするなんて今までずっとやってきたことではあったけれど、それまでの感覚とは違う不思議な感じ。
ボク達は誰一人欠けることなく、渋谷ヴィレッジの一室に集まることができた。
そう、ボクと望とステアー、それだけじゃない。
ステアーが戻ってきて直ぐのこと。ステアーの仲間という人たちがヴィレッジの門をくぐった。あの時の記憶が曖昧になってしまっているけど、その人が蛭雲童という男というのは覚えている。蛭雲童さんはボクと歳の近い男の子をふたりを左右に連れて。ガラの悪い男がひとり子供連れでやって来たとき、彼を知らない門番が奴隷を売りに来たブリガンドと勘違いして騒ぎになりかけたらしく、それを後で聞いたステアーは何かがツボだったらしく珍しくクスクスと笑い堪えていた。
この場には、ステアーを含めて六人の仲間が集っていた。
修道服にエプロンという妙な姿をした男の子は理緒という子で、ステアーとは川崎ヴィレッジの頃からの付き合い。幼馴染というやつらしく、ふたりは抱き合って再会を喜んでいた。大胆な理緒くんの行動にボクは少しヤキモチをやきそうになったけど、付き合っていた時間の長さには勝てないことぐらい分かっているつもり。
ふたりの再会を横で見ていると、なぜボクがここにいるのかと蛭雲童さんがボソッと不服そうに漏らしていた。そりゃそうだ。なんとなくでしか覚えていないけど、ボクは蛭雲童さんに酷い行いをしたのだから。ボクは正面から頭を下げ、非礼を詫びた。
「本当にごめんなさい。あの時ボクは――」
「あ~、一応だけど事情は聞いた。まぁメンツとかそういうやつだったんだろ?」
そういう訳じゃないんだけど……。
しかし理解しにくいことであることは事実。とりあえずそういうことにした。
もうボクはタカマガハラのコロナじゃないんだ。ボク自身の意思で生きる。もう人を見下したりはしない。
頭を下げたままのボクの言葉だけではない態度を見たのか、わかったと言ってくれた。蛭雲童さんは呼び捨てでいいからこれからよろしくなと言い、水に流そうやと言ってくれた。
そんなやり取りをしていると、いつの間にか理緒くんがボクを見ていた。そしてしばらく顔をジッと見て何か思うところがあったのか、ステアーの脇腹を小突いた。ステアーは何がなんだか分からないといった様子だったが、ボクはこの場にいる人達と自分、それにコーエンの事を考え、なんとなく理緒くんの考えていることを察した。
「ま~た子どもをたぶらかしてんのかよ? ステアーも相変わらずなんだから!」
「……?」
本気でわけがわからないといったステアーの表情に、理緒は肩をすくめてみせた。
うん、ステアーはなんというか、そういう人だよ。そう口走りそうになったがコーエンにやめときなと言われたので堪えた。
望が新たな家として用意してくれた地上に建てられた建物に集まったボク達。ストーブを焚かないと肌寒い空間だったけれど、想定していた人数以上の人間が所狭しと入った室内は少し暖かく感じた。
ただ、ひとりソファに座っている顔に傷のあるピンク髪の男の子は、居心地が悪そうにソワソワとしながら理緒くんのことを見ていた。少しだけボクより背が高い、年上の子だと思っていたのだけれど、その顔つきは嫌に素直過ぎるというか、子どもっぽくて。どこか年下に見えてしまった。
そんな彼を、理緒やボクなんかよりもずっと気にしている人がいた。ステアーだった。その視線はあからさまにジロジロと蛭雲童とピンク髪の男の子を交互に見ている。その視線に蛭雲童も気付いたらしく、どこかバツの悪い顔をしながら乾いた笑いを漏らしていた。その反応を見たステアーは何か確信したらしく、ゆっくりと男の子の側に近寄り、隣に座った。
「枸杞――よね?」
恐る恐る確かめるようにいうステアーの言葉に蛭雲童は、そうですぜ。と一言。何がなんだか分からないといった様子で、彼らのことをわかっていないボクや望は場の異様な空気を感じていた。
枸杞というらしい少年を見て、ステアーは狼狽しているようで――。
理緒くんがステアーと枸杞が過去に会った事のあることを感づき、生ぬるく皮膚に張り付くような空気を吹き飛ばすため、努めて明るい声をあげた。
「なんだステアーの知り合いだったのか? でも、残念だけど、枸杞は記憶喪失で、自分の名前しか覚えてないんだ。何があったかしらないけど、そういうことで……」
大人だな。そう思ったけど、頑張ろうとした理緒くんは段々言葉に詰まって徐々に声の音量が小さくなっていく。
ボクもなにかいった方がいいのかなと思ったけど、状況を飲み込めないボクがなにか声をかけられる筈もなく、ボクはただことの成り行きを見ているしか出来なかった。
すると、びっくりするようなことが起きた。ステアーがぼろぼろと涙を流しはじめたのだ。頬を赤くさせて。
おいおいと泣き出すことはなかったが、それでもその姿を見てふたりは何か深い繋がりがあったのだろうということぐらいはボクでもわかった。死んだと思っていた知り合いが生きていた。その時の思いは言葉にならない。
感情のままにステアーは枸杞を抱きしめ、ショッキングピンクのプリンのような髪をやさしく撫でた。目の前で突然涙しながら愛おしそうに髪を撫でてくる見知らぬ女性に枸杞は困惑して目をぱちくりさせた。そして申し訳なさそうにか細い声を漏らす。
「お姉さんごめんなさい。僕、本当に何も覚えていなくて……」
「そう…そうなのね」
困惑気味にステアーは返事をする。
ボクはその時、ボクとステアーのことを思い出していた。自分にできる今言えることが、ひとつだけあった。
「ステアー、枸杞は生まれ変わったと思って、これから付き合っていけばいいんじゃないかな。ボクと同じように、さ」
ボクに言える事はそれだけだったけれど、思いが通じたのか、何か思うところがあったのか、ステアーはまるで重い十字をおろしたかのように頷くと、小さく笑顔を作って見せた。
それが無理して笑っているのか、重荷を下ろせて自然に零れ出た笑みだったのか。ボクにはわからなかった。
******
「へー、じゃあステアーは渋谷に腰をおろすのかよ?」
それぞれの経緯を話しているうち、ステアーが、ボクのためにもと望に勧められ、五芒星革命軍との決着の後、傭兵としての事務所兼自宅を持とうとしているという話になった。
突然の提案でごめんといっていたが、周りの人はボクを含め予想できていたようだ。あれよあれよと傭兵家業を立ち上げる準備の話が進んでいった。
考えなしというより、こういうのは行動力があるといった方がいいのかな。
「そりゃいいや。俺と理緒は前線で、コロナが参謀。枸杞は事務所の守りってところか」
蛭雲童が言い、場の空気がまとまりかけた、その時だった。
一度話が始まると蛭雲童は話を進め、まとめるのが早く、いつの間にか用意していたメモ帳にいろいろと書き込んでいっている。紙の手帳なんて地上では珍しい。サルベージ技術の高さが窺えた。
ひとつのテーブルを囲んで、ソファだけでは足りずスツールやパイプ椅子を持ち込んで、みんなで卓を囲んでいた。
そんなとき、急にノックもなしに玄関扉が粗野に開かれた。
ステアーや理緒が凄まじい速度でそれに反応したことに驚きながらもボクもそちらを見やると、思わずポケットに忍ばせた脳波コントロールで動かず小型機動砲に手を伸ばした。
タカマガハラから持ち出したものだ。セバンに頼りたくても、充電方法を得られるまでは迂闊に起動できないと今は休止中。ボクはボクで戦う術が必要だった。
「おう、話は聞かせてもらったぜ」
「バヨネット――!!」
こちらの警戒など気にも留めず、砕けた口調で声をかけてきたバヨネット。
蛭雲童が咄嗟に腰のマチェットに手をかけ、理緒は腰のクロスボウを抜き放つ。枸杞は咄嗟に理緒の後ろに隠れ、ボクはポケットから小型機動砲を取り出し、展開した。
招かれざる客の登場に、しかしステアーはただそこに立ったままバヨネットを見つめていた。
「なんだよ、ボロボロになったステアーを渋谷ヴィレッジまで運んでやったのはこの俺なんだぞ?」
と恩着せがましく言うバヨネットに、蛭雲童が凄む。
「たったの一度の借りでお前を信用しろってのか?」
元ブリガンドの蛭雲童はバヨネットの裏の顔を知っていたらしく、強い不信感を露にしていた。
しかし、バヨネットはというと、そんな警戒などどこ吹く風と言わんばかりにズカズカと部屋の中に入ってくる。
ステアーの事をジロジロと見ながらいやみったらしく、誰かさんが金のなる木を切り倒しちまったから安定した稼ぎ口が欲しくてなぁ……などと言うバヨネットにボクは苛立った。
その怒りでふと機動砲が反応しかけたがコーエンが上手くコントロールして抑えてくれた。下手に撃ってしまったらどうなるかわからないが、この男の力が人のそれでは無い事はわかっていた。
狭い家の中で彼と戦うのは自殺行為以外のなにものではない。
革命軍はトップを失い四散したが、まだ廃世には多くのブリガンドがおり、革命軍残党は新たな名を名乗り各地で再び徒党を組んでいた。
敵討ちを終えたとはいえ、ステアーはこれからを生きていくために、手に職をつけなければならない。
「いいわ。でも条件がある。仕事の内容は全て全員に共有すること。隠し事、裏切りは厳禁、これは守ってもらうわよ」
「え!?」
えっ、と声を出したのはボクだけじゃなく他のみんなもそうだった。
「へいへい。どうせそうくると思ってたしな」
ステアーの念押しに、バヨネットは二つ返事で了承した。
実はバヨネットは過去にも傭兵集団に在籍していたことがあったが、そこの仲間が少しずつブリガンドの手により死んでいった事があり、いつしかひとりで行動する様になっていたことを明かした。結局、仕事を選ばない生き方をしていたバヨネットも、ブリガンドに対して良い感情を抱いていないのは同じだったのだ。
こうして"廃世のストレンジ・サバイバー"というブリガンドを殺す噂の存在は、傭兵集団という形に姿を変え、様々なヴィレッジで守護神的存在として名を馳せるようになっていく。
******
――。
――――。
それが、百年前の話――。
人々が疑い合い、奪い合い、殺し合う世界の中で僅かに残ったコミュニティー、ヴィレッジは数少ない人々が協力し合う術をもって少しずつ、僅かにだが復興を目指して歩み始める。
伝説は誰かが伝えていかなければ失われてしまう。
瓦礫と汚染と悪意に満ちた世界の中で、ヴィレッジの希望となったひとりの女性の伝説は、ボクという生き証人によって語り継がれる。
横浜ヴィレッジに本部を移したのは、何年前のことだったか。
人の姿をしたミュータントが新たな人類として受け入れられつつある横浜ヴィレッジはボクを原初の新人類として崇め奉っていた。
本当は違うんだろうけど。自然に生まれた原初の新人類は、きっと今も渋谷で手腕を振るい続ける望だろう。
ボクたちの活躍もあって原子力発電所の再稼動により、様々な技術や機械が文明崩壊後の日本に蘇った。
セバンも少しボロくなったけど、十分な電力を得られて嬉しそうに今もボクに尽くしてくれる。
夜の闇の中に文明の光が絶えず点る地上の町並み。それを眺めるボクの下に武装した兵士が駆けつける。
「コロナさま! またブリガンドが防壁に接近しております!」
振り返り、ボクはステアーたちに叩き込まれた戦う術を思い出す。
「うろたえるな。ボクたちが力を合わせればどんな敵だろうと打ち倒せる。――ついて来い!」
姿は変わらないけどボクの心も変わらない。
この世界でボクはみんなが見れなかったものを見ていこうと思う。君たちの戦いを語り伝えながら。
伝説は今も生き続け、戦い続けている。
廃世のストレンジ・サバイバー 完
廃世のストレンジ・サバイバー【第12回ネット小説大賞一次選考通過作】 夢想曲 @Traeumerei
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