第54話 長き戦いの終わり

 ――死屍累々の五芒星革命軍本拠地。

 私は、特に約束もしていなかったのに戦いの後にバヨネットがこの場所を教えてくれた。まるで最初から勝った方が賭けた物を差し出すのが決まっていたかのように。

 奴は以前やつらに雇われていた。場所は知っていて当然だ。

 本拠地だけあってかなりのブリガンドが所狭しと詰めていたがそれが仇となった。かつて相模原と呼ばれていた広大な地域一体は、更に西に広がる樹海に侵食され飲まれつつある土地。そんな地域にひっそりと稼動し続けている太陽光発電所。その地下には自治体のヴィレッジがあり、そこに奴らはいた。

 稼いできた物資で爆弾やロケットランチャーを買い込み、地上の発電施設を破壊した。統率の取れていないブリガンドどもはすぐにパニックに陥り、後の始末は簡単だった。


 誰の血かも分からないほどのむせ返るような返り血の中で、私は革命軍頭領の前にAUGを構えて立っていた。TMPはバヨネットとやりあった時に壊れてしまったからだ。

 渋谷ヴィレッジの武器商が横浜ヴィレッジとの交易で仕入れた銃の中に紛れていたのを見た時、なにか運命的なものを感じで気付いたら買っていた。そしてその運命的なものは当たっていたのか、自分の手足のように扱えた。銃の反動が心地よく、吸い付くようなグリップに、軽さも十分だった。少し大きいと思ったが、使っている内に気にならなくなっていった。

 新しい相棒を使い、地下施設内のブリガンドもひとりひとり確実に仕留めていった。バヨネットとの戦いの後となると、最早普通の人間であるブリガンドは物の数ではなかった。


 しかし、今目の前に広がる光景に、私は殆ど呆然としていた。

 単騎で挑んだが、正直拍子抜けといっていいほどに統制のとれていない革命軍に私は逆に腹が立っていた。こんな連中に私の故郷はやられたのかと思ったのだ。何が革命軍だ。

 私は最初から全滅させる気でいたがもっと言えば頭領の命を狙っていた。

 血気盛んで狂犬の集まりのような組織をまとめるような存在だ。暴れている内に自分から顔を出すものかと思ったがそんな事もなく、雑魚も残す所あと一人といった所だ。


「ひ、ひぃ……」


 目の前で腰を抜かす革命軍の勇ましい軍人は腰を抜かして血溜まりに尻餅をついたまま後ずさっている。その股間を自分の小便で濡らし、手足を仲間の血で染めながら私を見上げている。


「なぜこんな所にいるのか説明しなくていいわ。ここにいるという事は、そういう事なんでしょ? ……イサカ」


 イサカ。川崎ヴィレッジの警備隊にいて、正門の警備を担っていた男。

 私に気があるような素振りをしたり、何かとチャラチャラした印象のあった男だったがなるほど納得する。

 いつからそうだったのか知らないけれど、こいつらに組みしていたとするならばヴィレッジの入り口が破られたのも、ヴィレッジ壊滅後にイサカが死体すら見つからずに行方知れずになるのも、コイツが裏切っていたとなれば全てに説明がつくのだ。

 仕事を終えて仲間に囲まれぬくぬくと過ごしていたようだが、ツケを払う時が来たようだ。

 目の前で立ち上がって逃げ出そうとするイサカの足を間髪入れずに撃ち抜くと短い悲鳴を上げて転ぶと、床に転がる先に逝ったブリガンドの死体にダイブした。


「そうやって川崎の時も戦いの中で情けなく逃げ出したの? それとも、お仲間と一緒にヴィレッジの人を殺したの?」

「へ、へへ……復讐の為だけにこんなところへ来たのかヨ。今更こんな事して何になるんダ? 世の中強い者が弱い者を食い物にする。それだけの話だロ!」


 この期に及んで私の神経を逆撫でして、そんなに死に急ぎたいのか。

 足の傷をおさえながら震えるイサカの頭に銃口を向ける。


「何になるかですって? 決まってるわ、皆の無念を晴らし、私が満足する為よ」

「自己満足……それが理由ならお前もブリガンドの素質あるナ。まだ間に合う。俺と頭領とお前三人で――」


 ダンッ――。


 あまりにもおぞましい事を言いかけたイサカに我慢できず引き金を引いた。

 額の穴から血を流し、ぴっという奇妙な声を上げながらイサカは物言わぬ死体となった。

 最後の最後まで、情けない男。




 軍を自称する神奈川最大のブリガンド集団はもう壊滅と言っていいだろう。いまここで息をしているのは私と、目の前にいる頭領だけだ。

 そう、頭領だ。

 私は私の故郷を奪った憎き連中のボスの前に立っている。

 ここに辿り着くまでに、いったいどんな人間がこの地面に転がっているろくでなし共を支配していたのかと色々想像していた。

 強化服に身を包んだ凶悪な顔つきの大男とか、スーツに帽子で如何にもマフィアのドンのような小太りの中年だとか、とてつもないカリスマで部下を指揮する女帝のような女ボス。そんな妄想。しかし現実はそんな妄想よりも奇妙なものだった。


 私の前にいる男。頭領は老人だった。

 白髪に長い髭。シワだらけの顔。充血しうるんだ青紫の瞳はジッと私を見ている。心拍数を測る機械が一定間隔に音を鳴らし、フロア中にその音が響いている。

 生命維持装置に繋がれ、ベッドに寝かされていたその老人を頭領だと確信できたのは、この部屋の前に〝頭領の部屋〟とスプレーで乱雑に書かれた看板があったのと、この老人の周りに武装した部下がいたからに過ぎない。

 私が横たわる老人の前に硬直していると、向こうから話しかけてきた。


「やれやれ、たった一人にここまでやられるとは、想像もしていなかった……」


 弱々しくくぐもった声。頭領は深く溜め息をついた。


「私も、お前のような老人が頭領だとは思いもしなかったわ」

「ふふっ、世の中自分の想像通りにいかない事ばかりなのだよ」


 自嘲気味に笑う頭領は、手にしていたリモコンを操作してベッドの背もたれを持ち上げて、座った姿勢になると私を正面から見据えた。

 少し苦しそうな表情で私を見る五芒星革命軍頭領たる老人は、まるで抵抗するそぶりもなかった。周囲に自動砲台のような兵器も見られず、罠の可能性もない。しかし相手はブリガンド。私は銃のグリップを握りなおした。


「あなたの事はバヨネットから聞いていた。そして噂もね。復讐をしにひとりでこんな所まで?」

「そうよ。そしてお前を殺して終わらせるわ」


 AUGを構える。しかし、私の動きに微塵も怯む様子がない。まるでこうなる事を想定していたように。

 このまま私が引き金を引けば、確実にこの老人を殺す事は出来るだろう。


「死ぬ前に、お名前を聞いて良いかな? お嬢さん」

「……ステアーよ」

「そうか、良い名だ。私は、そうだな。白道と呼ばれていた。タカマガハラでね」


 やはり……。

 この老人、白道の目を見た時にもしかしてと思ったが、やはりそうだった。コロナやバヨネットと同じ、タカマガハラの――。

 ブリガンド集団の親玉のくせにやたら理性的な言葉遣い、周りの薄汚れた寝具や機械の中で浮いた小奇麗な容姿からどこか地上の人間らしさがなく、シェルター生まれのような雰囲気があった。そして自らタカマガハラの名を出した時点で確信に変わった。


「あそこで少しばかり過ごしたのだろう。ある程度あそこがどんな場所か分かったんじゃないかな――」


 首肯してみせると、白道は話を続ける。伸びた髭を筋張った手で撫でながら、どこか諦めのような物悲しい声色だった。


「――私はね、こう見えてまだ二十歳も半ばでね」

「えっ」


 うっかり声に出して驚いてしまい、それを聞いて白道はくすりと笑った。


「あのタカマガハラで行われていた実験体のひとりというわけさ。遺伝子操作で生み出されたが、結果は見ての通り、失敗作というわけだ。私は本来、"新人類"として次代のタカマガハラを統べる指導者にするべくして造られた存在。私の声は特殊でね。人に言う事を聞かせる音波を声に乗せることにより、聞いた人間をコントロールする力を授かった。分かりやすくいえば催眠術のようなものだね」


 そんなまさか。といいたかったが、タカマガハラのあの魔法のような技術力や、実際機械によってコロナが洗脳状態にあったことを思うと真っ向から否定できなかった。


「彼は分かってないと思うが、実はバヨネットがタカマガハラから脱走した時、その一緒に行動していたのさ。タカマガハラから出る前は20人近くの実験体がバヨネットを先頭に脱走に参加した。私はその時、失敗作だと突然言われ、破棄される寸前だった。バヨネットが行動を起こした混乱に乗じて、私も一緒に逃げ出したのさ。

 ……地上に出た時、私を含めて五人しか生き残らなかった。魔都から出る時にも二人死んで、魔都から出た時、私ともうひとりとバヨネットの3人だけが生き延びた。今なら分かるが、私がこんな体だと分かっていたから私を破棄しようとしたんだろうね」


 どこか懐かしい昔話のように話しているが、そんな昔の事でもない筈だ。私と彼とでは文字通り時間の流れが違うのだろう。

 ゆっくりと話す白道の声はまるで昔友達と遊んだことを思い出しているかのような、少し楽しげな思い出話をしているようであった。内容自体は聞いてるこっちとしては全然笑えないが。


「生き延びる為にミュータントやブリガンドを操りながら、彼らを利用してきた。そう、タカマガハラ。奴らへの復讐の為に。……しかし、数年前、急激に老化が始まってね。そこで、この声でブリガンドを操り奴らを潰そうと。それでブリガンドが死のうと私にとってはどうでもよかった。他人を搾取することでしか生きられない哀れな連中にかける慈悲など無い」


 奴らのボスにしてはかなり辛辣な言葉であり、急に声色を冷たくさせた白道の表情は険しく、本当に部下のブリガンドに対して情はないといった様子だった。

 寧ろ、人から様々なものを奪うブリガンドをタカマガハラと重ねているのか憎んでいるように感じられるほどだ。

 しかし、力んで話したからか、白道は少し息を荒げ、ベッドに沈み込むように体を預けると深く深呼吸をした。背後にある心拍計も少し音が早まり聞いていると不安になってくる。


「……復讐する準備に随分時間がかかった。その中で時折暴走する者達が現れた。5ヶ月前に小型核兵器を米軍施設から入手した時、復讐の機会が来たと思っていたが、部下がガス抜きにと勝手に持ち出してしまった。そこで気付いたのだ。老化による、私の能力の劣化にね」

「その核兵器だったのか。その核兵器か――!!」


 その話を聞き、私は血液が逆流するような怒りを感じた。声を荒げたのは反射的にだった。私は自分の感情を抑えられなかった。

 淡々と他人事のように語る白道が腹立たしかった。自分の部下のやったことを自分は関係ないといった無責任な様子に。

 能力が無ければ人の上に立てるような人間とは思えなかった。

 私は怒りをぶつけるしか出来なかった。


「お前よくも! その核で、私のヴィレッジは破壊されたのよ。お前の部下達が私のヴィレッジを! それをあなたは――! ふざけないで!」

「私の復讐心が余計な犠牲を生んでしまった事を、申し訳ないと思っている。本当にすまなかった。……人の体をいじくり回した挙句、上手くいかなかったからと平気で人を捨てようとするあの連中を、私は許せなかった。奴らの手から逃れても、奴らのした事は私をここまで蝕む。シワがひとつ増えるたび、白髪が増えるたび……私の中の復讐の炎が人の心を燃やしてしまう」


 老人はそう告げると、静かに涙を流しながら、何度も何度も、すまないと繰り返すばかりになった白道に私は言葉を失っていた。

 その姿は弱々しく無力で、私はついに、今までずっと構えていた銃を下ろした。


「勝手なこと、言わないで」


 私が言えたことはそれだけだった。あまりにも哀れな姿を晒す目の前の老人に思わず目をそらしてしまう。

 吐き捨てた言葉を白道は拾い上げるように、そうだなと涙声で呟く白道。何度か咳払いをし、息を整えると僅かながら落ち着いたようで天井の明かりを見上げ、ほうと吐息を漏らす。


「こちらに来てくれないか?」


 白道の声に応え、ベッドの横まで歩いていく。私が側につくと、白道はベッドの角度を変えて体を寝かせる。

 私の顔を覗きこんだ白道は私の瞳をジッと見つめ、何かを察したように安らかな表情を浮かべた。

 一体何に気付いたのか。私には想像も出来なかった。

 静かな部屋の中に私と白道のふたり。本当ならば顔を合わせた瞬間に鉛玉を食らわせ、さっさとケリをつけるはずだったのに、気付けば私はひとりの老人の死に際に付き合っている。

 復讐の為に犠牲になった私の故郷、その復讐の為に部下を滅ぼして回った私。私もこの男も、同じ穴の狢か。そう思うと、だんだん虚しさが込みあがってくる。


「私の復讐は、バヨネットとあなたが果たしてくれた。そして私のこの声の力もじきになくなってしまうだろう。……もう潮時だ。タカマガハラが生んだ憎しみの連鎖は、今日、ここで終わりにしよう」


 白道は枯れ枝のような痩せ衰えた手で、私が下ろしていたAUGを掴む。その手を私は拒みはしなかった。よろよろと、力無き手がゆっくりと銃身を持ち上げ、そしてそっと自身の額に銃口をあてがった。

 目蓋を閉じた白道は目蓋の裏に何を見たのか。ほろりと大粒の涙が頬の深く刻まれたシワを伝って流れた。

 ベッドのシーツに涙が染みこみ広がる。よく見るとシーツは染みだらけだった。長い間、ずっとこのベッドに繋がれたまま、暗い地下室でタカマガハラへの復讐のことだけを考えてきたのだろう。

 自分の手で復讐を果たさなくて、白道は本当に満たされたのだろうか。怨んでいる者達が自分の知らないところで死んで満足したのだろうか。白道は語らない。


「そうね。終わりにしましょう。お前を殺してもブリガンド全てがいなくなるわけじゃないけれど、お前が死ぬことで指揮系統を完全に失ったブリガンドは散り散りになるでしょう」

「最期にひとつだけ、聞かせてくれ」


 最期の願い。相手が相手だ。聞いてやる義理は無い。

 それでも、私が怨み、殺そうと決めた相手だ。そしていつでも殺せるこの状況で、焦る必要はない。私が殺さずとも早くに死ぬであろう男の願いとやらを、私は聞く事にした。


「言ってみなさい」

「復讐を果たした後も、あなたはまだずっと生き続けるだろう。私を殺して、その後あなたはどう生きる? 復讐という目的を果たした後、あなたはどうするのか、聞きたい」


 銃から手を放し、胸の上に置いた白道。額に向けられた銃口を、私はずらさない。そのまま引き金に指をかけた。


「自由に生きるわ。自分と、誰かのために――」


 私の言葉を聞いて、白道はフッと小さく笑い、それが良いと零した。

 もう老いることもないだろう向こう側へ、先に逝ってなさい。


 さようなら復讐鬼。私はお前を踏み越えて生きていく。

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