第51話 ステアーに逢いたくて:後編

「オレらにソイツは直せないよ」


 そう言うと枸杞は動かないジャッカーを両手に持って掲げるようにして眺める。そしてあたかも飛んでるかのように、ジャッカーを宙で泳がせながらふと微笑んだ。

 ジャッカーはステアーが置いていった旧文明の兵器。今じゃ作る事の出来ないようなハイテクの塊。宙を飛んで持ち主の後についていったり、強力なビームで攻撃支援してくれる物だったらしい。

 らしいというのも、その強力なビームというのを見る機会が無かったからだ。枸杞が運ばれてきたとき、既に命の危機に瀕していて直ぐにでも治療をしなければならない状態だった。

 横浜ヴィレッジの地下本部にはその治療が出来るデトックスマシンがあったけれど、その電力をまかなえず、そこでジャッカーのバッテリーが注目された。暗殺の仕事に着いてこられたら目立って仕方ないし、教会にいるならジャッカーの援護は必要なかった。そして考えている時間は無かった。本当はステアーの物だったけれど、多分僕と同じ目立つという理由で置いていったのかもしれない。結果として枸杞はジャッカーのバッテリーで起動したデトックスマシンにより、解毒治療が行われた。

 だから、枸杞はジャッカーの動いている姿を見たことがないんだ。


「もっと文字とか読めるようになったら直せるかな?」


 そんな事できるわけないじゃん。と言いそうになったけど我慢した。枸杞の向上心を妨げたくなかった。薬物の影響で不健康な白さの肌で淀んだ瞳をした枸杞が、生きる希望を見出したかのように笑顔を浮かべて僕を見ている。そんな枸杞を見て、現実を突きつけるのがつらかった。けどウソはつきたくない。その瞬間、僕の頭はフル回転した。


「壊れてるとも違うんだ。そいつはバッテリー……僕らで言う心臓が動いてないんだ。でもオレら人間と違って心臓を交換できる」

「僕の心臓を入れたら動くの?」


 突拍子もない事を言う枸杞に僕はただ唖然としてしまった。思考が一瞬止まる。


「それは無理! その、バッテリーってやつを見つけてやらないと動かないんだよ。でも今でも使えるバッテリーはここには無いんだ」


 いい加減厨房に行かないとと思い、僕はそのまま部屋を出る為に扉のノブに手を掛けた。

 その僕の背中に枸杞は少しだけ声を張って呼び止める。


「ねぇ! ヴィレッジの外なら見つかるかな!」

「――。そうだな、見つかるかもな」

「じゃあ今度一緒に捜しに行こう! 蛭雲童さんも連れて!」


 あのオッサンもか。いつの間にか僕ら3人は普段からよくつるむようになっていた。

 きっと枸杞からしたら僕や蛭雲童は肉親や兄弟、家族だと思っているのかもしれない。そう思ったら途端に恥ずかしさと同時に嬉しくなってきて口元が緩む。


「ああ、いつか行こう」


 それだけ言うと僕は職場に向かうために部屋を出た。

 枸杞は記憶が無いから、外の過酷さを覚えてないんだ。人を守るって、ひとりで戦うよりも難しい。守られてた側に立っていた僕は、今ならわかる。

 教会だってまだ落ち着かない状態だし、ここから離れるわけにはいかない――。



******



「旦那? なにボーッとしてるんです?」

「え? あ……」


 しまった。フライパンを握ったまま固まっていた。

 開店した途端になだれ込むように入ってくる客を相手にバタバタと動いていたらあっという間に波が去っていた。

 まだ食堂内は人で賑わっているがこれ以上何か注文が来る雰囲気は無い。一息ついたところで意識が飛んでいたようだ。

 色んな人の笑い声や世間話が交じり合う賑やかな空間。川崎の食堂もここも変わらない空気。まだ半年くらいしか経ってないのに、もう懐かしさを感じる。


 厨房からホールを覗くと色んな人が僕の作った料理をおいしそうに食べている。それを見るのが楽しい。


「……人の尻見てる暇があんなら食器洗えよな」


 ねっとりとした熱い視線。振り向くとやっぱりというか予想通りで、僕に言われて慌てて手を動かす蛭雲童の姿があった。もうちょっと気配を消すなりしろと思うが、気配を殺すってそう簡単な事じゃないし仕方が無いのか。

 ふんっと鼻息を荒げてみせると蛭雲童はへへへっとにやけていた。


「ここにいる旦那は機嫌良さそうだから俺も嬉しいなぁ」

「な、なんだよいきなり気持ち悪いな」

「子どもが笑顔でいられるのは平和の証ですぜ」


 一理ある。貧困や争い、集団生活での不幸の皺寄せは弱い立場の人間にまずやってくる。子どもなんて特にだ。大人の都合に振り回されて、無知や無力な事をいい事に食いつぶす。

 でも、僕はもう子どもじゃない!


「ガキ扱いすんじゃねぇよオッサン」

「オッサンじゃなくてお兄さんって呼んで欲しい!」

「うるせぇバカ!」


 いつもこんな感じ。バカな事をやって過ぎていく。

 川崎での生活に戻ったような気がするけど、でもやっぱり、どこか虚しさというか寂しくて――。


「やっぱり会いたいよ、ステアー……」


 ぽつりとつぶやく。そうしたら本当に会えるような気がして。でも、こんな事でステアーが帰って来るはずがないんだ。

 溜め息をついていると、ふと厨房に近いカウンター席に座っている男達の会話が耳に入って来た。

 なにやらキャラバンのおじさんと警備隊の兄ちゃんらしい。


「――奇妙な生存者?」


 警備隊の赤髪の兄ちゃんは確か僕は川崎から横浜に移動する時に守ってくれていた人たちの中にいた人だ。いつも険しい顔をして遠くを見つめている。なんとなく人を寄せ付けない雰囲気のある兄ちゃん。人と会話してるのを見たのははじめてかもしれない。そんなはずは無いだろうけど。


「ああ、なんでも魔都から子どもを連れて出てきたらしい。厄介なブリガンドを掃除して魔都周辺のヴィレッジを転々としてるんだとよ。おかげで渋谷ヴィレッジまで行く道がいくらか平和になったぜ」


 俺の作ったポークチョップを齧りながら話すキャラバンのおじさんは少し興奮気味に話すが、警備の兄ちゃんは冷静な口調で話しに合わせているようだった。


「川崎を潰した連中も魔都に乗り込んだようだが?」

「あっちはダメだ。帰還した全員が後から汚染にやられて死んだってよ。バヨネットが言ってたから多分間違いねぇ」


 川崎を潰したやつらが死んだ。

 そう聞いた瞬間、全身の力が抜けて思わず壁にへたり込む。そうか、死んだのか。

 母さんの殺した奴も、そこにいたんだろうか。

 敵討ちの為に修行してきたのに、結局僕はなんの為に戦っていたんだろう。

 そんな考えや妄想がぐるぐると頭の中で回り始める。僕は意識を保ちながらも、その話が気になってしまい耳をそばだてる。


「奇妙な生存者……ストレンジ・サバイバーってか?」

「なんだそりゃ」

「なんでも聞こえが肝心よ。そういう噂はどんどん広めてって、ブリガンドをビビらせられれば、ここらへんももう少しマシになるってもんさ」


 魔都から出て来て、ブリガンドを倒して回ってる魔都の生存者。

 僕は直感的にその正体が何か分かった気がした。そしてその予感を確信に変えるには――。


「な、なぁ、そのストレンジ・サバイバーって奴。どんな奴なんだよ」


 思い切って声をかけた。警備隊の兄さんはどうも威圧感があって話しかけられなかったから、キャラバンのおじさんの方に声をかけた。

 僕の方を見たおじさんは僕の顔を見て軽快に笑う。日焼けした肌に砂が絡まった長い髭は近くで見ると貫禄があった。


「ハハハッ! 小僧も興味あるのか! 噂話を広めてくれるのかい?」

「ここで話してりゃ直ぐ広まるさ! それより! その人ってどんな奴なんだ?」

「オレ様が直接見たわけじゃないが、見た奴曰く金髪の姉ちゃんらしいぜ? しかも結構イケてるんだと! いやぁそんな美人で強い姉ちゃんならオレ様も拝んでみてえなぁ」


 下品な笑い声を上げながら酒をあおるじいさん。

 僕は話だけ聞くと足早にその場を後にした。


 生きてた。

 生きてたんだ。やっぱりそうだ。

 そっか、ステアーは今北の方に住んでるんだ。

 転々としてるって事は、家とかあるのかな。連れ帰ってきた子どもはどうしたんだろう。


 疑問が尽きない。僕は、僕は、どうしよう――。


「旦那。悩む必要、無いんじゃないんですかい?」


 ハッと声の方を向く。

 そこには食堂に顔に出しに来た枸杞と蛭雲童の姿があった。


「行こうよ! ヴィレッジの外に!」

「俺も、まぁ、なんだ、あねさんに用がありやすし。ここはもう大丈夫だと思います。旦那は旦那のやりたいようにやって良いんですぜ」


 そう言って2人は自信に満ちた表情で僕を見つめる。

 そう、そうだよね。


 僕は独りじゃない。僕はそれを今まで枷だと思ってた。でも違ったんだ。自分が前に踏み出せなかっただけなんだ。

 ようやく、今それに気付いた。

 僕は強くなった。今ならブリガンド相手でも、きっとミュータントにだって負けはしない。だけど、心は弱いままだったんだ。だから、会いに行くのが怖かったんだ。

 今の僕でもステアーが認めてくれないんじゃないかって――。

 でもそのステアーは僕が生んだイメージでしかないんだ。


 行ってみなきゃ、会ってみなきゃ分からないじゃんか!


「みんなで、行こう。ステアーに会いに行こう!」


 僕がそう言うと、蛭雲童が力強く僕の肩を叩いた。

 正直痛かったけど、熱くて優しい手だった。


「良くぞ言ってくれました旦那ぁ! さあ、それなら準備しやしょう! ほら枸杞! 部屋に戻るぞ!」

「うん!」


 先に食堂を出た2人を追って僕も駆け出す。


「どうやら、決心がついたようですね。理緒」

「シスター……」


 僕たちの話を聞いていたのか、シスターが優しい笑みを浮かべながらゆっくりと歩いてくる。


「あなたはここに来て、私の不本意ではありましたが様々な力を身につけました。ですが、あなたの心は逆に弱っていきました」

「……はい。そう、ですね」

「理緒くん。あなたに足りなかった物は戦う力や自信や、苛烈さなどではありません。勇気だったのです。あなた自身で決断するときを待っていました」


 僕は既に居場所を得られた。けどそれだけじゃダメなんだ。

 ステアーが横浜を出て行ったとき、なんでとか、どうしてとか、そんな事ばかり考えてた。けれど、あれがステアーなりの前へ進むやり方だったんだって思う。

 だから、僕も足を止めずに歩く事にするよ。そうすればきっと出会えると思うから。


「行きなさい理緒。会いたい人のもとへ。ここは私たちに任せなさい。後ろを見る事無く、前だけを見て良いのです。そして旅が終わったら、いつでも帰ってきなさい」

「ありがとうございます……! お世話になりました!!」


 足元ばかり見ていた。けどこれからは、前を見て歩いていくよ。

 僕はもっと強くなる。強がっているだけじゃなく。本当の強さを身につけて。


 ステアー、必ず会いに行くからね――。

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