第47話 敵手:前編
ホログラムではなく、本物のコロナを見つけること自体は簡単だった。
撮影機材が並んだ薄暗い部屋で、彼を運び出そうとしていた兵士数人を不意打ちで撃ち倒すと、人形のように力なく倒れるコロナに駆け寄って私は漸く誰かを守る事ができたのだと安堵した。
しかし、その安堵は長くは続かなかった。
要人用に作られたタカマガハラの戦闘服に身を包んだコロナは、艶やかな細い身体を丸めて床に倒れていた。
服の胸や手首につけられた階級章兼緊急信号が点滅している事や、玉のような汗が顔に浮き上がっているのを観て私はその身体を背負って歩き出す。
目蓋を閉じ、何かをぶつぶつ呟いているようだがはっきりと内容が耳に入ってこない。何かに対しひたすら謝っているようだけど、その相手には心当たりがあった。
自分の意思を捻じ曲げられ、無理矢理自分の本心でない事をやらされていた時は意志薄弱で何をしているのかもわかっていなかっただろうが、洗脳が解かれた今、
ただでさえ他人から言われた事を無理矢理やらされるなんて事は苦行だ。ただの雑用だって相当ストレスになるだろう。
余程のおせっかい焼きか、自分で考えて行動する頭が無い奴なら違うのだろうけど。
脳の中身を弄くられるなんて事をされた経験が無いから今のコロナの苦しみを十分に分かってやれない事が悔しい。
でも、悔しがっている暇は今はない。バヨネットと合流しなければならない。あいつは更に上に向かっている。
一度引き返し、バヨネットと分かれたところまで戻って上階へ向かう。その道中だった。
大ホール。さっき見た時よりも血だまりが、彼が生きた人間であった事を物語っている。その横を、彼と私の友達を背負って通り過ぎる。
ずっと自我を取り戻していながらも、友達の為に己を殺してきた少年。献身的といえば聞こえはいいだろうが、それで本当に自分の命まで捧げてしまうなんて。私は、馬鹿だなと思いながらも忠誠心よりも強い友情に尊敬と憧れを抱いていた。コーエンは、私よりもずっと強い子だったと思う。
コーエンの横を通り過ぎる時、コロナには申し訳ないけれど少しだけ足を止めて、彼に黙祷を捧げると私は歩き出した。私にしてやれる事はもう無いから。
バヨネットと別れた場所に戻る。冷たく照明を反射する金属の壁に凹凸の滑り止めタイルが敷き詰められた通路。
敵の気配も無く、コロナの放送も無くなった今は静かで、分厚い外壁越しに微かに外の戦闘音が聞こえる。
両方の戦力が今どれ程かわからないが、生身の敵があまり見られないあたり、タカマガハラはもう限界まで来ている気がする。
ヨモツイクサはコロナの脳波によって動く仕組みの以上、もう機能する連中はいないはずだ。そして、どれだけアンドロイド兵を動かしたって、動かす人間がいなくなってしまっては意味が無い。
生身の人間の戦力が減っているのはタカマガハラにとっては致命的なはずだ。
そんな事を思いながら、バヨネットの後を追う形で階層を上がって行った。
奴がどこに向かったかは直ぐにわかった。
地面に広がる血だまり。投げ出された死体。解体された機械。どんな武器を使えばそんな綺麗な切り口になるのか分からない程、綺麗に切断されたそれらを見たらバヨネットの仕業だとすぐにわかる。
戦いの痕跡を辿っていけばまっすぐ目的の場所につくだろう。
バヨネットの仕事。それはここの幹部達の抹殺らしい。そうなると舘泉も無論標的なのだろう。
あいつは私の手で借りを返してやりたかったが、仕方ない。
歩き進めていると微かに背後から寝息が聞こえてきた。泣き疲れたのだろう。なるべく起こしたくはないが、下手にうろちょろされないのは都合が良いか。
******
最上階。あまりにも仰々しい二枚扉の上には管制室と書かれたプレートがあり、その扉の横には手の平の輪郭が描かれたパネルがある。指紋認識のセンサーだろうか。
ここ、アマテルに入ってから今まで幾つも素通りした部屋があったがこのタイプの扉はここぐらいしか見当たらなかった。
他の部屋は殆どの扉の横に磁気読み取りのセンサーとアナログの鍵穴がついたものだった。最重要の部屋で間違いないだろう。
カードキーなどの物を使った施錠では鍵を奪われてしまっては意味がないとの判断だろうけど、この有事にはそれも無意味だろうと、その装置の側に横たわる亡骸をみて思った。
指紋認識装置の側で血を流し倒れている男。他の兵士と違って防具は纏っているが銃などは持っておらず、コロナが着ているようなスーツを着用している点から戦闘員以外のこの施設の人間だったのだろう。鋭利な刃物で切りつけられ、一太刀で殺されている。バヨネットがやったに違いない。
まさかスーツの手袋越しに機能しないなんて間抜けな仕様はないだろう。
そう思い、身を屈んで背負ったコロナの手を持ち、センサーに当てる。すると数秒もしない内に扉がスライドして開かれる。身を起こして銃を構えながら部屋の中へ滑り込む。
そこで私の目に飛び込んできたもの。それはバヨネットによって切り刻まれた死体の山。――ではなかった。
「漸くお出ましか内通者」
「舘泉――! 何を勘違いしているのか知らないけれど、私は外の連中とは関係ないわよ。さ、覚悟はできているのかしら?」
だだっ広い室内の最奥部。壁一面に設置されたモニターや端末。その前に舘泉はいた。
回転椅子に腰掛け、背もたれと肘置きにどっしり身体を預け、眉間に皺を寄せた険しい視線を私に向けている。しかしその口元は気味悪く笑っているように見えた。
私はそんな余裕をぶっこく舘泉の眉間に銃口を向けると舘泉は素早く声を上げた。
「銃を降ろせ。さもなくばお前もそこで転がっている奴と一緒に苦しみのあまりのた打ち回りながらあの世に行く事になる」
顎で部屋の隅を指す舘泉の方へ視線を逸らす。そこにいたのは予想外な者であった。
「バヨネット!? 一体これは――」
私の視線に飛び込んできたもの。それは右手に銃剣を握り締めたまま、仰向けに倒れているバヨネットだった。
ここまで赤子の手を捻るようにヨモツイクサやアンドロイド兵を倒してきたバヨネットがそう簡単に武力で勝てるものなのか。
その疑問に更に拍車をかけるようなバヨネットの異常な様子がそこにあった。身体を痙攣させながら白い泡を口から吐き出している。
「お前が下手に動くと、その出来損ないと同じ目に遭う事になる。理解できたかね?」
舘泉の言葉に弾かれたように向き直る。白髪交じりの髪をかき上げながら立ち上がる男の目はぬかるんだ沼のように暗くねっとりとした視線をまっすぐこちらに向けている。
やれやれ、と言いたげに肩をすくませると白衣に手を突っ込み、フンと鼻で溜め息をつくその姿にはどこか余裕を感じさせた。
バヨネットを倒したのはまぐれではないようだ。そして、私を潰せる確信があるといった様子に不気味さを覚える。一体どんな事をしたらバヨネットをあんな姿にできるのか。
私は背負ったコロナをゆっくり下ろし、床に寝かせる。直ぐに舘泉へ向き直るも、舘泉はそのまま立ったままだ。
随分静かで広い場所だと思ったが、舘泉の周りにいる人影は私に背を向けたまま端末に向かって動かない。
その後頭部にはみなバーコードと型番が刻まれている。機械だ。ここもほぼ自動化されているのか。
「――どこもかしこも機械ばかり。大きな組織の幹部で人間はコロナとアンタだけなんじゃないのかしら?」
「私の言葉に従わない無能どもは、この危機で漸く私の言葉に従いセーフルームへ非難した。馬鹿な連中だ。私が最後まで残るから先に行けと言ったらまんまと騙されたのだから」
「騙した? 一体なにを考えているの?」
舘泉は私の言葉を聞いて片眉をピクつかせる。ポーカーフェイスに見せようとしているが、中身はかなり感情的なようだ。
「各部門の幹部はみんなひとつのセーフルームに集まっている。セーフルームと言う名の棺桶にな。セーフルームはこのタカマガハラの更に下部に設けられた、地下シェルターの中の地下シェルター。逆に言えば袋小路だ。そして敵対勢力への機密漏えいを防ぐため、最終的には自爆するようにできている。セーフルームの扉が破壊された時に自動的に発動する仕組みだ。地上の馬鹿どもは開錠など回りくどい事はせず、地上の軍用施設から奪った兵器で扉を破壊するだろう。一方、ここアマテルはコロナ
わざわざこの期に及んでコロナに仰々しく様をつける舘泉。相当キているようだ。
それもそうだろう。まさか洗脳を解かれた上に指示していないにも関わらず勝手に私をそんな重要施設に招き入れてしまったのだから。自分が思い通りに操れると思っていた者に予想外の動きをされて癇癪を起していると見ていいだろう。年寄りの子供じみた駄々を見るのはキツいものがある。
「遮断ですって?」
「最早この私の操作無しでは外敵は侵入できなければ、お前が外へ出ることもできんのだ。運良くここまで生き残ってきたんだろうがここまでだ。大人しくコロナ様をこっちに渡してもらおう」
自分以外の幹部を皆殺しにした挙句、外敵を遮断して機械と自身でアマテルを独占して、こいつはここまでボコボコにされたタカマガハラを今更支配して何をしたいんだろうか。このアマテルに引き篭もっていればいづれ勝てるとでも思っているのだろうか。それに、それが目的ならアマテルの外にいる全住人を見捨てる気でいる事になる。
――このゲスが。反吐が出そうだ。
「兵士を使って地上に再び出て行くだの、この期に及んで味方も捨ててコロナは置いて行けって何を企んでいるの? まさか世界征服なんて言うんじゃないでしょうね」
「世界征服、だと? クッ、クククッ、クハハハハハッ!!」
私の問いに突然身体を揺らしながら大笑いする舘泉。高笑いの後、また突然に真顔に戻る舘泉。切り替えが早いのか情緒が安定しないのかまるで分からない。
「子どもの妄想か。何を言い出すのかと思えばふざけた事を言う」
「ふざけているのはどっち――」
言い終わる前に、制止するように舘泉は突然手の平をこちらに向け、そして私の声に被せるように黙れ、と冷たく言い放つ。濁った瞳に光は宿っていない。
「人は常に敵を作り、争う生き物だ。それは文明が発展して理性や法などで抑止されてもだ。歴史は闘争によって紡がれ、戦争と言うガス抜きによって人は存続してきた」
「――何の話?」
私の言葉をまるで聞こうとする気の無い舘泉は、私の声を無視して話を続ける。
機械の駆動音だけが支配する無機質な空間で、舘泉の枯れた声が坦々と、饒舌に室内に響く。
「歴史は闘争によって紡がれ、戦争と言うガス抜きによって人は存続してきた。組織全体のストレスを発散するのも必要なのだ。しかし、それにはゲームをして遊ぶだの、愚痴を相手に聞いてもらうだの、そんな生半可な解消法では不可能なのだ。これを見ろ」
一際大きいモニターが突如、見慣れた景色を映し出す。それは魔都の景色。恐らく議事堂に設置されたカメラだろう。
映し出された魔都の景色は外に出ていた時と変わりなく、荒廃した無人の廃墟群と、突然変異によって異常に変質した巨大な植物。そして遥か向こう、濃霧の先には最猛勝の影がいくつも見える。
「強大な力を持ってしまったが故に人類全体が抱いていた負の感情が暴走した結果の世界がこれだ。個人間でも人は争う。運動能力、知識、美術的なセンス、ありとあらゆる小さな戦争はどんな時代のどんな人間でも行ってきた。それは競技の場合もあっただろうが、大抵の場合は怨みや妬みの応酬であり、怒りの放出でもある。人の遺伝子には闘争が根深く根付いており、それを取り除くのは我々の力を持っても不可能であった。そんな中こんな閉鎖的空間で、私はそのアーコロジーを維持してきたのだ。それを――」
それを。舘泉がそう言うと突如歩き出し、バヨネットの側に近寄ると、仰向けで倒れ伏すバヨネットの脇腹を思い切り蹴っ飛ばした。しかし、そこは非力な中年男。ぼすんという軽い音がしてバヨネット自身も多少揺れただけだ。抵抗できる状態ではないバヨネットが痛々しい。
「地上の人間と言う仮想敵を作ることであらゆる生きる上での降りかかるストレスやフラストレーションをそちらに向けさせ、地上への帰還と統一と言う思想で纏め上げてきたからこそ今まで三世紀もの間タカマガハラは維持されてきたのだ! それを! それを今更お前達に邪魔されてたまるかぁ!」
声を荒げ、何度も抵抗でできないバヨネットに蹴りを入れる舘泉の醜態に私の腸は煮えくり返りそうだった。しかし、何するか分からない人間で、バヨネットを無力化した男だ。ここで下手に発砲するのは、マズイ。
私は怒りを抑える為に唇を力強く噛み締め、堪える。我慢しろ、私。
蹴り疲れたのか、舘泉は肩で息をしながら再び腰掛けていた椅子の前までよろよろ歩く。前身を使った蹴りに、整えられていた髪は乱れ、眼鏡も傾いていた。その姿は白衣を着ていなければ人生に疲れ果てた浮浪者そのものだ。
「はぁ、はぁ、その子。そのコロナこそが、思想統一の象徴であり、コロナの言葉が組織の全てになる。コロナの遺伝子を使ってコロナのクローンを生み出し新たなタカマガハラを地上に作り出す。それは私とアマテルの施設とコロナがいれば可能だ。それさえあれば、タカマガハラは何度でも再興できる! お前がどう足掻こうが無駄だ。私に協力的にならない限り、生きてここから出る事はかなわん!」
ヒステリックに叫ぶ舘泉。私はもう限界に近かった。このゲス野郎を早く殺してしまわねばと銃を握る手が直ぐにでも真っ直ぐ舘泉を捉えようとしていた。
その時だった。
「御託は、もういい――」
「コロナ様!?」
がさりという音が私の背後でした。辟易した声の主が私の背後で立ち上がる音だった。
小さい体が起き上がり、自分の足で立ち上がる。小さくも、弱々しい音だったが、背後に感じるその気配はとても熱く、決意に満ちていた。
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