第45話 ともだち:前編

 手にした銃を銃撃戦の中で吹き飛ばされる経験はした事があった。でも、手にした銃を握られて、そのまま破壊されたのは初めてだ。

 ブローバック式のよくあるハンドガンだったら銃身上部にスライド部分があるが、レーザーピストルには存在しない。そこを鷲掴みにされたところで、通常のハンドガンでも発砲は出来るが、握ったまま弾道を逸らされては弾自体が弾道を曲げるでもしない限り敵を撃ち抜く事などできない。

 突進してきたヨモツイクサの少年の勢いを削ぐ為、素早く後ろに退こうとした。しかし少年に向けていた銃は少年の手に掴まれると、そのまま銃がまるでアルミ缶であるかのように簡単に握りつぶされ、私は咄嗟にトリガーから手を放してしまった。

 サタンを倒して奪った銃。それを少年が両手に握り、力を入れる。シルエットが変わるほどに強化服の肩や腕が膨れ上がる。強化服に仕込まれた人工筋肉等が、ただの少年を凶暴な獣のような怪力にさせているようだ。少年が着ても負荷を与えていないように見えるのはタカマガハラの技術の力か。それとも痛覚が無いのか。


 足を止め、少年は膨れ上がった両腕で手にしたレーザーピストルを真っ二つに破壊すると、両手に持ったショートした鉄くずを左右に放った。風船の空気が抜けるような妙な音を立てながら膨らんだ両腕が、元の華奢な輪郭を取り戻す。折れてしまいそうな四肢、幼い顔つきに強化服と言う出で立ちは、目の前で死んだ枸杞の姿と重なる。

 素早くTMPに持ち替えたが、その手は自分でも笑えないほどに震えていた。そんな私を見て少年は小さく首を傾げる。


「僕達を、殺しに来たんじゃないの?」


 突然の少年の問いだった。先ほどまでのコロナに向けていた生真面目な声色ではない。服のせいで体つきが健康体の少年に見えると言う事はその中は恐らく結構痩せているだろう。顔や背丈から10歳前後ぐらいの少年だろうが、そんな少年が今、やっと年相応の口調で私に声をかけてきた。


「そんなんじゃないわ!」


 反射的に語気を強めて言ってしまう。少年はどうやら自分である程度思考し、言葉を話す自由はあるようだ。

 コロナから命令された行動を完全に強制されるというよりも、刷り込みによって思考をある程度狙った方向に向かせるという感じか。

 少年兵の洗脳教育として戦争映画やアニメを見せたり、偏向した教育を施すものと似ている。それを無理矢理司令塔であるコロナの脳波を使って直接精神操作する事で短時間で対象を操る。それと似たようなものだろうが、その精度は低いように見える。

 その司令塔が更に別の存在によって歪められているのであれば、この子もまたこの組織の裏で糸を引く舘泉の被害者と言うことになる。

 コロナほどの強烈な洗脳によって人格すら歪められている訳ではなさそうだ。ある程度、コミュニケーションが取れるかもしれない。現に、今向こうから私に問いを投げかけてきた。

 それは向こうも私をただ倒すのではなく何か疑問を抱き、私に探りを入れようとしているという事。


 私はひとつ、大事な事を少年に聞く事にした。その返事によっては、これはチャンスかもしれない。

 床を擦りながらゆっくり距離を取り、少年の出方を窺いながら声をかける。この問いの返答によっては、私はこの少年に賭けたい。


 少年は再び身を屈めながら距離を詰めてくる。全身を一回り大きく膨らませ、強化服が筋肉ダルマみたいになると石床にひびを入れながら真っ直ぐこちらに駆けてくる。

 見た目だけは迫力満点だったが、先ほどのような左右に体を揺らし照準を定めさせないダッキングとは違い、真っ直ぐに私の懐に潜り込もうとしてくる。

 足音の重さが、先ほどの音も無く風のように駆けるものと違い、一歩一歩が激しく、振動が自分の足に伝わるほどに重い。

 下からかち上げる拳が鼻っ面を掠める。

 顔面に熱風を吹き付けられ、思わず唾を飲み込んだ。

 


「コロナとシンクロしているらしいけど、この会話はコロナも聞いているの?」


 私の問いは実際どうであれ、敵対している相手にされたら私の考えを読もうとして回答に困る筈。そう思っていたが実際には違った。私の質問に対し、一瞬攻め手を緩めて少年はあっさりと答えてくれた。

 ホール最奥から始まった戦いは後退に後退を重ね、ホール中央まで押し込まれている。徐々に近付く背後の壁を空気で感じながら若干焦りを覚え始める。


「貴方の声は僕を通しては聞こえていないし、僕の声も聞こえていない。ただ、僕が長考するとその考えを読まれてしまうかもね」


 少年に答え方を考えさせてしまうと私達の会話が感付かれてしまうかもしれない。じゃあこの子に考えさせないような質問の仕方をすればいい。そういうことだろう。

 この子がわざわざ付け加えてまで教えてくれたって事は、これはもしかすると――。

 こびりつく汗を拭い、真っ直ぐ少年を見据えた。私の目つきが変わった事で少年も私の考えている事を察したのか、微かに口の端を緩ませた。


「私がここにいる理由。それを知りたいのかしら?」

「うん」


 即答。

 そうだ。こちらから相手が聞きたいであろう言葉を探り、こちらから問う。相手が考えずに答えられる状況を作ってやる。体の動きに思考を割かせて、戦っているように装いながら、この子からコロナをどうにかする方法が無いのか探る。馬鹿正直に真っ直ぐ飛んでくる拳をいなしながら、壁に追い詰められないよう回りこむ。飛んでくる拳を掴んで避けた。相手もそれで良いと言わんばかりに拳をわざとらしく振り抜く。


「私はコロナに居場所を貰った。そうね、友達。私は彼の友達よ――」


 なんと言えば少年が理解しやすいのか。ただそれだけを考えていた。

 そしてその言葉を聞いて少年は弾かれたように大きく跳躍して下がる。

 私の顔を驚きの表情で見つめると力なくその姿勢をよろめかせた。しかし、直ぐに我に返ったように垂れ下がった拳を構えなおす。

 その少年の目元は微かに笑んでいた。油断する事無く、私は少年に銃を向ける。

 眩しく降り注ぐ白い照明の下、少年の美しく短い髪が煌いた。私よりもずっと綺麗な淡い白金。

 そういえば、父は私を拾った当初、白髪に近かったから随分早い若白髪だなと思った。なんて言ってたっけ。


「――あなたや、他の死人をそんな体にしたここの偉い人が、コロナにひどい事をしようとしているの。だから私は、コロナを助けに来たのよ」


 私が言い終わるのを待って、再び少年は私に向かって飛び込んでくる。しかしその動きは先ほどよりも更に鈍い。コロナは、この子の攻撃をする意思や行動を読み取っても、その詳細はその場にいるわけではないから把握しきれていないのだろう。私は少年の動きに合わせる。


「あなたの名前は?」


 より相手に近付く為に、私はそう少年に問いかける。飛び込んできた少年の横をすり抜けながら、耳元で優しく。

 お互いが交差し、お互いが振り向く、そこに殺意は最早無かった。形骸化した武器を相手に向けるだけ。今までに感じた事のない奇妙な空気が流れる中、少年は少しだけ大きな声で答えた。まるで私の耳に刻み込むように。


「僕は、紅炎。コーエンって呼ばれてた。もう呼ばれなくなって久しいけど」


 コーエンはそう言って少し目を細めると、腰を落とし、脇を締める。ずっとこんな事を続けるわけにはいかない。

 私もコーエンに合わせる為に受身の姿勢をとる。僅かな静寂。数メートル離れたお互いの呼吸が合わさるのを感じた――。

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