第44話 ヨモツイクサ計画:後編
戦いはバヨネットのおかげて大分楽させてもらった。しかし、好き勝手に縦横無尽に駆け回るバヨネットのせいで、射線が気になってかなり気が張ってしまった。精神的な緊張は筋肉に伝染し、疲労につながる。気付けばろくに銃を撃っていないのに息が上がりそうになっていた。
何故か上層、組織の中枢の中の更に奥深くに切り込んでいるにもかかわらず、奥に進むほど敵の数が減っている気がして不気味に思えた。
やたら明るい通路を進み、階段を上がり、上へ上へと進んでいく。ご丁寧にアマテルの入り口に案内図があったのを頭の中に叩き込んでおいてある。
そして、コロナがいるであろう場所は見当がついていた。プロパガンダ放送がこの施設の中でも流されており、それは生放送だったからだ。
つまり、コロナは今放送設備の揃っている部屋にいる。
川崎ヴィレッジでも施設放送用の放送室が幾つかあったから、そういう部屋っぽい名前を探していき、そしてそれがあったというわけだ。
会見場なんて名前で中ホールや大ホールよりも上階に位置する部屋だ。平常時から施設利用している人間を騙すなんて馬鹿な理由が無い限り、施設内に設置された地図が嘘って事はないはず。
階段を駆け上がり、もうそろそろ目的の部屋に着こうとしていた時、急に前を行くバヨネットが足を止めた。
「どうしたの?」
「俺はここから俺の仕事に戻る」
振り返り、こちらを見下ろす青紫の瞳が、ギラリと鋭い眼光が宙を舞う鬼火のように揺らめいた。
「ここからはお互いの成すべき事をするってことね」
「ああ、お前は囚われの王子様を助けに。俺は世界征服を企む魔王を退治に。お互いにやる事を済ませたら連絡しろ状況に応じて合流場所を決める。それじゃあな」
そう言いながら作戦前に装着したインカムを軽く指で叩く。ニヤッと口角を吊り上げるあの不気味な笑い方が今はなんとも心強いものに見えた。できれば、このままこいつとは敵対しない関係でいたい。
走り去るバヨネットの後姿を見送り、私は私の成す事をする為に走り出した。
壁が分厚い施設なのか、外の音が全く聞こえない。今頃外はブリガンドとタカマガハラが全力でぶつかり合っている筈なのに。シェルター内にある建造物で過剰な程の耐久力。どこか嫌な予感がした。ここまで外敵に侵入される事を想定して作られていたのだとしたら、三世紀前の人たちは相当心配性だったのだろうか。
******
アマテル上層、大ホール前通路――。
大ホールを抜けた先の専用通路を抜けた先に、緊急時の会見場がある。ここを抜ければコロナのところまでもう少し。そう思い深呼吸をして気合を入れなおす。
ここまで来てうっかり死ぬのは御免だ。
自分の息遣いだけが聞こえるのは、アマテルの外、居住区での戦闘が激化したからだと思いたい。
片手にレーザーピストルを握り、扉のノブに手をかける。軽く扉を開くとそっと押して、指先から扉が離れた所で銃を両手で構えなおす。徐々に視界が確保され、周囲を警戒する。
――敵影無し。そのまま扉を押し開ける。
繊細な彫刻が施された石の柱。見たことのない植物や美しい鳥類が描かれた絢爛豪華な壁画、シャンデリアを模した有機
そこに、ひとりだけ誰かが立っていた。
まるで糸で吊り下げられた人形のように、頭と腕がだらんと重力に引っ張られた状態で立っている。ゾンビ映画のゾンビを一時停止したらこんなポーズになるかといった具合だ。
やたら広い部屋の奥、コロナのいる部屋に繋がる専用通路へ繋がる扉の前に立っているそれは、元から小さい体だが部屋の広さで余計小さく見えた。頭には他のヨモツイクサが着けている物と似たヘッドギアが装着されている。銃を向けながら、じわりじわりと近付く。避けて通りたいが奥に立たれては近寄るしかない。
その時、ピクリ、と小指が動いたように見えた。
急いで一番近い石柱の陰に転がり込んだ。それとほぼ同時にして僅かに耳にノイズが走る。アマテル入り口でコロナのホログラムが現れた時に聞こえた音だ。
「やっぱり、あの役立たずじゃ勝てないか」
コロナの声だ。大量の兵士を倒されながらも淡々とした口調のそれにはまるで感情が無い。そっと声の方を覗き込む。そこには少年の側に立つコロナのホログラムがあった。ヘッドギアをつけられた少年はいつの間にか頭を上げて直立している。脇を閉じ、気をつけの姿勢になった少年と並んで立つコロナを見るに同じぐらいの背丈だ。しかしコロナよりも更に肌は白く、閉じた目蓋から伸びる睫毛は長く、整った顔立ちは少女のようだ。体に張り付くようなマッスルスーツを着込んでいなければ少年とわからなかっただろう。この子も、死人――。
「この子は特別でね。他のヨモツイクサと違って
「そんな子どもまで死んだ後も利用するなんて、コロナはそれで良いの!?」
私の言葉にコロナの表情が若干歪む。しかしそれも僅かな時間だけだった。目が据わったまま、ホログラムのコロナは人形と呼ぶヨモツイクサの艶やかな頬を撫でる。含みのある怪しげな笑みを浮かべて、コロナは人形の耳元に唇を寄せた。
「さあ、ボクの為にこの裏切り者を殺して」
そうコロナが囁くとビクビクと人形の全身が小刻みに震え、閉じていた目蓋が開かれた。真っ赤な宝石のような瞳が私を見ている。淡いクリーム色にも見える白に近い金髪が体の震えで揺れると、人形はまるで自分の体の動きを確認するように自身の手を見ながら拳を作ったり開いたりしている。震えが止まり、再び私の方を見ると、白い唇が小さく開かれた。
「はい、コロナ様の為に……!」
感情が乗った声。人形は凄まじい勢いで床を蹴っ飛ばすと、体勢を低くして頭からこちらに突っ込んでくる。
その勢いに驚いたが、それ以上にまるで自分の意思があるかのように振る舞い、自然に動くヨモツイクサが、明らかに今まで見てきたものとは違う事に私は動揺していた。少し慌てて銃のトリガーを引いたが、身を屈めてジグザグに動くターゲットに中々当たらず、レーザーは空を焼く。
「ボクと波長が合いすぎるのか、ボクの脳波を流し込んでやると生前の自我が蘇るようなんだ。命じた動きを阻害しないからどうでもいいんだけどね。それじゃ、死体はタカマガハラの勝利宣言の為に公開しようと思うから、せめて綺麗に死んでくれ」
それだけ言い残すと、ホログラムは私の視界の隅でスッと消え去った。見送っている余裕なんて無い。気付けば人形は私の目の前まで来ていた。
「ぐっ――!?」
猛スピードで突っ込んできた人形は、屈んだ体で隠していた拳を伸ばし、私の懐に抉るように捻じ込んだ。ゴリゴリと、内臓を潰されるような感覚が脳に到達した時には私の体は宙に舞っていた。
遅れてきた吐き気。四肢の末端が痺れる。咄嗟に受身を取ったがそれでも殴られた勢いは殺せず、ごろごろと固い床を転がされる。明らかに少年の腕力ではない。
あの身に纏っているマッスルスーツ。私はふと枸杞の事が頭に過ぎった。この子もあの時と同じ、囚われた子ども。
――私は、また殺さなければいけないのか。
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