第43話 ヨモツイクサ計画:前編
タカマガハラ居住区。施設の中央に存在して広大な空間。地上の都市を再現したビル群に今は威圧感を抱いた。酷く青い作り物の空を燃やす地から舞い上がる炎と黒煙を背にそびえる姿は巨大な化け物の群れのようだった。
空に擬態した天井からスプリンクラーの雨が降るが立ち上る炎はそれを嘲るように揺らめいている。黒煙をシェルター全体が全力で換気しているからか息苦しくはなかった。
ふとビルの外壁に設置されている街頭モニターが目に入った。
「コロナ――」
モニターに映し出されていたのはコロナだった。ここの兵士が着ているようなボディスーツに身を包んでおり、その華奢な体が際立っている。
青紫の専用カラーのボディスーツはコロナの瞳や髪色に合わせてのものだろうか、その上に黒地に金の飾緒と威厳のある軍の礼装のような服を肩に掛け、虚ろな視線をこちらに向けている。
「倫理無き廃世の者どもに我ら純粋な人類の力を見せつけるのだ。我々の先祖、このタカマガハラに最初に移り住んだ人々が成し得なかった、地上における国家復興の夢の実現に、この障害を退ける事で大きく前進する。この前進の勢いはすぐさま地上に舞い上がり、瓦礫の底から再び日章旗が掲げられるだろう! 磨き上げられた最新の銃器を手にし、高度な頭脳を持ったアンドロイドの部下を連れ、仲間や家族を殺された英霊達の怒りを叩きつける事は、その魂の慰めとなるだろう!」
モニターの向こうでコロナはタカマガハラの兵士たちを鼓舞する為の演説をしていた。手元には原稿のようなものはない。
瞳孔の開いた光の無い瞳のまま勝利への自信に満ちた表情を一言で表すなら狂気だ。しかし、つり上がった口角や力強く握られる拳に反して、その言葉には何か違和感があった。
どこか、らしくない。
演説という特殊な場面ではある程度決まった口調や話し方になるかもしれないが、なにかそう、言わされているという感じだ。
カメラのある方にカンペでもあるのかと思ったがその目がカメラから逸らされる事は殆どない。
「やつの耳を見てみろ」
一番最初に横浜で会った時と同じ形のヘッドホンのようなものをつけている。恐らくインターカムの一種だろう。だがその考えは早くもバヨネットの言葉で潰される。
「あれは通信手段に用いられるヘッドセットのようなものだが、その実態は特殊なノイズを発信する事で装着した人間を洗脳する装置だ」
「洗脳って、そんな」
「ここの技術なら十分可能だ。それに、技術なんてなくても条件付けだのなんだので人なんて簡単に操る事ができるんだぞ。特にガキのなんでも吸収する頭なんかあっという間だ」
いつも以上に、なにか感情的な口調で話すバヨネット。そういわれ、コロナの家で電波塔の話をしていた時のことを思い出した。確かあの時も、なにか様子がおかしかった。
「あの様子じゃもう自分が自分でなにを口走っているのかも理解してないんじゃねぇのか」
「そんな! どうにかならないの?」
私の突然の感情的な言葉にバヨネットは少し驚いた様子だった。そして少し考えるようなそぶりを見せたかと思うと苦々しく舌打ちをした。その怒りはどうしてか私に向けられた感じはしなかった。むしろ――。
「俺がここを飛び出して地上に逃げた時、同じような状態にされた奴が追手としてやって来た。そいつは俺やお前、そしてあの画面の向こうのガキと同じ、ここの組織によって生み出された存在だった。俺の同期だったのさ」
そこまで話すと溜め息をつき、煙草を取り出した。ふと少しだけ歩き出し、火事で燃え上がる建物に近付くとその火に煙草を近づけた。
「殺したけどな。死ぬその瞬間まで俺と交わした言葉なんざ思い出さなかった。そのくらいあの機械は強力なトランス状態に人間を変えちまう。マジで助けるとか考えているんなら、それなりに覚悟がいるぜ。一度染みついた価値観を洗い流すってのはよ」
バヨネットはそういうけれど、それで諦めたら私はこんな場所にのこのこと戻ってきた意味がない。少しでも私の為にと手を差し伸べてくれたコロナを、今度は私が手を差し伸べてやるんだって。
そう思っていた時には、既に私は駆け出していた。
******
――居住区中央に聳える地表へ繋がる上層と居住区を繋げる高速エレベーターに挟まれる形でそびえるロケットのような形をした超高層建築物。タカマガハラの中枢。
その入り口には大きくアマテルと掘られた黒光りした石版が掲げられていた。その周囲には人間が散らばっている。
そう、文字通り散らばっているのだ。そしてそいつらはボロボロの防護服に身を包んでいたブリガンドだと直ぐにわかった。
四肢が吹き飛び、どれが誰のものかさっぱり分からない。酷い有様に思わず息を飲む。
「なんなのこれ」
その時だった。
「来たな。裏切り者」
「コロナ!?」
思わず声がうわずった。
突然スピーカーのようなノイズ交じりのコロナの声がしたかと思うと突如目の前に先ほどの街頭モニターで見た時と同じ姿をしたコロナが姿を現した。
コロナ本人ではなく、正確には
裏切り者。コロナは確かにそう言った。少し前まで私に好意を抱いていたコロナが、今では私を不俱戴天の仇のような目で私を睨みつけている。それでも光の無い虚ろな目からは感情が感じられない。表情や声色こそ怒りのそれなのに、その怒りすら空虚なものに感じる。例えるなら怒りの表情で作られた人形があったとしてもその人形自体に怒りの感情は無い。外見上の怒りという記号があるのに、実際にそこには感情など無い。立体映像越しだからそう見えるのかもしれないが、さっきのバヨネットの話を聞くとそれだけではないのが分かる。
「まってコロナ! 私は――」
言いかけたその時、半透明な彼の背後から銃を持った兵士が飛び出してくるのが見えた。
私はすかさず銃を構えてその兵士に発砲する。無反動のレーザーピストルは正確に私の狙った部分へと熱線を撃ち出す。胸にレーザーが当たった兵士は胸元から黒煙を上げている……が。
「なんなの、こいつ!?」
レーザーを撃たれてその動きを止めはしたが、その兵士はまたしっかり銃を握り、私に向かって銃を向けている。確実に心臓を撃ちぬいたはずなのに兵士はそれも意に介さぬように白い顔をこちらに向けている。反撃されると即座に判断して直ぐ側の車の陰に飛び込んだ。バヨネットもそれに倣う。
「ヨモツイクサって知ってる? この国の神話における死後の世界、黄泉。その世界に住む鬼達を――」
まるで新しい知識をひけらかすやんちゃな子どものように自信満々な声色で語るコロナ。だがその姿は見えない。
「――彼らがそうさ。死してもボクに付き従う。従順なしもべ達。彼らは生前に同意した上で自分の体を研究に捧げ、こうして今ボクの手足となっている」
私に銃を向けた奴は既に死んでいて、それをコロナが操り操作している。私が撃ってから反撃までに間があったのは命令にラグが発生しているからだろうか。
なんにせよ悪趣味な話だ。同意したとはいえ、死んでもなお働かされる兵士として利用され、体を操られているなんて。
すると側でバヨネットの声がした。
「操り人形が操り人形を使ってお遊びとはなぁ」
「黙れ! 地上のゴミがこのボクを侮辱するか!
だだをこねる子どものように叫びだすとホログラムが一瞬だけ乱れて消滅した。それを合図に、どこに潜んでいたのか物陰からぞろぞろとヨモツイクサが姿を現す。
車のミラーを動かしながらその数を把握している合間にバヨネットは既に敵の懐へ飛び込んでいく。
「バヨネット!」
「ゾンビ狩りの始まりだ。スティーブン・アンドリュースみてぇにヘマすんじゃねぇぞ!」
そう叫びながらもバヨネットは目の前に詰めたヨモツイクサのひとりを瞬く間に切り伏せ、その首を刎ね飛ばした。バヨネットに銃を向けるヨモツイクサにバヨネットは今刎ねたばかりの生首を蹴り上げてそのヨモツイクサの手元に蹴っ飛ばすと同時に別の敵に飛び掛る。
なるほど、そういうことか。私は改めてヨモツイクサの弱点に狙いを定めた――。
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