第42話 清算の刃:後編
女が魔都に行ったなんて噂を耳にしてまさかと思ったが、まさかあの川崎の過保護なオッサンの娘が防壁を抜けて行くとは予想外だった。
いや、噂を聞いた時、俺はどこかで期待していた。奴が辿り着く事を。
地上で俺とやりあって生き残った奴なんて殆どいやしない。殺しを頼まれて殺し損ねた事は一度も無い。ちょっとちょっかいを出すつもりが思った以上にやる女だった。
それにあのクソッたれモグラどもの関係者となると、気にかける理由としては十分だ。
まさか俺や俺と一緒に逃げ出した実験台仲間以外に地上に出てきた奴がいるとは思いもしなかったが、川崎のオッサンから仕事を貰った時、そのオッサン自身も組織の出だって聞いた時は世界は狭いなというよりも、思っていた以上に連中が間抜けなんだなという考えが先に浮かんでしまった。
俺が逃げ出した時に一緒に逃げた奴らは地上に出る頃にはかなりかなり数が減っていたが、強弱の差がどのくらいあろうが雑魚は死ぬというのは地下も地上も変わらない。
そして俺もステアーも強者だったということだ。
俺に殺しの趣味は無い。だが、生と死を賭けたギリギリの戦いは自分が生きているという実感を与えてくれる。そこまでの感覚を与えてくれる相手には永らく出会えなかった。久々に俺を興奮させてくれた女が俺の隣にいると思うと今すぐ死合いと言いたいところだが、俺には仕事がある。
プライベートな事は仕事を終えてからだ。
文明の最先端を行っていた大都市だったであろう高層ビルが立ち並ぶ中に、不自然に建つ和風建築の大きな門。それを背に、国会議事堂の方を眺める。
どちらも時代錯誤もいいところな建物だったが、そういうのを残す程度には当時の人間は伝統や文化といったものを大事にしていたのだろうか。
今の人間も昔の人間も過去の何かに縋っているという点では今も昔も変わらない。大抵の人間は昔は良かっただの、あの時は大変だっただの、喉元過ぎれば熱さも忘れるとはよくいったものだ。
都合のいい思い出に変えてしまう。だがそんな思い出になるのも、当事者じゃない奴の戯言になるか、何かしら良い思い出のひとつでも持っていた奴だけだ。
俺のような人生の半分以上を物として扱われ、狭くて冷たい独房のような場所にぶち込まれていたような男には縋りたい過去や保存したい歴史なんてものは存在しない。俺が過去を笑い飛ばすなら、それは1日の始まりを毎回悪夢で彩ってくれる過去を血祭りにあげてからだ。
――魔都の地下に存在する旧政府直轄大型核シェルターに潜んでいる科学者を皆殺しにしろ。
ピンポイントで俺の復讐心に火を点けた仕事の内容に、一瞬ロハで引き受けそうになった。依頼人も、あの時一緒に逃げた中にいたひとりだったのだろうか。
だとしたら、そんなやつが地上に出てブリガンドの大勢力を作り上げてると思うと人生ってのはわからないもんだ。
俺がブリガンドだろうが聖職者だろうが、金を積まれれば仕事をこなす人間でなければ出会うこともなかっただろう。あんな見た目の奴、あの時に見た記憶はなかったから思い違いかもしれないが。
国会議事堂を囲う鉄柵は経年劣化で簡単に破壊できる。鉄柵と鉄柵の間に立つ白い壁に体を隠し、そっと奥にある議事堂正面入り口を見据える。
隠れて様子を窺っているのだろうが、俺の目には屋内の暗闇の中にいるポンコツどもが見える。俺の隣でステアーも銃のスコープからそれを見ただろう。
先行したチームは建物を包囲した形で俺たちの攻撃を待っている。
じっとりとしていて、それでいて冷たい風が吹き付ける。それは俺たちに吹く神風かはわからないが、あんな雑魚どもで俺を止められる筈などない。
周りのどうしようもない馬鹿どもはどうだか知らんが。
正直こんな仕事ひとりでも構わないと思ったのだが、時には数が必要になる等と言われて部下をあてがわれたが、俺に指揮能力なんぞ無い。だから好き勝手に暴れさせる気だ。
それで誰が死のうが知ったことではないし、下っ端の死は勘定に含まれない。俺のやる事はたったひとつだけだ。
「おい。躊躇するんじゃねぇぞ」
無事なガラスが何一つない車のボンネットに銃身を預け、身を縮めているステアーはスコープから顔を離す。
ステアーの金色の髪が風に揺れた。童顔で、顔だけ見ればまだクソガキにしか見えない。前髪を留める赤いヘアピンが余計にこどもくさくてどうもモヤモヤする。
俺の考えている事など知りもしないステアーは長い眉をぴくりと上げてみせると唇をへの字に曲げる。
戦い以外では感情を隠すという言葉を知らないのかと思う程こいつは露骨に顔に出す。戦いとなると眼力だけで人を殺すような鋭い視線を送るというのにだ。
こいつの本当の顔はどっちなのか、その化けの皮を剥いでみたいものだ。
「お前みたいに戦いを楽しむ為に手を抜くような真似はしないわよ」
「お~、そうかいそうかい。じゃあお手並み拝見といこう」
こいつ、俺の言葉の意味を勘違いしてやがる。こいつは手を抜く抜かない以前に、甘すぎる。少なからずコイツはあの中へ入ってそれなりの待遇を受けたのは間違いない。
横浜に現れたあの紫色の目をしたガキ。あれは確実に俺と同じような実験で生まれたような存在だ。ステアーをスカウトしにきたようだったという噂から多分組織に取り込むつもりだったに違いない。
だが俺の前に現れたステアーは明らかになにか決意を、いや、殺意を持ってタカマガハラに向かおうとしていた。つまり、裏切りにあったということだ。
大方、組織の中の幹部かなんかに疎まれたかなんかだろう。だが組織の人間と親しい間柄になっていたら面倒だ。
肝心な場面で、こいつが引き金を引ける気がしない。それでうっかり殺されてしまったとなると夢見が悪い。
折角の上物を他人の手に渡らせてたまるか。
すらりと刃を抜く。スッと国会議事堂の屋上を見据える。あのスナイパーは邪魔だ。俺が殺る。
無線機で部下に連絡し、邪魔者を排除してから突撃するように命令する。下手に数で打って出ても、アンドロイドの少年兵に足止めされてその間に撃たれるだけだ。
俺とステアーでまず片付ける。奴らに対抗する武器は持っているようだしな。
狙撃銃を背負うと腰からオモチャみたいな拳銃を抜く。見たことの無い形状で妙にゴツいがこれが恐らくアンドロイドの装甲に有効な武器なのだろう。
「そのオモチャであの悪趣味なガラクタをぶっ壊せ。上にいる奴は俺がやる」
「わかったわ」
異常繁殖した左右の植木によってコンクリートと樹木のジャングルと化した廃墟街を真っ直ぐ歩く。国会議事堂に近付き、スナイパーの射程に遠慮なく踏み込んでいく。
――銃声が遠くで聞こえた。そして飛んでくる弾が見える。俺には見える。空気を抉りながら、殺意が込められた細く長い弾が。
息を止め、銃剣を握る腕に力を入れ振り上げる。一瞬だ。僅かに斜めにした刃の腹に飛んできた銃弾を合わせる。刃に触れた感触、それと同時になぎ払うように刃を振るう。
銃弾は刃の腹を滑るように弾道をずらしていき、俺の眉間を貫く筈の一撃は近くの巨大植物の幹に抉りこんだ。
金属と金属がぶつかり弾ける音が鳴った時には既に敵の次弾に合わせられる。この程度で俺を止める事は出来ない。
次弾発射までに少し間があった。何が起きたか理解していないのだろう。それが普通の反応というものだ。さあ、また撃ってこい。若しくは背後にいるステアーでも狙うか。遠くのスナイパーの銃を見るに、まだ俺を狙っているようだ。いいだろう。ずっと俺を見ていろ。
歩幅を大きくし、徐々に歩く速度を上げていく。挑発だ。すぐそっちへ行ってやるぞ。そうスコープ越しに睨みつけてくる敵への挑発。
――ガシュッ。
サプレッサー付きのスナイパーライフルが再び微弱に揺れ、俺へと弾を飛ばす。だが撃とうが無駄だ。
同じ要領で弾を刃に乗せて受け流し、弾道をずらして今度はアスファルトに突き刺した。
歩く速度を強めていく。助走に近い、そこから軽く速度を強める。三発目の弾丸を弾き飛ばした時には既に国会議事堂の正面門を抜けるところだった。流石にステアーはついて来れずに大分後方にいるようだが気にしない。最初から当てにはしていないのだからな。
異常に気付いたガキの姿をしたアンドロイドの兵士が暗闇の中から姿を現しこちらに銃を向ける。だがもう遅い。一番前に出てきたガキの頭を跳躍して踏みつける。飛び上がり、もう一体の方をまた踏みつけ飛び上がる。議事堂の壁に靴を擦りつけ、二階へ、三階へと飛んでいく。
バキバキと背後で機械が割れるような激しい破壊音が聞こえたが恐らくステアーが出てきたアンドロイド兵士を破壊し始めたのだろう。
足に力を込め、一気に飛び上がると同時に、屋上にいたスナイパーの構える銃身を蹴っ飛ばした。
明後日の方向にスナイパーライフルは空虚な発砲をする。体勢を崩したスナイパーの顔は防護服のヘルメットであまり見えなかったがそんなものを着ているという事は生身の人間である事は確かだ。
振りかぶった銃床で俺に対抗しようとするが甘い。強引に銃床に銃剣を着きたて、メキメキと音を立てて突き刺さった銃を捻りあげて引っ張り込む。
慌てて銃を手放したスナイパーを見て、銃剣に突き刺さった銃を振り落とす。足元に落ちた銃を蹴っ飛ばしてスナイパーから放すとスナイパーににじり寄る。一瞬肉薄した相手に片手の銃剣を突きつけながら薄ら笑いを浮かべ、相手に恐怖心を植え付けると相手は露骨に動揺して腰の拳銃を引き抜いた。だが俺にとってはそんな動き、地面を這うなめくじよりも遅い。
銃をこちらに向けた瞬間、姿勢を低くして間合いを詰め。銃を持つその手首を長い銃剣で切り払う。防護服ごと切断した手首はわずかな血を滴らせながら灰色の床にゴトリと落ちた。
「っ!? ぐぅぅぅぅ!」
動揺しても声ひとつあげなかったスナイパーも、流石に手首を切り落とされれば悲鳴もあげる。だが必死に声を押し殺そうとして、低い獣の唸り声のようになっていた。目の前でずりずりと摺り足で後ずさる姿を見て、下からよじ登ってくる高揚感を我慢する。舌なめずりは獲物を完全にぶち殺してからだ。
外から、下の階から激しい銃声と雑魚を殺して息巻いてる馬鹿な奴らの声が聞こえてくる。内部にまで入り込めたようだ。ステアーが先攻してきた機械どもを始末したようだ。
スナイパーは俺から逃げようと息を整えながら走り出す。走る体力がまだあったのかと少し驚いたが所詮防護服に身を包んだ重装備、俺からしてみれば競歩してるようなものだ。直ぐに追いつくと膝裏を蹴っ飛ばして体勢を崩させ、マスクをつけた後頭部を鷲掴みにすると床に叩きつけ、フィルターとガラスを破壊した。こうなってしまえばコイツはもう終わりだ。俺がトドメを刺さずとも大気汚染によって肺がやられて死ぬか、手首の失血で死ぬかだ。ここから地下に逃げようとしても下にはもう敵しかいない。
「アンドロイドなんかより大分やると思っていたが、まぁ、そこそこだったぜ、オッサン」
「ごふっ! ごほっ! かはぁっ! て、てめぇ――」
呼吸ができなくなってくる恐怖と切り落とされた手の痛みに顔を歪ませる。
「俺だから捌けたが、他の野郎どもに任せていたらあんたひとりで何十人も道連れにしてただろうな。下のアンドロイドを囮にして、な」
息絶えるさまを見る為に、壁に背を預け、オッサンを見下ろしながらタバコに火をつけた。オッサンはごろりと体を転がして仰向けになると切断された手首を押さえながら俺をジッと睨みつける。言わずとも分かる。なぜ殺さないか。そう言いたげな視線に俺はくつくつと笑って見せた。
「クッ、フハハ……。お前には怨みは無いがな。お前の上の連中に借りがあってなぁ。せいぜい苦しみぬいて死ねよ」
「バヨネット! 大丈夫か!?」
俺が背を預けていた壁のすぐ隣の扉が激しく開かれるとステアーが飛び出してきた。なんだコイツ。まさか俺がやられるとでも思っていたのだろうか? 思った以上に他人の力量を測れないのか。ヤレヤレ、と俺に背を向けたまま床に倒れた男を見て固まるステアーに向けて紫煙を吹きつけた。その煙で漸くこちらに振り返る。その表情は悲しみとも驚きともつかない、なんともいえない表情だ。
「バヨネット。これは――」
「見りゃ分かるだろ。サクッとやっただけだ」
「そうじゃない!」
なにを言っているのかまるで分からない。ステアーは俺の顔をひと睨みすると、仰向けに倒れるスナイパーのそばにしゃがみ込んだ。
「バヨネットだけ狙って、射程内にいた筈の私に目もくれなかったのは何故? 私も敵だったんじゃないの? 石松――」
「ごほっ、ぐっ、ははっ。男にやられるところを見られるなんて、情けないところ見られちまったなぁ。ごほっ」
咳に血煙が混じりだす。もう持たないだろう。このオッサンはステアーの知り合いだったのか。どおりで俺ばかり狙ってたのか。ステアーも、このオッサンも、戦場に情を持ってくるとは、馬鹿な奴だ。そう思いながら、ふたりを眺める。
その時、空から白い粒がふわりと落ちてきた。死の灰、か――。追い討ちとも言える天候の変化に、世の中は弱者に容赦ないなと苦笑した。この世に神がいるならば、そいつは相当趣味が悪い。目の前にいたならばぶっ殺してやりたい程に。
灰が降ってくる空を見上げていると、一発の銃声が間近で聞こえた。それがなんだか分かっていた。
ステアーはいつの間にか短機関銃を抜いていた。僅かに白煙が上がっている。ステアーの体に隠れて見えないが、そういうことなのだろう。
「やれやれ、慈悲深いこった」
そう言い残し、俺は議事堂の中へと入る。ステアーの顔からまだ何も決心ができていない事が分かって俺はどこか失望していた。
あんな甘っちょろい奴、この世界で他にいねぇわ。
小さな舌打ちが、暗い構内に消えていった。
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