第40話 無責任な支配欲:後編
急いで来た道を引き返すのは敵の思う壺だ。
舘泉が殺し損ねた相手をむざむざ逃がして放置するような性格とは思えない。
今、タカマガハラに向かっているブリガンドを見下しているだろう奴は、こっちにまで何か手を回してくる可能性は大いにある。
それに、コロナには悪いが銃や爆弾なんか目じゃない、レーザー砲なんかで背後から吹き飛ばされたらひとたまりも無い。電波塔の地下で埃を被った箱にぎっちり詰まっていた爆弾を使い、レーザー砲の制御室と思われる部屋を爆破する。
轟音を背に、爆破装置をアスファルトに放り投げると間もなくして歩き出す。
新たにサタンから頂いた銃と、倉庫から拝借した狙撃銃を得て、TMPにも使えそうな弾も大量に手に入れた。これであらゆる距離でも銃を持ち替えて戦えるし、強力なサイドアームも手に入れた。それに、横浜からずっと捨てられずに持って来たバヨネットの銃剣もある。刃物ひとつあれば何かあった時に役に立つ。結局ここまで一度も抜いていないが。
どうしても刃を見るとあの時の戦いやあの薄気味悪い笑みを浮かべたバヨネットの顔が脳裏にチラついてしまう。横浜でのあいつが酒場で話していた事が、今を生きるには適しているかもしれないけれど、私は、どうしてもあそこまで割り切って物事を考えるのは苦手だ。相容れない考えに一々反発するのも疲れるだけだから考えないようにしているが……。
「チッ……」
腰に差した銃剣をひと睨みして舌打ちを漏らす自分を後から大人気ないなと思って早々に後悔する。
なぜ今になってあんな奴を思い出すのか。今はブリガンドよりも早くタカマガハラに戻って舘泉が手を回す前に中に戻ってコロナの安全を確認してから奴にひと泡ふかしてやるのが先だ。そう上手く行く気もしないけれど、命を狙った罪の代償は命と言う地上の生き方で育った私だ。殺されかけて泣き寝入りや、法の下に裁くなんて甘っちょろい事なんてする気は無い。
硬いアスファルト。何がどうしてこうなったのか分からない、隆起した道路を進む。行きはサタンの背を追いながら進んだ道をなんとなくだが体が覚えている。
周囲の物音に耳を傾けつつ進む。目に入らない何か、に対してこちらから先に行動を起こすには鼻と耳に頼るしかない。幸運な事に風は弱く、遠くの砂埃が舞い、砂利が地面を転がる音も聞き取れる。
ひとり、ふたり。遠くで足音がする。独特な二足歩行で歩幅が狭く、重い足音。短い間だったが、奴の足音は覚えている。本当に、全く同じ足音だ。
中に入れそうなビルを探して上から奴らを見下ろすように待ち伏せる。手に入れた狙撃銃のスコープを双眼鏡代わりにターゲットを探す。
自分のいる所より低いビル。縦に半壊して階層の断片が見える所にそいつらはいた。サタンだ。それもふたり。私と同じように、相手を上から狙う気なのだろう。だが、位置取りは私が制したようだ。このまま頭を吹き飛ばしてやろう。セーフティを外して狙いを定めなおし、トリガーに指をかけた。
「なに……あれ?」
そのままトリガーを引く前に、思わず口に出してしまった。そこには正に悪魔のようなサタンの姿があった。
翼だ。急に背中が膨らんだかと思うと人工皮膚の破片を飛び散らかしながら鋼鉄の骨組みと皮翼のような黒い幕の翼が広がったのだ。関節部にマニピュレーターがついており、コウモリの翼を模しているようだ。その翼の出現の仕方の気味の悪さに思わず息を飲んでしまった。その時だけは私はメルヘンや神話の世界にいたらしい。
口が半開きになっていると、ひとりが突然その翼を広げて風に乗って隣のビルに飛び移る。体自体が機械の塊だ。それなりに重さがある筈だが軽がるとその体は風に乗り、苦も無く道路の上空を滑空していく。だが、着地に硬直が生まれたのは私にとってはチャンスに他無かった。
飛んだサタンの方を反射的に追っていた私のスコープは着地で前のめりになっているサタンの頭頂部をしっかりと捕らえていた。
カシュッという乾いた発砲音。サプレッサー付きの狙撃銃はマズルフラッシュも小さく、消音効果もかなり良かった。威力も十分。サタンの頭にどでかい風穴を作ると、モルタルの床に沈み全身を痙攣させる。排莢された薬莢が窓枠にカツンとぶつかり外へ落ちていく。始末した奴を眺めている暇は無い。次弾を薬室に送り込みながら直ぐにもうひとりに照準を合わせる。が、流石機械と言うべきか。やられた僚機を気にも留めず、スコープで捉えた時には既に向こうはこちらに口を開けている。口内レーザー……!
急ぎ発砲するが、レーザーの発射は私が思っていたよりもずっと早かった。いや、私の発砲する速さを計算して出力を下げて撃ったか。撃つと同時に身を屈める。
ハンマーで岩を叩き割るような音と共に、窓枠の上部が破壊され、レーザーは天井をつき抜け私の頭上から蛍光灯の欠片や砕けた石膏が降り注ぐ。咄嗟に転がって破壊された天井の真上を避ける。弾は奴に当てた感触はあった。命中を確かめたかったがレーザーが余計な所を破壊したのかビル全体が嫌な音を出して揺れ始める。崩落する……!
サタンの攻撃を私は避けたと思っていたが、もしかして建物ごと潰そうと狙って撃ったのだろうか。そんな事を考えながら、崩れ落ちる天井を横目に素早く階段を駆け下りた。
路上に出てもそのまま走る。狙撃銃を肩に掛け、念のためにレーザーガンを抜くと周囲を警戒しつつ、ビルに潰されないよう、出来る限り急いで走る。
それは突然の事だった。目の前の地面に突然小さな穴と火花が散った。それを即座に銃撃と判断し上に銃を向ける。サタンだ。人で言う左脳辺りを吹き飛ばされ中の機械が露出しているが、よろよろとした動きで私に銃を向けている。照準が定まっていないのか私を殺せたチャンスを逃したようだ。
レーザーガンの弾道は正直だった。私の放ったレーザーは左端の顎を捉え、首を吹き飛ばした。頭を失ったサタンの胴体は重力に引かれて倒れ、アスファルトに向かって落下すると嫌な音を立てて動かなくなった。機械でも人口皮膚で覆われた体だ。バチバチと青白い光を放ちながら金属部分を露出させていなければ飛び降り死体と大差ない見た目と音に少しだけ背筋が寒くなった。
背後でけたたましい音と共にビルが崩れる。なんとか巻き込まれず済んだようだが、休んでいる暇は無い。刺客を送り込んできた以上、舘泉の殺意は本気だし、万が一ブリガンドにタカマガハラ侵入を許せばコロナがどうなるか。舘泉にはプロパガンダに利用され前線に立たされる事もありえるし、ブリガンドが子どもだからといって見逃してやるなんて慈悲など持ち合わせているはずも無い。コロナには本当の仲間なんていないのだ。そう思うと、コロナの言った言葉が過ぎる。
〝ボクはね、ずっと独り、独りだったんだ〟
〝絶対、絶対離さないから……!〟
あれは、内心コロナは気付いていたんじゃないのだろうか。自分の立場に、今ある状況に……。
なぜこうも私がコロナを気にしてしまうのか、自分でもわからないけれど、私は自分の気持ちを信じる。何としても生きてタカマガハラに、私は戻る。舘泉の野望の為にこどもの命を弄ばせはしない。
倒れたサタンの体を弄り、レーザーガンのバッテリーを抜き取ると、急ぎタカマハガラへの道を駆け出した。
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