第4章 正しさよりも信じるもの
第39話 無責任な支配欲:前編
握り締めたお守りは硬く、冷たい。氷の塊のようだ。だが、これまでの道のりで溶けないならば、この中身はただの氷なんかではない。布越しに、細かな凹凸を確認できた。これは……。
正面の見やる。意思のある雇われ傭兵であれば、口八丁でこの場を乗り切れるだろうが、相手は完全にその制御を乗っ取られた機械だ。こちらに殺意を向けている以上、どうにかして破壊するしかない。
サタンの体を借りた舘泉がスピーカーの向こうで汚らしい含み笑いをしている。状況が状況だ。ほぼ確実に殺せる相手を前にしたらそれは笑いたくもなるだろう。
でも、私はこんな所でくたばる程、この廃世を温く生きてきたわけじゃない。
<さあ、答えを聞こう。投降するのかね? 私は忙しい。君ひとりに割いている時間は無いのだよ>
答えなんて決まっている。そう、たったひとつしかない。
私はお守りを握り締めながら、片眉を上げてニヤリと笑い返した。挑発だ。自分が勝った気になっている奴は相手が笑っていられる余裕を見せつければ大抵――。
<……何がおかしい?>
――怒りを露にする。
舘泉の声は先ほどまでの余裕はどこへやら、怒りで若干震えている。怒りは人の思考を先走らせたり単純化させる。
光線銃であるならば、弱点は分かっている。この手の光学兵器は弱点が多い。巨大な光学兵器は見たことが無いが、それでもそれらが抱えていた弱点がサタンが握っている小さな銃にも残っているのであれば、その対策は簡単だ。
私は思い切り足元に積もった埃や砂を蹴り上げた。
<!? 悪あがきを、死ぬがいい!>
光学兵器の弱点は雨や塵だ。空気に触れている時点で大きく減衰する光線は、熱の塊だ。だがその通り道に雨や塵といった物があれば、銃弾と違ってそれだけで威力が弱まっていく。
銃よりも圧倒的に弾速や威力に恵まれていようと、悪天候や特殊な環境では実用性に欠ける。
地面を蹴り上げるとすぐさま身を屈めて地面に落ちたTMPを拾いつつ、的を小さくする。それが機械相手に意味があるか分からないが、対人相手にする行動をついとってしまう。
サタンの指は躊躇無くトリガーを引く。だがトリガーを引いて即発射にならないのは実弾との差だ。
身を屈みながら、落ちている銃は見ない。視線をサタンの銃に向けながら、落ちている銃に手を伸ばす。そしてサタンの持つ銃から一瞬、閃光が走る。
「くっ!」
私の動きに咄嗟に反応するサタンだがその銃口は私の胸元を捉えている。思ったより早い。
<どう動こうが無駄だ!>
ここまでかと目蓋を閉じる。しかし、落ちた銃はしっかりと広い握りこんだ。半分自棄になりながらその銃口をサタンの穴の開いた腹部に向かって撃ち込んだ。
私の銃声とサタンの銃声が交わる。
フルオートにした私のTMPが火を噴く。サタンの銃声を飲み込んでいく。
撃たれたのに、痛みは感じなかった。
目を開く。そこには赤い線が蜘蛛の巣のように、毛糸の繊維が解けて散らばるように空中に散っていく。赤い花火のような光の帯が、私の体を避けて通り抜けていく。
何が起きたのかわからない。それは舘泉もそのようだ。
<な、なんだと……!>
「なんだか分からないけど、その銃は役に立たないようね」
形勢逆転だ。私が舞い上げた砂埃は光線の威力を下げる事にあまり貢献した様子は無かったが、銃の不調か、最猛勝にトドメを刺した威力の光線が私の体を焼き貫く事は無かった。
私が撃った銃弾も狙った所に当たらなかったが、直ぐにその違和感に合わせて弾道修正する。
ほぼほぼ銃弾をサタンの体にぶち込むと体を震わせながら地面に崩れ落ちた。油断せず、素早く弾倉装填を行う。
ビクビクと体を痙攣させているように見えるのは恐らく下半身に繋がる制御系等がいかれたからだろう。ぎこちなく足を動かすサタンにゆっくり近付く。まだ手は動くのだ。
倒れる拍子に地面に落ちたレーザーピストルに手を伸ばしかけているサタンを見て少し慌てて駆け寄り、落ちた銃を先に拾い上げ、その銃をサタンに向けた。実弾がその表面の装甲に効かなくても、この銃なら通用するかもしれないからだ。
「子どもの姿をしているからって、私が躊躇すると思ったの?」
<くっ、これだから野蛮人はこちらの常識が通用しない。だから面倒なのだ。やはり滅ぼさねば……>
「なに、どういうこと?」
聞き捨てなら無いことを聞いた気がして、レーザーピストルのトリガーにかかる指に力が入る。
サタンの体から発せられる舘泉の声は、先ほどと打って変わって余裕の口調で語りだす。灰色の空の下、白いタイルに倒れ、無様に体を震わせている者は、あくまで操縦している機械に過ぎないからだ。頑丈な体だ。破損箇所以外はまだ動くようで、這って動こうとする。私はサタンの腕をレーザーピストルで撃つ。
数発撃って、関節部を正確に打ち抜く肘が焼き切れ、ゴトリ、と音を立てて落ちた。断面図から火花が散る。
<我々が地上に出た暁には、お前達地上に巣食う脳まで汚染された非文明人など教育する価値も無い。我々の生存圏を広げる為に全て焼き払ってこそ世界は秩序の下に復興する……!>
「野蛮なのはどっちか分からないわね。コロナを操って組織を支配し、その上地上まで支配して、何を企んでいるのかしら?」
この舘泉とか言う男、ただの野心家にしては過激過ぎる。コロナを使っている辺り組織を実効支配する気は無いくせに、しかし組織を肥大化させて地上まで支配しようとする。こいつの狙いがまるで分からない。
舘泉はサタンを操作するのを諦めたのか、その動きがピタリと止まった。これが人間だったら腹にばっくり穴が開き、両腕が吹き飛んだ子どもだ。確実に死んでいるだろうが、その口から放たれる舘泉の声は健康そのものだ。それが腹が立つ。どこか他人事なのだ。
横浜に置いてきたジャッカー。あれは私ひとりで直せる技術は無いし、道中破壊されても持って運ぶにはいざと言うとき邪魔になると判断して置いてきた。あれもまた財産だから。取りに戻るチャンスは無かったかもしれないが、自分の目の前で壊れる所は見たくなかった。
物資の少ない中生きてきた私達は兵器、武器も財産だ。壊れては直し、奪われては奪い返し、修復不可能になるまで使い倒す。それが普通だ。しかし、この壊れたらまた作ればいいみたいに……。
<まだ分からんのか。私達タカマガハラのような組織が、この日本だけに存在すると思っているのかね?>
「なんですって……?」
<その内他国に存在する地下組織が文明も防衛力も失ったこの国を侵略しに動くだろう。それが明日かもしれないし、何十年も先かもしれん。我々はその脅威を排除し、地上に再び日の丸を掲げるのだ。それにはお前達のような無知で野蛮な不穏分子は不要なのだよ。今現在の事しか考えられない者どもには理解できんだろうがな。お前らのような向こう見ずが国を内側から腐らせるのだ>
鼻息荒くご高説を垂れる老人と言う構図は今の時代でも見かける光景だ。舘泉が言うほど地上の人間と昔の人間はそう変わらないのかもしれない。
正直言われたことそのものは認めざるを得ない。今の生にしがみつくだけで精一杯なのは確かなのだ。
でも、そうだからこそ。今を壊そうとするこいつは許せない。
私はコロナに導かれてタカマガハラに居場所を見出した。しかし、それ以前に、望が生きる世界、枸杞が生きた世界、蛭雲童がやり直す世界、理緒がこれから紡ぐ世界を、壊させるわけにはいかない!
「ならなぜ自分が組織のトップとなって指揮を執らずに子どもに任すの? 崇高な思想だと思うのなら、自分で動けばいいじゃない」
それは私の純粋な疑問だった。コロナが大きな組織を纏めるリーダーだなんて中世の世襲制の国でもあるまいにと考えていた。意図的に子どもを祭り上げる理由があるのか理解できない。意図的に作り出した者とは言え、子どもの頃からいきなり担ぎ上げることに意味があるとは思えないからだ。
そんな疑問も舘泉は鼻で笑い、見下ろされている立場の癖に見下した口調が飛び出す。
<私のようなただの研究員がいきなり組織の全てを掌握するほどの権力を得られると本気で思っているのかね? あまりにも非現実的だ。だったら自分の手で作り出した者を指導者として立てた方が良い。いずれ地上に進出する組織だ。地上の汚染に耐え、それまでの人類が発することの出来ない力を持つ新人類だよ。優秀な頭脳、老いもしない体、人を惹きつける美貌、人類の夢だ。これ以上組織を率いていくのに適した逸材はおるまい>
老いも、しない……?
この男はどんな研究をしてそんな人間を作ったんだ。それより、コロナはずっとあのままなのか……? 大人になる事も無く……。
どういう事か聞きたかったが、今はそんな事を聞いている場合ではない。
「理解はしても、それに同調する気は無いわ」
<ならば、話は終わりだ。今から戻ろうとは思わんことだ。向かってくる地上の馬鹿な雑兵どもと一緒に始末してやる>
「コロナがあなたに逆らっても、そうやって始末して次を探すのかしら」
<それはありえんよ。コロナにはナノマシンと調整ヘッドホンによって感情と思考を支配している。まぁ、コロナ本人にその自覚は無いと思うがね。あくまで自分の考えでものを言っていると思っているのだ。下手に自我が強くなる前の純粋な状態からの教育と機械による脳の制御だ。あんな想像を超えた優秀な被験体、そう手放す筈もなかろう。お前のような、放射能汚染に耐性が付いただけの老いる失敗作と違ってな……ふはははは!>
「被験
<彼の名前の意味を知っているかね?>
「なに……?」
<我々が造り出した新人類はプロジェクト毎に法則性のあるコードネームが与えられる。ただ番号を振るだけの部署もあるがね。私のプロジェクトで作られたものは皆〝陰と陽〟を表すコードネームを与えられる。月と太陽に関する言葉から乱数によって選ばれた識別コードだ。分かるかね? 君が何気なく名前だと思って呼んでいた新月コロナとは所詮我々が管理する上での番号でしかないのだよ>
音割れするほど高笑いしながらとんでもない事を口走る舘泉。
子どもの感情を支配して完全に自分の言いなりにする。その非人道的な所業に、私は私の感情を抑えられなかった。
その高笑いが鼓膜にこびりつくその前に、私の怒りが光線となってサタンの頭を吹き飛ばしていた。硬い素材で出来た頭部は人工皮膚の焼けるゴムのような悪臭と焦げ臭さを放ちながらもその装甲が勢いよくはじめ、鉄板が弾ける音の中に奴の声は掻き消えていった。
「はっ……クソッ!!」
吐き捨てるように罵声を浴びせながらも銃をしまう。大きく息を吐いて、また吸い込む。肩で息をするも直ぐに体は平常を取り戻す。
さっきのレーザーの拡散の原因が何だったのかわからないが、今身の回りにあるもので思い当たる事がひとつあった。首にかけたお守りだ。中には機械的な何かが入っていたのは明らかだ。袋を慎重に開き、中身を手の平に出してみる。
それは手に平に納まる程度の立方体の鉄の塊だ。黒く塗装されていたのが所々剥げているが、その表面に日本軍の文字が読み取れた。
指の形をした図が記されたディスプレイに〝電磁場展開時間限界〟〝強制終了〟の文字が点滅している。幾つかのスイッチを見つけ、とりあえず電源を落とした。望のお守りは実際に私を守ってくれた訳だ。
「……サタン、あなたの銃の威力、私が保証するわ」
予定が大きく狂った。1度、電波塔に戻って地下の倉庫からもう少し色々武器を調達しなければならないようだ。
あの組織からみんなを守って、そしてコロナもあんな所から連れ出してやる。ずっと誰かの言いなりのまま、死ぬまで使役される人生なんて絶対に歩ませるものか!
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