第38話 悪魔と悪魔と悪魔:後編
魔都の洗礼を受け、疲労を実感しながらも瓦礫を縫うように歩みを進め、電波塔に偽装されたレーザー兵器の前に出ることができた。
私は無傷で済んだものの……。隣を歩くサタンを見る。機械の体でなければとっくに死んでいるような損傷具合だ。姿勢制御をするパーツでもやられたのか、損傷した下腹部から下の動きが少しもたついている。何とか私の歩みについてきているような状態だ。それに、左腕もだらんと肩から垂れ下がっているだけで、風に揺られているだけだ。
サタンの右手に手にしたままの銃を見る。パッと見、チープな子供向けの玩具のようなデタラメな形をした銃だ。パッと見白く塗ったH&K Mk二三のように見えるが排莢口が見当たらない。着脱式のレーザー・エイミング・モジュールもどうやら標準装備なのか繋ぎ目も見受けられなかった。そもそも、私のTMPは文明崩壊前からタカマガハラが溜め込んでいた骨董品をたまたま改修した物を借りているだけで、現役で使われている兵士のようなアンドロイドに持たせる武器にMk二三はありえないか。
「試作品のレーザーピストルですよ」
私が横目で銃を見てたのを察したのかサタン自ら銃の事を話す。私は自覚無しにじろじろ見てしまったのかと思い少し恥ずかしくなった。
「試作って危なくないの? 光学兵器の仕組みなんて知らないけど」
「そういうのを確かめる為に僕のようなアンドロイドがいるのです。人間が使っても良いと判断されたら、正式採用されます」
サタンのような殆ど人間に見えるアンドロイドもそうだが、人間が携帯できるほどに小型化、しかもハンドガンサイズにまで縮小させた武器を開発できるタカマガハラの技術力は驚かされるばかりだ。地下に広がる町もそうだが、彼らは世代交代しながらも文明崩壊後もずっとあの限られた空間の中で、自分達の技術を進化させ続けてきたのか。それもこれも再び地上に出る為に。
非戦闘員を含む大移動となれば魔都の地上部分の厳しい環境を抜けるのは難しい。それゆえの過度ともいえる技術と武力の強化と言うことか。
はめ込みの硝子は悉く割れており、入り口の上にあるネオン文字は全て割れ、その枠も何文字か抜け落ちている。
塔を見上げれば太い鉄柱が幾重にも重なり、螺旋を描きながら厚い雲を貫きそびえ立っている。流石軍用施設に偽装していただけあってか、核爆発や過酷な環境を耐え抜いた頑丈さが、返って一気に倒壊しないものか心配にもなった。こんな骨組みが露出している細長い高層建築を見たことが無いからだ。
しかし、ここまで来て怖気づいている訳にもいかない。
胸に差したL字ライトを点け、暗闇の広がる中へと進む。
――隠された地下の軍事施設はサタンが道案内をしてくれたおかげで、難なく施設内に入ることが出来た。
しかし、発電機なんて施設の心臓部なんて入って直ぐの所にあるはずも無く、私達は埃積もる暗い通路を進み階段を使い更に下へ下へと向かっていく。サタンには施設内の地図が頭に入っているようだ。
進んでいる途中、倉庫と書かれた扉を幾つか目にした。それは倉庫A、B、とアルファベットが振られていて、ここは非常時には多くの物資が運搬される予定だったのだろう。
サタン曰く、全く備蓄が無い状態などは無いはずなので、当時から残された銃器や弾薬なんかがあるらしい。
最猛勝を見て思ったが、通常の弾薬が通用すれば良いがそれこそ鉄鼠のようなワンホールショットなんてしても通用しなさそうな奴が出てくるかもしれないし、ここで
物資漁りと現地改修はサバイバーの必須スキルだ。私は早くも施設内の物資を頂いて帰ることを考えながら、私は先を行き案内するサタンについて歩いた。
「ここです」
サタンが足を止める。その前にはハザードマークと発電機と書かれた鉄の扉が私のライトで照らされている。
鉄の扉に見えるが、恐らくハザードマークからして鉛も混ざった扉だろう。緊急時を考慮してか電子ロックではなくアナログの鍵穴のノブがあるだけだ。
「鍵は?」
「持っておりません。恐らく施設内のどこかに。探しますか?」
そう言って、ぎこちない足取りで後を戻ろうとするサタンの肩を掴み、制止すると私はドアの前に出る。
前髪に留めているヘアピンを外すとしゃがみ込み、ドアノブの鍵穴を弄り回す。
ガチャン、と重い鍵のおりる音がして私はドアノブを捻った。やはり重かったが、重い音と共に永らく封じられていた扉が開かれた。
「さ、行きましょ」
「……はい」
目蓋をぱちくりさせてサタンは一瞬、戸惑った、のだろうか……? 以外な一面を見た気がした。
中に入るとやはり中も真っ暗だったが、ライトで照らすと部屋の中央に金網のフェンスに囲まれた発電機が鎮座していた。
かなり広い部屋の筈だったが、発電機のサイズギリギリで設計されたのか、壁際に机と戸棚が幾つか並んでいるだけで、他に何か置けば人の通るスペースもありはしない。
私は真っ直ぐフェンスに向かう。フェンスの中に開閉できる扉を見つけるも、今度は南京錠でロックされている。だが、こんなものでは私の侵入は阻めない。私は再びピッキングを試み、僅かな時間で鍵を開ける。
扉を開く時、ふと視線を感じて振り向く。サタンだ。サタンが私の手に持つロックピックをじっと見つめている。
「どうしたの?」
「人間の手は器用ですね」
「あなただってそうじゃない」
そういって私は再び髪をヘアピンで留める。サタンはふと自分の壊れた腕を見て、ポツリと呟いた。
「いえ、私は物を掴む、引き金を引く、タイピングをすると言う事は出来ても、そういう指先や腕全体で行う繊細な動きは出来ません。そういう性能は求められていないので」
「……そう」
私は発電機の起動端末を見つけ、金属の蓋を開く。幾つかのレバーやメモリが見えたが、ご丁寧にも起動手順が刻まれたプレートが鉄板に打ち込まれている。
それに従い、私は慎重に復旧作業を行い、最後のレバーを引き上げた。その途端、ゴウンと言う重苦しい音が部屋中に響くと同時に、部屋の照明が点灯した。復旧に成功したのだ。
これでタカマガハラから遠隔操作でレーザー砲を動かせるだろう。これでブリガンドに対抗できそうだ。何発も撃てるのならば、魔都のミュータントも退治できるかもしれない。そうなれば、あの地下の中でずっと住んでいる人々も、本物の空を見れる時が近付くかもしれない。
「復旧作業、お疲れ様です」
「どうも。さて、ちょっと倉庫寄る時間はあるかしら?」
「私は命令される事が仕事です。寄り道の許可を出せる立場ではありません」
そういいつつゆっくり部屋の外に向かって歩き出すサタン。融通は利かないようだ。と、思っていたが部屋を出たところでサタンは壁にもたれながらこちらを向いた。
「レーザー砲が稼動した今、ステアー様の手を煩わせるような事にはならないでしょう」
気を遣う事は出来るらしい。気が利く戦闘用アンドロイドか、末恐ろしい。
遠慮なく、私は機械の少年の厚意に甘えることにした。
幾つかのAP弾と、大量に立てかけてあった豊和クラシックライフルのボルトアクションライフルを使える部品だけ組み合わせて出来た物をヘビーバレルと取り替える。
結局使わずに終わったが、遠征に重い銃はやはりスタミナを削る。
新しい銃事態もフレームやストックが肉抜きされていて軽いが、バレルが重いせいで重心の向きが少し慣れない。しかしそれも使う内に慣れるだろう。
私とサタンは地上に上がる。地上は地上で埃と違った煙たさがあったが、地下の息苦しさよりは大分マシだ。
「さあ、帰りましょう」
「……」
新しい銃と銃弾と言う報酬に胸を躍らせて歩き出す。
カチャ――。
背後から、気配がした。
そう、それは銃口を向けられている気配。殺気とは違う。だが殺気が無い故に気味が悪い。
咄嗟に私はTMPを抜き放つが、その気配に振り向くことが出来なかった。振り向いた瞬間、確実に撃たれる。
<ご苦労様でした、サタン、でしたっけ? 役に立ちましたか?>
枯れた男の、底意地悪い声がノイズ混じりに聞こえる。その声は聞き覚えがあった。
「……発電機が動いたから、サタンの体を使ってまで感謝したかったのかしら? ……舘泉さん?」
銃は握ったまま、両腕を上げつつゆっくり振り向く。
そこには、光無き眼で私を見つめるサタンが、私に向けてレーザーピストルを向けている姿があった。その銃口は確実に私に向けられている。それまではなんとなく感情があるような気がする程細かく動いていた表情も無く、それはまさに中身の無い人形のように見えて私はサタンを初めてただの機械人形として見ていなかった事を自覚し、そしてサタンを哀れみの目で見てしまった。
例えプログラムで作られた人工知能とはいえ、その疑似人格すら必要無くなれば抑え込まれて自分の体を他人に利用される。その現実が悲しかった。
<ああ、おかげさまで、永田町に向かってくる愚かな人間モドキは一掃できそうだ。感謝しよう、失敗作>
コロナがいない事をいい事に憎悪に満ちた悪態をつく舘泉。やはりこの男、コロナを組織の頭に担ぎ上げておいて、上手く自分の思い通りにコロナを利用するクズ野郎だったか……!
サタンはぎこちなく口を動かすが、その口からは鳥のさえずりのような少年特有の声はせず、長い時を生きて性根腐り果てた老人の声が耳障りに流れ出す。
<地上の穢れた地で育ち、しかも我々の研究の失敗作であるお前に、コロナ様の側にいられては教育上よろしくない。ましてや、今後の日ノ本の未来を担う新人類の原初の母となるなど、ありえんことだ>
「さっきから失敗作失敗作と失礼な男ね。やはりアンタ、コロナを利用して組織を自分のものにしたいのね。コロナに何をしたの?」
<何、ナノマシンで感情と思考の操作をしているだけだ。彼は選ばれし者。その体は老いることは無いが、まだ精神は子ども。そんな子どもは、我々大人が導き、そして組織を繁栄させなければならん。貴様はイヴではない。誘惑する白い蛇。悪魔なのだよ。これ以上コロナ様の感情を刺激されては組織の、人類の未来に損害が出る……>
そう言い、舘泉はサタンの体を操作し、銃口を私の心臓に狙いを定める。戦闘用だ、位置を指定すれば正確に狙い撃ってくるだろう。
「はっ。悪魔はどっちかしら。アンタこそ組織を手にする為にコロナの心を弄ぶ悪魔よ。私は、子どもの心を弄ぶアンタみたいなクズを絶対に許さないわ」
啖呵を切ったが、有効射程距離内どころか至近距離で銃を向けられている。
両手を挙げたまま、右手にはTMP、左手は素手、肩にはHCR改(豊和クラシックライフル改造版)、グレネードが四つ、アーミーナイフ一本。サタンは満身創痍だが、その装甲は健在。AP弾の至近距離射撃や空いた腹部へのグレネードは有効だろうが、どっちにしろ攻撃する隙が無い。
冷や汗が額を伝う……。
<銃を捨てたまえ。武装解除して投降するのならば、遺伝子研究の被検体として生かしてやらないこともない……>
「……」
私は、黙ったまま、TMPを足元に放った。ガシャリ、と鈍い音が空気を叩く。
その手を、首にかけたお守りに手をかけた。
ホープの言葉が、頭を過ぎる。私を守る、お守り……。私は、お守りを強く、握り締めた。
こんな所で、こんな奴に、私は……屈したく無い!
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