第35話 迫り来る怨念:前編
武装集団。コロナが発した言葉に軍隊的なものを連想したが、その後に川崎で見た光景が浮かぶ。軍隊と言っていいほどの武力を持つ、ブリガンド集団。
あいつらは神奈川北部を中心に活動している。そして拠点がどこか判明していない。東京の方に本拠地があって、尚且つ魔都侵攻の為に物資を略奪していたという可能性も考えられる。所詮ならず者の集まり、士気を高める為に今までガス抜きをしていたと思えば何も不思議ではない。が、たかがその為に私の故郷が襲われたと思うと反吐が出る。
苦虫を噛み潰したような表情をする私に、コロナは片眉を上げた。
「ステアーは疑問に思わない?」
「ああ、なんで地上のブリガンド連中が未開とも言われている魔都に、しかも隠されている筈のここへ向かってきているのか」
そこだ。なぜ地上では噂すらされた事のないこの組織や拠点を把握してここに真っ直ぐ向かっているかは謎だ。それに、魔都は地上に残された環境スーツでも長くは活動できないような強烈な汚染区域ばかり、その区域を避けて通らなければここに来るのは厳しい。
私が通った地下鉄は爆破した。別ルートがいくつかあるだろうし、コロナもそういうものがある事は言っていたが、それはコロナ達組織にとっては魔都の内部は調査済みだからだろう。それを外部の人間が知っているのは疑問だ。
その疑問を解消できる予想をあげるなら、内部からの手引きと言う最悪の展開が浮かんできてしまう。
「……スパイがいる? 若しくは情報を売った内通者がいるとか」
「その可能性は否定できないが、地上で生きるより現状この施設で生きていく方が物理的な利点が多い。裏切るうまみが今のところ無いだろう」
「では……?」
コロナは何か考えるように顎に手を当てて、どこか明後日を見ている。ふむ、と一拍置いて視線が私の目へ移る。言うか言わないか、と考えているようだが結局言う事にした。そういう表情だ。
「ステアー、あなたが持ち去られた事件の事、まだ話していなかったね」
「私が元はここの出身で、川崎で捨てられたって話?」
そう、私が父に拾われる前、川崎のロッカーに捨てられる前はタカマガハラにいて、遺伝子研究で生まれた赤子だったという話だ。
初めて聞いた時は荒唐無稽な話だと思ったが、実際にこんな所まで辿り着き、コロナ以外にも舘泉の反応を見ている限り信じざるを得ない。これが組織ぐるみの演技だとしたら私一人に用意周到過ぎるし、そこまでして引き入れる価値もないだろうし、舘泉に至っては私を歓迎するという感情は持ち合わせていないようだった。
コロナが続ける。
「あの脱走事件が起こった時の事はボクも知らないけれど、事件記録を見た限り、ボクに言わせればあの事件は組織最大の汚点だ」
そう言うと部屋の奥からセバンが湯気が立ち上るカップを二つ運んでくる。
テーブルにカップを静かに置くと、邪魔にならないようにと無言のまま後ろに下がり、そんな出来た給仕にコロナは手を振って礼をする。その姿はまるで古い絵本に描かれた貴族と執事だ。
いや、ソファに座り、足を組んでコーヒーを口に運ぶコロナとその背後でトレーを持ったまま立つセバンを見ると貴族と言うよりもマフィアのボスの息子と言った方が違和感は無い。
「ステアーだけじゃないんだよ、外に出て行ったのは。その殆どは汚染によりカリカリに焼けてしまったと思うけどね」
「……どういうこと?」
「大々的な脱走事件が起きてたんだよ。ステアーを連れた研究員の脱走、それに便乗して実験体の十数名が地上への脱出を図っていたんだよ」
私以外にも地上に出て行った者たちがいる。コロナの言いたい事がなんだか察した。
「上手く生き延びた奴がいて、そいつが手引きしている、と?」
「そう。少なからず自分自身を実験の為に生み出したことに恨みを抱いている者はいただろうしね」
「……コロナはどうなの?」
思わず口をついで出た言葉に私自身が驚いた。
そんなこと聞く必要は無かったが、組織の為に作られ、今やその組織に祭り上げられているコロナは、ここの事をどう思っているのか。気にならなかったわけではない。
コロナは一瞬驚きの表情を浮かべるも、直ぐに頬を緩めて再びコーヒーをひとくち。ふっと笑ってみせた。
「個人的な感情を組織に向けていたらそれを率いることなんて出来ないよ」
「答えになってないわ」
「……そうだね、恨んではいないけど、このままじゃダメだなとは思っているよ。色んな意味で、この組織は老人に毒されているからね」
含みのある言い方だったが、それ以上追及する気にはなれなかった。
コロナの目が、このまま祭り上げられているだけの道化で終わるつもりはないぞ。と言う意思を強く宿らせていたからだ。復讐心と言うよりもそれは野心と言う方が合っているのだろう。
話を戻そう。そう言うコロナは一つの棒状の金属をテーブルの上に置いた。
照明を冷たく反射する塗装もされていない質素な鉄の棒だが、その両端に機械的なボタンだのランプだのが付いている。
これは以前にも見たことがあった。地図だ。ホログラムの地図を投影する装置。
「行って欲しい場所はここから地上に出て北東に徒歩で2時間程度の場所にある電波塔なんだ」
コロナが地図のスイッチを入れ、テーブルに投射された薄緑色のワイヤーフレームで描かれる立体映像を指差した。
現在の地上を表しているようで、殆どの建築物が崩れた廃墟となっており、ワイヤーフレームで作られた立体映像が幾重にも線画重なって見え、どうにも見難い。
だがそんな中に一際目立つ塔が表示されている。これが電波塔だろう。
「過去にここは電波塔として機能していたようだが、その実態は巨大な光学兵器、国防を任されていた全方位攻撃可能なレーザー砲台なんだよ」
「電波塔に偽装した巨大兵器って事……? なぜ偽装する必要があるのよ」
「平和ボケした国民が露骨な兵器を都内に造る事を認めると思う? それと光学兵器は当時次世代の兵器で、その技術はトップシークレット。海外に存在を露呈させたくも無かったんだろうね。使うその時まで」
淡々と語るコロナは地図の上を指でなぞる。
「ここを真っ直ぐ、道なりに行けば二時間以内に到達できるだろうけど、道が塞がれていたり、戦闘を行って迂回したりする可能性がある。そうなるとそれ以上の時間がかかるだろう。でもその場合でも多少の遅れはここの危機にはならない。予想では、ステアーが明日丸ごと準備時間に費やして明後日ここを発っても半日は余裕がある」
「レーザー砲台に到着して、そこで何をすればいいのかしら? 流石に大砲を操縦するとかは出来ないと思うわよ?」
「ステアーにやって欲しいのはそこの電源を入れるだけだから大丈夫。ここから電源を入れることが出来ないから、電波塔地下にある非常用発電機を稼動させてくれるだけでいい。あとは遠隔操作でここの電力を送り込んで操作できる。起動したら、奴らが地上に現れた所に照射して丸焼きにしてやるだけさ」
ニヤッと笑うコロナ。この子の将来が少し不安になったが、そういうことは後でじっくり教育してあげることにしよう。親になることは出来ないが、過去に理緒の面倒をみていた事もある。少なくとも今以上に生意気になることは無いだろう。
「どんな奴が指揮しているか分からないけれど、恨みでここを襲わせるつもりならただの強奪目的の襲撃じゃない。殺戮が主目的だ。組織には関係の無い一般人5万人の命が危険にさらされる事になるだろう」
「ご……え?」
思いがけない言葉を聞いて私は戸惑いに肩を強張らせた。
「このタカマガハラは最初数千の運営従業員と政府の重要人物達から始まり、その子孫達だけで五万まで人口が増えているんだよ。もちろん、外部からスカウトした人間も多く存在するけどね。あくまで組織運営に関わっていない人が五万。兵士や役人を含んだ全人口はもっといる。それら全員の命がステアーにかかっているといっても過言じゃない。ある程度は兵士とアンドロイド兵でなんとかなるかもしれないけどね……。怖くなった?」
「まさか。それを聞いて怖気づいていたらヴィレッジの兵士なんてやってなかったわよ。流石にそんな数の人を守ったことはないけれど、人の命に数は関係ないわ」
私の言葉にコロナは目をぱちくりと瞬き、ほっとした笑みを浮かべた。その表情は気味の悪いほどに柔らかい。
「なによ、気持ち悪いわね」
「いやね、本当ステアーは変わっているよね。命が軽い世界で生きていてそう言えるなんてさ」
「だからこそよ」
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