第33話 続かない平和:前編

 そこは物置きだったらしいが、私が見た限り、川崎ヴィレッジにいた時の私の部屋よりも大分広い。

 横浜にいた時間は一瞬だったが、横浜にいた時は元々ホテルだったビルの一室だっただけはあり、あそこほどは広くなかったと思う。

 あてがわれた新しい私の個室。八畳くらいはあるだろうか。物置だったと言われただけあり、窓は無く、床にはなにやら物が置かれていたような跡が見える。

 新しく運び入れられたのだろうか、白と灰色で簡素な部屋に似つかわしくない天蓋付きの黒に金の装飾がなされたセミダブルベッドが壁際に設置されていた。

 細かなレースが可愛らしく、それがかえって私に似合わない気がしてそれを見るなり早々に自分の部屋から退散した。


 あれが新しい部屋か……。などと溜め息をひとつ。

 他に机とか敷物とかあった気がするがそのベッドのインパクトに全部持っていかれてしまい、あまり記憶に残らなかった。

 私の部屋はコロナの住まいの中にある一室。

 自室から出て廊下を突き当りまで進み、擦りガラス張りの扉を開けると何畳あるかも分からない、いやに横に広いリビングに出る。そこの壁は一面ガラス張りで、ここに降りてくる時に見た町並みが一望できるロケーションだ。

 作られた空の下、灰色の特徴の無いビルの数々。特に美しい光景ではなかったが、それを見る為か窓際に低いテーブルを囲うように傷の無いソファーがあった。

 どこもかしこも新品同様の物ばかり。川崎ヴィレッジはその規模の大きさや、水の濾過装置があったおかげで綺麗な水との貿易で物資にはあまり困った記憶は無いが、それでも今まで生きてきた中で新品同様の、リサイクル品ではない物を見るというのは殆ど無かった事だ。


「まだ着替えてなかったの?」


 振り返ると私が歩いてきた廊下とは別の廊下からこちらに向かって来るコロナの姿があった。

 その表情はまるで、言う事を聞かないこどもに仕方ないなぁと困り顔をする親のような表情だ。明らかに私より年下の少年が妙に大人びた表情を見せるので私は少しだけうろたえる。さて、どう答えたものかと、何の気なしにまた外の景色へと視線をそらす。


「流石にもう屋内だし外套ぐらい脱いで欲しいものだけど」

「……本当にアレを着ないとダメかしら?」


 アレとは今までここまで来る途中に見てきたここでの一般的な服装だ。全身を包むラバースーツのようなあれは、防具などで身を固めていた自分の服とシルエット的にはそう大差ないかもしれないが、それでもなんとなくだが恥ずかしいなと感じでしまう自分がいた。自分自身にこんな事で羞恥心を感じる事があるんだなと驚いている。

 あまり衣食住に頓着しない、と言うかしていたら生きられない環境で生きてきたのもあってか、あまりそういう見かけに関したこだわりというものを抱いた事が無かった。

 しかし、アレは流石に地上でも見なかった類の物だ。いや、近いのをいつかブリガンドの拠点を一網打尽にした時に見た奴隷のストリッパーがあんなのを着させられていた気がする。

 そんな昔の記憶が思い出され、余計に着たくないなぁとコロナにそれとなく嫌そうな視線を送ってみる。だがコロナの表情はピクリとも変化しなかった。


「着替えそこにあるの見たでしょう? その服は一度着てしまえばサイズが着た人間に合わせて伸縮するからささっと着ちゃいなよ」


 そことは今私のそばにあるソファーの事だ。ここへ通された時に既にそこにあって、私は着るようにと言われていた。

 結局それを部屋を見せてくれと言って聞き流していたのだが、やっぱり逃げられそうにもない。


「そうは言っても……。そういうコロナはこういう服じゃなくて普通の服を着ているのね? そういうの無いの?」


 そう、コロナは白に紫のラインが入った詰襟の服を着ている。普通の布で出来た服だ。

 地上ではここまで小奇麗でほつれの一つも無い服なんてそう見ないが、おそらくこのなんでも物資が揃っていそうな近代的な地下世界で布で出来た服が貴重品、なんて事は流石にないだろう。そうであって欲しい。

 だがコロナの返答は思ったよりもしっかりしていた。


「あるにはあるけど、僕はまずステアーにはここの一般的なスタイルと言うものに慣れて欲しいのと、ここの一員であると言う事の分かりやすい証明の為にもしばらくは一般的に支給されるそのジャンプスーツで生活してもらいたいんだよね。それに、まだ半信半疑なのかもしれないけど僕はこのカタマガハラの最高権力者。だから僕を基準にされると困るんだよ」


 驚いた。コロナは私と言う地上から入って来た異物的存在を、早くここで認知され承認させるためと考えていたらしい。

 服一つでそこまで劇的な効果があるとは考えにくいが、そこまで考えての事だったのかと思うと、私がただ恥ずかしいからと突っぱねていた事そのものが恥ずかしく思えてきた。

 私は仕方なく、ソファーの上に畳まれたジャンプスーツに手を伸ばす。


「あ、でもその前にお風呂に入ってね」


 ……私はそんなに臭うのだろうか?


「あ、ああ。じゃあ借りようかな」

「借りるだなんて言わなくて良いよ。ここはもう僕とステアーの家なんだから」


 コロナがそう言ってニッと白い歯を見せて笑うと突然私の後ろに回り込んで背を押してきた。


「さ、お風呂はあっち。それとも僕と一緒に入る?」

「え? あ、いや。そこまでしなくても大丈夫よ。ひとりで入れるわ」

「な~んだ。つまんないなぁ」


 周りに誰もいないプライベートな部屋だからか、どうも家に入ってからコロナは随分とこどもっぽいところを見せてくるようになった。本来、この性格が素なのだろうか。

 私は軽く背中を小突かれながら、風呂場へと移動した。




******




「ちょっ……お風呂から出たなら服ぐらい直ぐ着てよね!」


 背後からコロナのキンキンした声が耳に突き刺さり思わず振り向く。

 風呂上りでタオルを肩にかけたままでリビングにいたのだが、服を本当に着るか否か、直前まで悩んでしまっていたのだ。

 振り向いた私の姿を見てコロナは顔を真っ赤にしながらもその視線は私の顔から下へと動き、あからさまに全身を硬直させている。


「脱衣所で脱いだ服、壁にくっついていたカゴに入れたらそのまま壁の中に飲まれてしまったんだけど、あの服どうなるのかしら」

「勝手に洗濯されて後で給仕アンドロイドが届けてくれるよ。それよりさっさと服着てくれない?」


 ここに来るまでに聞いた舘泉とコロナの問答を思い出すと、コロナはこの年でやる事はやっているっぽいから今更私の体を見たところで恥ずかしがる事も無いだろうに。

 コロナはあわあわと視線を宙に泳がせていたりしたが、ふと私の方を凝視したと思ったら急に暗い顔になっていく。青ざめる程ではないが、さっと赤く染まっていた顔から熱が引いていくのが見てわかった。


「大変だったんだね。今まで」

「何を突然……」


 コロナはある一点を見据えたままだ。そこを目で追う。私のわき腹に出来ている古い傷跡だ。それにここに来るまでも色んな事があって、細かな擦り傷や治りかけの小さな傷が手足のあちこちにあったのが目に付いたらしい。


「ああ、こんなの大した事じゃない。五体満足なだけ御の字よ。そういう風景は地上でいくらでも見れたんじゃない?」

「……そうだけど。なんでもないただの他人と、好きな人じゃ思う事も変わるでしょ! ステアーは戦えたとしても女の子でもあるんだから、少しは自分の体を大事にしてよね」


 なんか凄い事をさらっと言われた気がして、なんだかこっちも恥ずかしくなってくる。

 どうせ吸い込まれた服は洗濯終わるまで取り返せないし、仕方なくジャンプスーツを身に纏った。


 ジャンプスーツ、簡単に言えばつなぎのような物で、上下一緒になった服。首から下をすっぽり覆う服だが、普通のつなぎと違って素材がなんだかエナメルやラバーのような、妙なツヤがあり、袖や胸によく分からない装置がつけられていた。

 照明と言うには位置もおかしく光も弱いが、袖を通し、前のファスナーを上げて首元まで上げると自動で淡いオレンジ色の光が点いた。

 そしてどこからか空気が抜ける音と共に、服が体に密着する。しばらくして胸と袖の光が明滅すると、今度は緑色の光が点された。


「このライトは何? それになんか着た感じちょっとキツイんだけど……特になんか腰と胸辺りが」


 そう。サイズは勝手に合わせてくれると言っていたがどうも何箇所かキツく感じる部分があった空気を抜いている為もあるのだろうが手首、や首周り、それに胸部と腰から足の付け根までがいやにキツい。


「ああ、その光は着ている人の体調を示すものだよ。心拍数等の体の機能を計測して異常が出たら周囲に知らせるように明滅とアラームを起動するしくみになっているんだ。下半身が妙に締め付けるってのは排泄物分解装置の事だろうからそれは慣れてもらうしかないね」

「排泄物……なんですって?」

「排泄物分解装置だよ。体内の全てをその服は計測しているから、体が排泄物を体外に排出するのを服が察知すると吸収口が開いて体内の排泄物を分解して服の電力に回してくれる。着ている人間がしっかりとした食事をしていれば服が衝撃で壊れたり着ている人間が死なない限り服に内蔵された各種オプションは電力が尽きる事が無いって代物さ。地上には無かったでしょう? これも旧軍の計画書から僕たち組織の技術力で実現できた最新のジャンプスーツさ」


 エコロジー、と言いたかったが、自分の糞尿を服着たまま中に垂れ流すと考えるとどうも慣れるのには時間がかかりそうだ。

 というより、コロナは今嫌な事を言った気がする。あまり、深く考えないようにしよう。

 ふと、着替えている時にソファーの背に脱いだ外套が引っかかっている事に気付いた。

 そういえば外套だけここに脱いで置いておいたんだった。

 コロナの家に来る前に町を歩いて思った事。それはあまりにも均整が取れ過ぎている町並みだ。まるで将棋の盤上のように区画が整備されていた。

 最初からこの町は今の形になるように全ての建物が作られ、管理され、そして人々に利用されている。問題はそんな均一化された区画はどこを見ても同じように見えてしまうことだ。

 案内板など随所に置かれているわけでもない。

 実際、ここに来るまでに送迎車に乗っていてそれなりの時間がかかった。

 その間ずっと窓の外を見ていたわけだが、土地を把握する事が苦ではない自分でも迷子になりそうだなと感じていた。


「地上ではありえないくらい進んだ技術に、地下にあるとは思えないくらい広大な町……殆どの人は地上の状態なんて気にしてなさそうね」

「ここの人も上の人も変わらないことがあるとすれば、みんな一日仕事に追われてるって事さ。まぁ、過ごしやすさは比じゃないけどね。それでもみんな本当に陽の光を見たいとは思ってるよ」

「……あの舘泉とかいう男も?」


 これは私の勘でしかないが、私はここに、タカマガハラに入ってから何か嫌な予感がしていた。

 何がと言われると具体的な不安材料が無い。いや、強いて言うならばあの舘泉と言う男だ。あれは単に私の事が気に食わないといった態度だけではなかった。

 自分の思い通りにならない存在は何が何でも排除してやるぞと言う雰囲気を隠しもしない奴だった。ああ言う権力を私物化したがる奴と言うのは地上にもいた。

 そして大抵問題の中心いて厄介事を自ら起こして自滅していくのが大抵の流れだ。


「勿論。地上に出ようって言い出したのだって舘泉だったし、今も地上進出の為に色んな計画を指揮している」

「あくまでここの人間皆で地上に出るっていう目的なのね。一部の人間が、じゃなくて」

「数人で国を名乗るのは無理でしょう? そういうことだよ。指導者がいて、その下に多くの民がいて国という旗を守ってこそさ」


 それは一体誰の言葉なのだろう。

 コロナはどんな考えを持ってどう行動しようが、やはり子供だ。恐らく、コロナがそれ相応の歳になるまではここの実権は奴が握っている。それはつまり、神経質な権力者のヒステリーひとつでその狂気が組織全体に伝染するという事を意味する。病原菌が血管を通って体全身を汚染するように。

 あの男のストレスは尋常ではない。コロナはお世辞にも素直な方ではない。そんな子どもの世話をしながらこんな巨大な町の支配を一手に任されるというのは並みの人間ではできないだろう。

 故に、私はこの町では何が起きてもおかしくは無い。そう思った。コロナに言ったらきっと「そんな事で」なんて鼻で笑われそうだ。


 早くこの町のある程度の地理を把握したい。普通に過ごすにしたって外出の度に迷子は笑えない。

 しかし、この姿のまま外を出歩くのは避けたい。なんとかコロナの目を盗んで外套だけでも纏って外へ出たい。

 そう思っていた矢先、遠くの方で扉の開く音がした。音的に玄関扉だろう。その音にコロナも気付いたようだ。

 スタスタ、と軽い足音が近付いてくるとコロナはその足音の主を迎える。


「ステアー、ここの家族を紹介するよ。セバン、挨拶を」

「はい、はじめまして。ボクはコロナ様と、そしてこれからステアー様にお仕え致します。アンドロイドのセバンと申します」


 礼儀正しくお辞儀をする目の前の銀髪の少年は最近見かけた顔をしていた。それを思い出して思わず声をあげる。


「え、この子、上で出てきた警備用アンドロイド……」


 そう。その少年は袖のない紺色の燕尾服に半ズボンとわざと球体関節を見せるような薄着であったが、その銀の髪や金の瞳、そして特徴的な両耳のアンテナのような部品にパッと見華奢な四肢は寸分違わず、私に銃を突きつけてきた警備用アンドロイドだ。

 今は銃の代わりに紙袋を両手に抱え、その紙袋には料理や菓子類の写真がプリントされた大小様々な紙の箱が顔を覗かせている。

 私の様子を見てセバンと名乗るアンドロイドは人間のような苦笑いをして見せた。


「ボクの兄弟に会われたのですね。あれはボクのパーツを流用して作られた兵士ですが、ボクは家庭に一台、家族のお世話をさせていただくだけのただの召使いです。何か分からない事、困った事、やって欲しい事がございましたら可能な限り、ご要望にお応え致しますのでよろしくお願い致します」


 ニコリと笑って今度は軽めの礼をすると、買ってきた物の仕分けをしますと丁寧な言葉を発してキッチンの方へとスタスタと歩いていってしまった。

 呆気にとられている私にコロナが笑う。


「最初の出会いが最悪だっただけに、流石のステアーも驚いたみたいだね」

「あ、ああ……。と言うか、あんな子どもの姿をした召使い。そんなに使えるの? 給仕ならもっと大人の方が色々都合が良い気がするのだけれど」

「そうでもないよ。子どもの姿の方がみんな可愛がって大事にするし、リミッターがついているけどいざとなれば警備用アンドロイド同等の動きをみせてくれる。この町も治安は地上より良いとは言え犯罪だって起こる。そんな時どうしても相手は子どもの姿のセバンを油断したりするんだよね」


 なるほど。私が最初に子どもの姿の警備用アンドロイドに抱いた感情はそういう狙いもあっての事だったのか。そうならば完全に狙い通りの反応を私はしてしまったようだ。


「私は少し町を見て歩きたい。早く町に慣れたいし」

「ん。わかった。その格好なら大丈夫だと思うから行ってきて良いよ。僕もこれから組織の仕事があるから」


 そう言うとコロナは自分の短パンのポケットを弄ると一枚のカードを私に差し出した。

 カードは金属製なのか冷たくて硬い。手の平より少し小さめの長方形のカードにはバーコードのような模様と私の顔写真と名前、そして恐らく住民番号のような20桁の英数字の羅列が印字されている。いつの間に私の顔の写真を撮ったのだろうか。


「それはここでの電子通貨、身分証明書、そしてこの家の鍵でもある。ステアーが手に持って使う事で機能するから他人には使えないようにできているけど、作り直すの面倒だし中に既に入っているお金は復元できないから、絶対無くさないでよ」

「分かったわ。ありがとう」

「地上と同じ時間に合わせてここの空も朝と夜と変化するからもう夕方だけど、夜遅くなるまでには戻ってきててよ。迷子になったら大抵どこにでも警備兵がいるからその人に声をかけるんだよ。そうしたら僕が迎えに行くからね」


 それは恥ずかしいのでなるべく頼りたくないな。等と思いつつもとりあえず分かったと応えておいた。

 私の言葉を聞いて少し不安を感じたのだろう。何か引っかかるなと言いたげな顔をしたが時間が押しているのだろうか、コロナは少し早足で私よりも先に家を出て行った。


 私も行くとしようか。

 ジャンプスーツでの身動きを確認する為に軽く体を捻ってストレッチをしてみる。ちょっとつっぱる感じがしたが概ね問題ない。

 ソファーにかけてあった外套をジャンプスーツの上から纏うとセバンのいるキッチンを横切り玄関へと向かった。

 その私の背後で、セバンの行ってらっしゃいませと言う言葉が聞こえた。作業中でも周囲の物音は全て拾っているようだった。



******



 家、と言ってもマンションの一室のようなものだ。玄関を出るとそこはまだ屋内。長い通路の先にエレベーターがあり、そこから一階へと降りて行く。

 建物の外に出るとコロナが言っていた通り既に空は茜色に染まり、ビル群は空の色に溶けていた。

 地上に横たわる廃墟も、私が今見ているものと同じような景色が人の技術力を誇るようにどこまでも広がっていたのかもしれない。

 私は一度背後の帰るべき場所を見上げて位置を確認し、そこから周囲を見渡しながら歩き始める。


 車の中から見た流れる景色はどこも同じように見えていたが、ゆっくり歩いて見ると建物の形はどこも殆ど同じだったけれどお店や会社、マンションやホテル、色んな看板でその個性を頑張って出していた。ここに住んでいる人も建物そのものに個性が無い事は理解しているようだ。

 立地を覚えるのがメインなのだが、建物を見ようとしてもどうしても目を引くものがふたつあった。

 人と車だ。やはりここに住む人は私の着ているジャンプスーツを着るのが基本のようで、通り過ぎる人、道路を挟んだ向こうの歩道を歩く人、皆が皆、全身のシルエットがくっきり見えるスーツを身に纏っている。幼い頃から着慣れているからだろうか誰も羞恥心を抱いている様子が無く、堂々と歩いている様を見ると自分の感覚の方がおかしいのかという疑問すら抱きそうになる。

 そして車だ。地上では走る車なんて殆ど見ることなど無かった。あっても原型が留めないような装甲車や移動砲台のようなゲテモノばかり見ていた。なのでスタイリッシュなデザインの流線型な車体が太陽、と言っても人工的のだが、光を反射し静かに素早く動く様はとても新鮮だった。

 あまりにも視線が忙しなく動く。そして歩き始めて数十分。ハッと私はある事に気付き立ち止まる。

 ボロの外套を身に纏いながら周りをきょろきょろと見渡しながら歩く私は、確実に挙動不審の不審者なのでは?

 そう思った矢先に急に前から声をかけられた。


「おう、そこのカウガール。こんな潔癖症どもの集まりにはその個性的なポンチョはモテねぇぞ?」


 軽率そうな中年男の声がしてその声の方を向くと、そこには他の人間と同じようなジャンプスーツを身に纏ってはいるが、そのスーツの上から様々なアタッチメントのついた武装をしている男が煙草をふかしていた。

 男は後ろでくくった髪を撫で付けながら紫煙を茜色の中へと溶かし、ゆっくりとこちらへ向かって歩き出した。


「まるで自分は違うと言いたげね?」


 私の言葉にハハッと小さく笑う男は一言、そらそうだ。俺はお前に一目惚れしちまったからな。そう答えた。

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