第3章 タカマガハラ
第29話 死の灰を踏みしめて:前編
久々の煙草の臭いに昔を思い出した。
川崎ヴィレッジ内は換気があまり行き届いてなかった。ヴィレッジ自体、想定していたであろう稼動期間を越えていたのもあって、何か直せば何かが壊れるような状態だった。
騙し騙し、私達はあの広くて狭い地下で暮らしていたのだ。今ではあの窮屈さが懐かしく恋しい。
……ホームシックなんて柄じゃない。言い聞かせながら息を吐きつつ、懐古の感情を思い起こさせた臭いを放つ方へ振り向く。
駅のホーム。辺りはまだ兵士が往来していて靴音がうるさい。
地下鉄の線路に横たわる、車両ほどの大きさの巨大鼠の死骸を眺めながら紫煙をくゆらす男。
鉢巻に染められた旭日柄の赤は、埃が舞う地下鉄の中で鮮やかに見えた。視線に気付いたのか、砂埃に塗れた顔をこちらに向けてきた。
「あねさん。どうしたんです? おっかねぇ顔して」
いつの間にか睨みつけていたようだ。蛭雲童は煙草を銜えながら、苦笑という表情を顔に貼り付けている。
あんな大立ち回りをして、案外ピンピンとしている。長らくヴィレッジではなく、荒廃した首都圏で生きていただけはある。
頼れる男だ。そう思ったがこの飄々とした、どこまでが本心か分からない性格は慣れる気がしない。
自分がそういう性格の人間とあまり付き合ってきていないのもあるが、どこかこの男は考えが楽天的、と言うよりも刹那的なのだ。
先の見えないこの時世だ。そういう人間は珍しくない。
でも私が見てきた人間と言うのは、平穏の為に平気で他人を傷つけ、それで喜ぶような外道や、全てに悲観的で絶望に押しつぶされているような人、ひたすら明るく振舞っていても、いつか心の堤防が決壊してしまう人。そんな者ばかりだった。
私はどれにも当てはまる気がしない。そしてこの蛭雲童という男も。他人から見たら、私もこういう風に映っているのだろうか。何を考えているか分からない。奇妙な奴だと。
「あねさん?」
「あ、ああ。……ボーっとしてたわ」
顔を覗き込んでくる蛭雲童から思わず視線をそらした。避けているのに、煙草の煙は私の顔に追尾して流れてくる。
煙草の煙はどうしてか、嫌煙家の方へ流れていく。
慣れているとは言え、他人の吸う煙草の煙を好き好む奴もそうはいないだろう。
煙草を吸う人間も、他人の煙草の煙を嫌う事は多いようだが、吸わない人間からしたら余計嫌いになるのも自然と言えるだろう。
しかし、狭い施設の中での集団生活では自分の好き嫌いなど主張しても、仕方の無い事の方が多い。ただそれだけの事。
だが今はそういう場所ではない。
目の前でぷかぷかと、吐き出す煙で輪を作っている蛭雲童の指に挟まれた煙草を引っつかむ。
「あっ!」
掴み取った煙草をタイルの床に投げ落とし、ブーツで火を踏み消す。
「わあああ! 俺の貴重な巻き煙草ぉ!」
「次、私の前で吸ったらその胸に風穴開けて、直接肺に煙を吸わせてあげるわ」
目の前でごくりと唾を飲む蛭雲童を尻目に私は歩き出す。
背後の溜息を聞き流しながら、一度は通った線路の先へ進む。
「ステアーさん!」
ああ、置いていくつもりだったんだがバレてしまった。私も溜息をつきながら、背後からかけられた声に振り向く。
ホームと線路の高低差で初めて見上げる少年の顔は、子どもらしからぬ知性と理性の強い、真剣な眼差しを私に向けている。
朝見たときよりも擦り傷と埃だらけになった綺麗な顔は、漸くこの世界に馴染んだようにも見えて、今まで彼を見てきた中では始めてそこにいるという説得力のある存在感があった。
色素の薄い、まるで雪の精の様な少年は、後光を背負ってその神々しさを増していた。後光といってもそんな神秘的なものじゃないが。
地下鉄の照明なのだが、きれいな者にはなんでも様になるのは本当のようだ。
光に透ける水色の髪を見て、ふとコロナの顔が脳裏に浮かんだ。目の前にいるホープとは容姿も性格も全然違うのだが。
「ホープ。あとは大丈夫だから、私に任せて」
「あ、あねさん。俺もいますぜ……」
腰の溶断刀に手をかけながら苦笑する蛭雲童。大丈夫。お前には期待しているから。でも、なんでだろう。口に出すのを躊躇ってしまった。
私達を一瞥するとホープは小さく鼻で息を吐くと、まるで諦めたといわんばかりに眉を顰めて笑顔を作る。
「人にあんな事を頼んだ手前、やっぱり心配で一緒に行くと言ったのに、迷惑をかけました……」
「周りの小さいのをホープが片付けてくれたからやれた事よ。私の得物でも、蛭雲童の刀でも、あの数は捌ききれなかったわ」
「そうだそうだ。それに――」
蛭雲童は腕組みしながら、散々な目にあってきたにも関わらず、あっけらかんとした態度で笑みを浮かべる。
「――責任云々なんてぇのは大人になってから背負うもんだ。少しは大人に甘える事もしとけ」
「蛭雲童、お前……」
「大人に甘えられるのは子どもの特権だぜ。特にヴィレッジ住まいの保護者に囲まれている子どものな。自分のいる環境をガッツリ利用するのが長生きの秘訣だぞ!」
最後の言葉。環境を利用するのは長生きの秘訣と言うのは蛭雲童が今までどうやって生きてきたかを表していた。
そしてそれは蛭雲童だけに限らず。皆が皆、少なからずやってきている事だろう。
でも、ホープは、まだ子どもの内からその精神が成熟してしまったせいか、全部自分でやらないといけないという意識が根付いているように見えた。
きっと、蛭雲童もそれを感じ取っていたのだろう。本人にその自覚があるかはわからないが。
蛭雲童の言葉にホープは豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていた。しかし直ぐにその表情は柔らかいものへと変わっていく。
「ありがとうございます。蛭雲童さん」
その言葉は子どもの言葉にしてはいやに硬く、大人びていたが、少しだけ暖かさを感じる言葉だった。
まさか直球で礼を言われると思っていなかったのだろう、蛭雲童は、やっぱ可愛げのねぇ奴だぜ。とホープに背を向けて私の元へ歩いてくる。その口元は緩んでいた。
「それじゃあね。地上の方で色々あったんでしょ。早く行きなさい。ホープの頼みはしっかり片付けるわ」
「わかりました。それじゃあ、お気をつけて……!」
ホープはそういうと手を振り、ホームの階段を駆け上がっていった。
頭から見えなくなっていくホープを見送ると、隣で蛭雲童がやれやれ、と肩をすくませた。
「いきやしょうぜ、あねさん」
答えを待たずに歩き出す蛭雲童。
その背中を見て色々思うことがあった。まともな思考をしているくせに、ブリガンドと共に行動を共にしていた事。枸杞の事。ホープに対する態度から見て、きっと子どもが好きなのであろうという事。
私が思っているよりも、この男は想像もつかないような闇を抱えているのではないか。
それを追及する気はないし、この時代において闇を抱えていない人間の方が珍しい。他人の人生に興味を持ったのは初めてだけど、だからこそ、今までどおりに不干渉を貫くのが自分のためだ。
「ああ、そうだな……」
私達は相変わらずの距離感を保ったまま、地下鉄の線路を辿りながらトンネルの中へと歩き出した。
******
相変わらずトンネル内部は暗く、じめっとしていた。心なしか最初入った時より寒い気がする。ホープが戦った後だからだろうか。それにしてもトンネル内全体の気温が下がるということは無いだろう。地上の気温が影響していると考えるのが普通だろうが、だとしたら今地上はもう日が傾いているのだろうか。そんな事を考えながら、人間二人が歩くには広い線路の上を歩いていく。
二人の足音だけが響く中進む。するとやがて、地面に凍りついた鼠の死骸が散らばっているのが目につきはじめた。私達が戦っていた場所まで到達していたのだ。その先へ、真っ直ぐ進む。
壁にはよく見ると従業員用の物だろうどこかへ続く扉がいくつか見受けられるが、どれもドアノブが壊れていたり、醜く拉げて開閉できなくなっているような物ばかり。次の駅のホームまで辿りついたが電球は外され、地上への階段は瓦礫で潰されていた。
「あねさん。マスクを」
ぼそりと、しかしハッキリ私に伝わるように発する。その声は冷静で真剣だ。
前を行く蛭雲童は徐にガスマスクを取り出すとそれを装着し始める。ガスが出ているのではない。少し歩を進めるとなぜガスマスクをつけたのか分かった。
通路の隅に積もった埃。そしてカリカリと耳障りになるガイガーカウンター。放射性降下物。死の灰。地下鉄内にこんなものがあるということは、地上が近いということに他ならない。
「わかった」
一言返すと蛭雲童に倣う。
文明崩壊から三世紀。半減期はとうに過ぎており、それなりに人間は地上で活動できるようにはなったが、こうしてガスマスクの用途の殆どは、実際に毒ガス等を吸わないようにするというよりも、こういった塵を吸い込まないようにする為へと変わっていった。
地上を覆った熱波と降下物による深刻な放射能汚染は、少しずつだがその姿を消しつつあるものの、一部の放射性物質は何万年も経たないと弱まることはないという。
死の灰を吸ったものは長くはもたない。
細胞が変質し、ガン細胞となって肉体を蝕み、生殖機能を低下させ、そして仮に死ぬ前に子を残したとしても、突然変異、所謂奇形を生みやすくなる。
当然、そんな子どもも長くはもたない。
ホープのような突然変異は本当に例外中の例外だ。あれを突然変異と採るか、進化と採るかは人によって意見は変わるだろうが、私はあれを進化と思いたい。
そうでも思わなければ、自分の事も認められない。そんな気がしたから。
「そういやあねさん。フィルターの予備はあるんで?」
「お前たちのキャンプから拝借している」
多摩川でブリガンドを全滅させた時、蛭雲童とキャンプ地を出る際に使えそうなものは頂いていた。誰も使う事の無い資源をそのまま捨てるなんてありえない。使う物は使う。貰う物は貰う。そうでなければ、生き残れない。
バックパックからフィルターを1つ取り出すとぽんぽんと、片手でお手玉すると再びしまいこむ。それを見て蛭雲童は目尻を緩めた。
「しっかり貰うもんは貰う。そこはちゃんとしてるんすね、あねさん。長生きしますぜ」
「地下育ちだからってぬるま湯に浸かっているわけじゃないのよ。私は別に善人を気取るつもりも無いし、奉仕の心も持ってないわ」
そう、私のやっていることはブリガンドと殆ど同じだ。ただ、殺す対象が違うっていうだけ。ヴィレッジで文明と秩序を守り生きる人を襲うブリガンド、そのブリガンドを襲って略奪品を略奪する。物資も金も、巡る物。私がブリガンドから奪った物をヴィレッジの店等で消費して、そしてそれはまたどこかでブリガンドに奪われる。そのサイクルの中に私が立っているだけの事なのだ。
「俺はあねさんについて行って良かったって思っているんっすよ――」
急に何を言い出すのかと思えば。そんな事を言われても私は何も言えることは無い。最初は無理矢理道案内させる為に連れ出した訳だし。それに、あそこで捨てていってもコイツは何だかんだ生存能力は高い。のらりくらり生きるだろう。多分、それは蛭雲童自身も理解していると思う。なのにこの期に及んで変な事を言う。
「――いやね。最初はビビッたし、後ろで常に銃口向けてくる隙の無い様子に生きた心地はしなかったんですがね。渋谷に着いてから今までの短い時間でしたが、誰かの為に戦うのも悪くねぇなって。なんて言えば良いか、俺は勉強もできねぇ馬鹿なんで言葉が浮かんできませんがね」
「……」
「まぁ、なんつうか。今まで生きる為に他人を蹴落としてきやしたが、俺、今生きてるって感じた事が無かったんでさぁ。それが今は、生きてるなぁとか、生きてて良かったなぁって、そう思うようになってきたんっすよ」
流石に気持ち悪いので前を行く蛭雲童の頭を小突いた。割と力を込めて。
――ゴツッ。
「あだっ。何するんすか」
「今から死にに行くみたいな雰囲気出すのやめて。気持ち悪い」
すいやせん。と笑う蛭雲童だったが、一瞬振り向いた時の目は真剣そのもので、ふざけて変な事を言っている訳ではない事だけは理解した。かと言って、特に好意を向けられた所で私のやる事は変わらない。私は最初から蛭雲童をこの旅の最後まで付き合わせる気は無いからだ。
そう。ホープに魔都へ続く道を塞いで欲しいと言われた時は僥倖だなと思った。魔都への出入り口なんてこの地下鉄以外にも存在するだろう。それでも自分で探そうとは思わない。そして唯一知っているこの道を潰せは後には引けない。後ろを振り向いても何も無い状況を、私は作りたかった。
その時が来たら、蛭雲童にはこの道を通って別れて、その後に爆弾を使う。それでいい。
******
「着きやしたぜ。永田町ですよ」
蛭雲童が指差した先には駅のホームが見えた。暗く、そして人気は無い。電気がきていないのかと天井を見てみると照明が全て撤去されていた。割れていたとかではなく、持ち去られたと言って良いだろう。誰がやったかなんてどうでも良かったが、周囲を視認しにくい状況は落ち着かない。
ホームに上がって、そのまま階段を上がっていく。
所々タイルやコンクリートの壁が崩れて見慣れた廃墟といった所だったが床に埃があまり積もっていない所を見るに、ホープが言っていた通り、ミュータントの通り道に使われていたのだろう。
狭い改札口を通ると、壁に追いやられるように見たこともない白骨化した死骸が転がっていた。骨はバラバラに転がっており、どの骨がどの部分かは分かれど、どの骨がどの骨に繋がっていたのかは全く分からないほどに複数の骨が積み重なっている。
だが、運が良かったのか、それとも鉄鼠の縄張りだったのか、生きたミュータントの姿が見当たらなかった。子鼠も見当たらない。部屋の角で蜘蛛が巣食っている程度だった。
地上へ出る階段を見つける。思ったとおり、通路や階段の端に灰色とも黒色とも言える密集し、硬化した灰が積もっていた。これは少しでもマスク無しで地上に出たら肺が直ぐにやられてしまうだろう。
「空が見えますねぇ」
階段の上の方を指す。曇っている空がそこにあった。魔都の中でも、見上げる空の色は同じなのか。
空を見て私の足取りは軽くなる。いつの間にか蛭雲童を追い越して階段を早歩きで上がっていた。
――空。灰色の空。
塀の中と外。
変わらないものは、空だけだった。
「なんだ……こりゃあ……」
私の思ったことをそのまま蛭雲童が口にする。私は目の前に広がる光景に、ただ唖然として、声に出す事を忘れていた。
一歩踏み出す。なんか床が柔らかい。いや、積もっていたものを踏みしめたのだ。
点字タイルの凹凸は蓄積した灰で埋まり、その役割を果たしていない。地面一面が、まるで積雪のように灰と瓦礫で埋もれていた。
僅かに道の端の方が高く積み上がっているのは、やはり生き物がこの道を使っているからだろう。
そして、周囲に立ち並ぶ高層ビルは謎の物質に侵食されていた。その物質を、植物である事にはそれまでの植物に対する常識を捨てる必要があった。
太さが数メートルもあるツタが、ぐるぐると柱や、窓の内と外を出入りするように這い、まるで巨大な蛇のようにビルに絡み付いている。それも一本や二本どころではない。目に映る全ての建物が、未知の巨大植物に飲み込まれていた。
近くの建物に近寄る。中には入れない。入り口はぐちぐちゃに絡みついた植物のツタで、最早幹のようになっている状態だった。
「あ、あねさん。そんなのに触って大丈夫なんですかい?」
「わからない。けど、どこもかしこもこんなんじゃ遅かれ早かれ触れる事になるわ」
そう言いながらナイフを抜いて少し植物の表面を突いてみる。硬い。だが弾力性もある。
ナマクラではないはずなのだが、少し力んでもへこむ事はあれど、傷はつけられない。
銃でも決定的なダメージを負わせるのは難しそうだ。ナイフをしまい、蛭雲童の方へ向き直る。
「これは、無理矢理どかして通るなんてのは無理そうね」
「俺の溶断刀で焼き切ればいけんじゃないですかねぇ?」
そう言うと蛭雲童は自信満々に腰の溶断刀を抜き放った。鉄鼠を倒した時の事を思い出す。
切れ味と熱量は相当なものだ。獣よりもその熱は植物に対して有効だろう。私はそう思い、蛭雲童に先を行かせようと道を譲った。
その時だった。
――ジュッ!!
「うっ……!? ぐあああああッ!!」
「っ!?」
突然蛭雲童の溶断刀を握る右の肩が赤く光ると血が吹き出した。何が起こっているのかわからないまま、私は反射的に銃を抜いた。
周囲を警戒する。敵影は無い。狙撃か。蛭雲童に駆け寄る。
「大丈夫か!」
「ぐっ、うぅ……なんとか……クソッ……!」
傷口を手で押さえているが指と指の隙間から白い煙が上がっている。熱で穴が開いたのか……?
そこで私は思い出した。そうだ、こんな事。以前にも……。
「首都、東京へようこそ。汚れた地上を這う者達」
強烈な悪意を孕む声。その声は以前にも聞いたことのある声だった。
私をここまで誘い込んだ、あの声の主。
「……コロナね。どこにいるの」
「随分早かったじゃないか。ステアー。もしかしてあの後直ぐにボクを追いかけてきてくれたのかな?」
コロナの声。聞こえる方向へ視線を向ける。ビルとビルの間。そこから体の後ろで手を組み、妖しげな笑みを浮かべながら現れたのは、やはりコロナその子だ。
銃口を向けられているにも関わらず、その貼り付けた笑みを崩す様子は無い。
私も元に置いていった眼鏡の代わりに、別の眼鏡をかけていた。あの時の眼鏡は黒い眼鏡だった。前にいるコロナは赤いアンダーリムが光る。
「随分可愛い眼鏡かけてるじゃない。お似合いよ」
「ハハッ。あなたのヘアピンが赤かったので。赤が好きなのかと思ってたんだけどね。その様子じゃ違うみたいだ」
「あ、あねさん。この小僧は……」
蛭雲童がそう言った瞬間。コロナは急に殺気立った視線を蛭雲童へ向けた。
「口を慎めよ地上のゴミが」
「なっ……なんだとこのクソガキ……!」
「やめろ蛭雲童! その傷作ったのはその子よ! 次は殺される!」
食って掛かろうとする蛭雲童を制止する。私の言葉を蛭雲童は理解したのか、マスク越しでもゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
傷口を押さえたまま蛭雲童は後ずさる。だが手にした溶断刀にかかる力は抜いていない。握り締めたままだ。
それを見てまだ殺意を殺してないのを把握すると、ここが限界だと察して私は銃を降ろした。
「お、おいあねさん……!?」
「君も早くその粗末な旧文明の武器をしまってくれないかな」
コロナは冷笑を浮かべていた。
数週間ぶりだろうかの再会は最悪の形で迎える事となってしまった。まさかここまで地上の人間を毛嫌いしているとは思わず、だが今コロナを刺激するのは得策とはいえない。
私は、後ろでわなわなと震える蛭雲童に近付く。
「蛭雲童……」
手にした銃を、私は蛭雲童に一挺差し出した。蛭雲童は唖然としたまま、差し出された銃と私の顔を交互に見やる。
「あねさん……?」
いつまでも受け取らない蛭雲童に業を煮やし、その腰に無理矢理銃を捻じ込んだ。
何がなんだか分からない。そう言いたげな蛭雲童に、私が言える事は少なかった。
「すまない蛭雲童。ここまでね」
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