第28話 暗闇を貫く閃光:後編

 暗い地下鉄を前後確認しながら後退するのは苦労する。特に、両腕に子どもを抱えていたらなおさらだ。

 蛭雲童は溶断刀を振り回し威嚇しながら後退するが、触れる刃は弾かれるばかり。暗く狭い通路に金属の擦れる音がむなしく反響する。

 時折背後を見て鉄鼠と呼ばれたでかいネズミのミュータントの姿を、その動きを見定める。確実に追ってはきているものの、その動きは周囲の小さい連中よりは遅い。

 両手が塞がって蛭雲童の援護に回れないが大丈夫だろうか。

 通路中央に引かれた線路が邪魔で走りにくい。端に寄ろうとするとガイガーカウンターが悲鳴を上げだす。


「あねさんどうするんですぅ!?」


 早口に叫ぶ蛭雲童に返す言葉が見つからずただ来た道を戻る。冷静に考えろ私。

 今までの戦いの中で鉄鼠は普通の獣よろしく炎自体には耐性はない。ロボットみたいな鉄の塊ということではないのだ。

 動物である以上、体を動かす間接部や目等は弱点であるはず。

 ホープをおろして精密射撃できるようになれば目だけでも潰せるとは思うが、とにかく今はホームまで戻るしかない。

 しかしそれも効かない場合も考えなければならない。相手はミュータントで、ただの動物とは違うからだ。

 元々ネズミならば視覚にはそもそもそこまで頼る動物ではない。最悪目を潰したとしても性格に追撃してくる可能性だってある。

 ただ足止めするだけでは駄目だ。どうにかしてコイツをここで殺さなければ先には進めない。

 唯一溶断刀の炎に若干の反応を見せた鉄鼠に、何か対策をと考えながら後退していく。


 そして眼前に見えるはホームの照明。

 一気に光の中へ駆け込む。そこには最初地下鉄の線路を進む前よりも兵士の数が減っていた。

 そんな兵士の一人がこちらに向かって声をあげる。


「おい!あんたら何してる!地下鉄へ行ったんじゃないのか!」

「鉄鼠だ! こっちに来るぞ! 構えろ!!」


 私が大声でそう叫ぶと皆が皆直ぐに銃を構えてトンネルの奥へ銃口を向ける。

 一人の兵士が私に駆け寄ってくると抱きかかえたホープを受け取る。

 線路とホームでは段差がある。ホープを兵士に預けるとホームに飛び乗って銃を抜く。

 間もなくして蛭雲童もトンネルの闇の中から現れ、それに続いて灰色の巨体が姿を現す。


「な、なんだコイツわぁ!」

「こんなでかくなってやがったのか……!」


 兵士があからさまにうろたえる。

 明るい場所で見る鉄鼠の姿はネズミというには醜悪で、全身の装甲のような外皮はネズミというよりもアルマジロのようだ。

 本で見たアルマジロは可愛らしいなと思っていたが、自分よりもはるかに巨大で、猛威を振るい、明らかに敵意をむき出したその姿には可愛さのかけらも感じない。

 広い場所に出たからか鉄鼠はトンネル内よりもその太い腕を振り上げて、目の前の蛭雲童に襲い掛かる。


 目を狙って銃を構えるが、予想以上に機敏になった鉄鼠の振り上げる腕や、あらぶる体躯に中々照準が定まらない。

 鉄鼠の爪を剣で受け流す蛭雲童は上手く攻撃を避けてはいるが、その動きが鈍ってきている。早くどうにかしなければ。


 周りの兵士が鉄鼠に銃撃を浴びせるも、まるで効いている様子はない。


「まだっすかぁっ!!」


 蛭雲童の息は上がっている。しかし、疲労困憊の様子の蛭雲童が一瞬、鉄鼠に隙を作る。

 振り上げた爪を受け流し、その瞬間にこちらから目を狙える位置に鉄鼠が顔を見せた。今だ……!


 銃の引き金を引き絞る。数回の発砲音が幾多の銃声に混ざる。だが。


「チッ……効かないだと……!?」


 私の放った弾丸が正確に鉄鼠の目を捉えたはずだった。しかし、その瞬間を私の目は見逃さなかった。

 瞬きだ。爬虫類、トカゲのようななんらかの幕がまぶたのように瞬きし、銃弾を防いだのだ。

 だがこれで分かった事がある。眼球そのものは弱点であることには変わらない。外皮程の防御力を持っていないはずだ。

 なにか効果のある武器が無いか考える。銃を下ろし、辺りを見渡してみる。


 その時だった。


「グレネード!」


 兵士のひとりが叫び、その声に前線で戦っていた蛭雲童はあわてて後退する。蛭雲童がいるいないなど構っていられないのだろう。


「おぉい! うっそだろクソッ!!」

「早く下がれ!」


 悪態をつきながら叫ぶ蛭雲童に私も思わず叫ぶ。そうこうしている内に投げられたグレネードは鉄鼠の足元に転がる。

 数秒も待たずして、鉄鼠の足元が爆発。近く、それに閉所で爆発したグレネードの爆発音は耳に突き刺さり気持ち悪くなる。

 埃やコンクリート片を巻き上げ、煙が立ち上る。グレネード一発でその勢いは止められた。そう思いたかったが現実はそうもいかない。


 ――キィィィィィッ!!


 けたたましい鳴き声と共に、煙の中から鉄鼠が無傷の姿を現した。

 今の爆発でさらに興奮したのか初めて鉄鼠の鳴き声を耳にしたがそれはネズミのチューチューなんて鳴き声等とは到底似ていない濁った老人のヒステリックな奇声のようで、爆発音で麻痺った聴覚でも十分に耳障りだと感じる。

 しかし、鉄鼠は何故かその場で動かなくなり、憤怒の表情を周囲に向ける。

 チャンスは今しかない。それを見た私は、傍にいた兵士の腰に手を伸ばす。


「な、なにをする!」

「こうするのよ!」


 グレネードをひとつもぎ取ると、それを鉄鼠の顔面へと高く投擲する。そして、私は直ぐに銃を構え、狙いを定める。

 鉄鼠の眼前にグレネードが飛んだ瞬間に、私はグレネードに向けて銃を発砲する。

 銃声と爆発音が重なる。それは私の狙い通り、私の銃弾でグレネードを爆破したという事だ。

 炎を纏う閃光が鉄鼠を襲う。


 二度の轟音と閃光に味方側も士気が下がりだした空気を肌で感じ取るも、それだけやった成果が確かにそこにはあった。

 爆発の後、鉄鼠はまた耳障りな奇声を響かせる。声だけで舞い上がった砂埃を吹き飛ばすさまにその場は騒然としたが、直ぐにその声一つ一つに希望の色が宿る。


「蛭雲童!!」


 私の声に皆まで言うなと言わんばかりに蛭雲童は嬉々として返事を返す。


「ああ、任せろあねさん!」


 至近距離で爆発したグレネードの威力は鉄鼠の目の幕を容易く破り、その痛みに体をひっくり返しのたうち回る鉄鼠。

 そこに見えたのは外皮と同じ灰色ではあったが、そこには鎧のような外皮はなく、乾燥してひび割れた荒野のような皮膚が露出していた。

 最も近くにいた蛭雲童は溶断刀を構え直し、鉄鼠の腹に飛び掛る。


「ヒャッハー! このネズ公! 串焼きにしてやるぜぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 真っ赤に熱せられた溶断刀が鉄鼠の腹を突き破る。あがる悲痛の雄たけび。暴れる鉄鼠の腕や足がホームの端を破壊し、壁を削る。

 のたうつ尻尾は追撃しようと飛び出した兵士のひとりを跳ね飛ばし、その様子を見て私も動くことはできなかった。

 ホームの隅に寝かされたホープの下へ駆け、間違ってもその体になにも当たらぬように身を盾にするように立つ。

 鉄鼠の抵抗に必死に耐える蛭雲童。余計な手出しは蛭雲童にも被害が及ぶだろう。兵士もそれを理解したのか、銃をおろす事はないが攻撃もせずに蛭雲童の攻撃を見守っている。


「さっさとくたばれやぁぁぁ!!」


 鉄鼠の腹を片手でむんずと鷲掴みした蛭雲童は刺した溶断刀を引き抜き、また突き刺す。傷口が焼けているのか出血は少ないように見える。

 暴れる鉄鼠の腹の上で蛭雲童は暴れ馬に跨るカウボーイのように揺さぶりに耐えながらも腹部を滅多刺しにしていく。その猛攻もあってか見て分かるほどに鉄鼠の抵抗は弱まっていく。




 凄まじい苦鳴をあげながらもがき苦しんでいた鉄鼠だったが、ついには動かなくなった。

 私たちは、いや、蛭雲童が鉄鼠を打ち倒したのだ。


「あねさん。あの小僧は?」


 自分も体中に鉄鼠の抵抗の痕が見えるにも関わらず、私のほうへ駆け寄ってきての第一声。私は思っていたよりもこの男を疑いすぎていたのかもしれない。


「ああ、大丈夫よ。気絶はしているが死んではいないわ」


 ようやく少し口調が落ち着いてくると、蛭雲童は傷の痛みで苦しそうにしながらも笑ってみせる。

 仰向けに倒れ、こと切れた鉄鼠を顎で指しながら得意げに腰に手を当てる。


「今夜は食料に困らないでしょうなぁここの連中も」

「あれ、食べれるのか?」

「肉さえついてりゃぁなんだって食えるもんですぜ。……毒が無ければ、ですがね」


 ケタケタ笑う蛭雲童に私はひとつ疑問が浮かんだ。それを、私はあえて聞く事にした。


「ねえ、あんな状況で逃げなかったのね。私たちを置いて逃げれば私に縛られることもなく、自由の身になれたんじゃない?」


 私の質問に、蛭雲童は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして唖然とする。

 何かおかしいことでも言っただろうか。今の私と蛭雲童の関係を考えれば、私は蛭雲童を肉盾として矢面に立たせるだけに使っているに過ぎない。

 それに魔都への道はもう把握した。道案内としての役割は終えている。その上で、なぜ私を自分の身を投げてまで守ろうとしたのか。

 普通のブリガンドだったらさっさと逃げ出しているだろう。

 返事を待つ私の顔を見て固まったままの蛭雲童は、ようやく動きを見せたと思ったら間の抜けた顔のまま自分の頭をぼりぼりと掻き始める。


「あぁ~……なんででしょうね?」

「聞いているのは私よ」

「う~む。急なことでしたからねぇ。思わず向かってしまいやした」


 何も考えていないのか、それともとぼけているのか。コイツの場合どっちでもありえるから判断しにくい。

 ため息をひとつ。私はようやく銃をしまう。

 そこでホームの階段から足音が聞こえてきてそちらを見ると兵士が一人ホームに下りてくるところだった。

 その兵士が他の兵士としている会話を耳にする。


「駅前まで迫ってきたブリガンド連中だったが撤退した」

「そうか。こっちもアレ見ろよ。まったく上も下も厄介ごとで厄日もいいところだぜ」

「ああ、まったくだ。今日はポーカーはしたくねぇなぁ」


 冗談も交えながら話す兵士たちを見て私たちはようやく日常の中に戻ってきたのだと実感する。

 しかし休んでいる時間はあまり無い。ホープが目覚めて、容態を見てから直ぐにでも旅を再開する。

 魔都はもう目の前なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る