第27話 暗闇を貫く閃光:前編
日が昇っていて、相変わらず曇り空であったが、雲は薄く、差し込む陽光は昨日渋谷に着いた時よりも明るく地表を照らしている。
薄く積もった雪は夜の間に雪が降らなかったからか道の端に残るばかりだ。
蛭雲童を伴い地下鉄の中、ホープの後をついていく。
私の決意を認めてくれたのかホープは地下鉄出口までは一緒について来ると言ってくれた。
でも、昨日の話が本当だとしても、こんな小さな子供にそんな無茶はさせられない。
「絶対だめ、危ないからやめておきなさい」
「ここは外の常識が通じるところじゃないんだよ。危ないのはステアーさん、あなたと蛭雲童さんですよ」
「大人の言う事は聞くものよ」
お互いに引く気は無い。そういう雰囲気の中で私とホープは顔を近づけてにらみ合う。
それを見て蛭雲童は肩を
「はぁ、
ブリガンドだった奴がいうと随分説得力あるな。といいそうになって言葉を飲み込む。
足は洗ったといいつつも、思考がそのままなら意味は無い。ホープと別れたらその事を教えてやらないと駄目だ。
他人が聞いているところでわざわざ説教なんてのは相手が目上目下関係なくしちゃいけない。相手のプライドを傷つける。
それを理解しているからこそ、ここは年長者を立てる事にする。ホープに何かあれば私が動けばいい。
「分かった。でも先頭は――」
いいながら蛭雲童の顔を見る。私の顔を見て私の次にいう事を察したか微妙に顔が引きつっている。だが私は無慈悲にいってやる事にする。
「――蛭雲童。アンタが行くのよ。年長さん」
「あー……やっぱそうなるんすねあねさん」
あからさまにガッカリと肩を落とす蛭雲童を見てホープはくすっと小さく笑った。
「頑張ってくださいね、おじさん?」
「だぁからお兄さんだって。……しゃあねぇ、どうせ本当ならもう無い命だ」
パンパンと自分の頬を叩いて気合を入れる蛭雲童にまぁ頑張りなと軽く声をかけてやると私達は駅の方へ歩き出した。
ヴィレッジを出て駅構内に入ろうとしたところで、蛭雲童はアッ! と大きな声をあげたので反射的に立ち止まる。
「なに。どうしたの」
「武器返してもらえてねぇ! 流石に魔都まで丸腰で行けって訳じゃないっすよね? 肉壁にしてもらっても構わないっすけど戦えないんじゃ時間稼ぎ役にもなれないですぜ……」
慌てて饒舌にな蛭雲童を前にホープは、ちょっと待っててくださいとだけいって走り出す。それを見て私達はしばらく駅の前で立ち止まって大気する事にした。
直ぐにホープが戻ってくると、その両腕に蛭雲童の剣を抱えていた。よく見ると心なしか綺麗になっている気がする。汚れが落ちているという感じだ。
走って戻ってきたホープは蛭雲童に剣と銃を差し出す。どっちも没収されていた蛭雲童の所有物だ。
「はい。お返しします」
「おお! やったぜ! コイツがありゃあ文句はねぇ」
武器を返してもらい上機嫌な蛭雲童を見てホープは微笑む。
だがその後、また立ち寄る際は没収ですけどね。と言い放ち蛭雲童はいい加減信用してくれてもいいだろぉ? とぼやいて分かりやすく残念そうな顔をしているので思わず笑ってしまった。
******
ぞろぞろと駅の構内に入るとそこには巡回する武装した警備兵が多く行き来していた。電気が通っており、空調が効いているのか中は少し外より暖かい。
すると兵士達の雑談が耳に入ってきた。
「おい聞いたか。わざわざ魔都に行きたがっている奴がいるらしいぜ」
「まじかよ。自殺志願者かなんかか?」
「世捨て人なんだろうよ。まぁ、こんな世界だ。死にたくなる奴なんてごまんといるさ」
……別に死にたいわけではないが、自棄にはなっているかもなと思ってしまい、突っかかる気は起きなかった。どうせその自殺志願者にお前らの食い扶持を減らされるんだから。
死にたくなる奴、か。いつの時代も、そういう人間は存在しただろう。世界は人類全てに甘くないし不平等で、理不尽だ。
それは世界がこんな姿になる前も後も変わりはしない。
多くの不幸を味わってしまえば、前向きに生きようなんて気力すら潰される。汚染と暴力と飢えに苦しむ今この世界なら、生まれ事を後悔する人もいるだろう。
この渋谷がまだ眠らない町などと呼ばれていた時代も、人それぞれの避けられない苦しみを抱えていたんだろうと広く朽ちた通路を見て思う。
生きなければ。
何が幸せとか成功かなんてわからないけど、死んだら終わりなんだ。それに、私は他人になんか殺されたりしない。
魔都には、生きる為に向かうんだ。
しばらく歩いて階段を降り、地下へと向かう。その最中、蛭雲童は私の前で口を開いた。
「あねさん、思ったんですがねぇ」
「なんだ」
「出入り口潰すんでしょう? 俺達帰りどうするんです?」
私は答えに窮した。どうせ魔都の外には私の居場所なんてない。そう思っていたから飲んだ計画だったからだ。
答えに困っている私を察したのかホープが間に入ってくる。
「戻ってくるときに爆破すればいいんじゃないかな? 帰り道が無いと心細いでしょう?」
確かにそうだ。だがそうなると、いつ爆破する日が来るか分かったものではない。
きっと、どうするかは私に任せるといった感じでホープはタイミングに自由にしてくれたようだ。その配慮はありがたい。
「……そうね」
「いいのかよ。その間にもミュータントはそっちに行くかもしれないんだぜ?」
「やる事は変わりませんから」
そんなやりとりをしている内に、私達は地下鉄のホームに辿りついた。
電車の姿は無い。ホームは清掃がされており、鉄柵等で簡易的なバリケードが作られており、警備員達が銃を手に周囲を警戒していた。
ホープは迷わずホームから線路に飛び降りる。電車が走っている路線だったら絶対できない事だろう。走っている電車なんて見たことが無いけど。
線路の上を歩き、ホームから離れた線路の向こうをホープは指差す。そこはトンネルになっており、暗闇がぽっかり口を開けている。
「地下鉄の線路は、2本並んでいるんだけど、途中から線路の間に壁が出来てしまって、狭い一本道になるんだ。その場所まではボクが案内するけど、そこから先は自己責任でお願いします」
ホープからの最後通告に、私の思いは変わらなかった。
「ええ、お願いするわ」
「……分かりました」
私はハンドライトとTMPを引き抜くと構えながらトンネルの中へと照明を向けた。
それを見て蛭雲童も溶断刀の電源を入れ、刀身を熱し始める。
警備員の一人がホームから大きめのハンドライトを二つよこしてくれると、それをホープが受け取って蛭雲童に一つ手渡した。
「さあ、行きましょ」
私がそういった。その矢先だった。
「ブリガンドの部隊が駅に接近中! 迎撃体制に入れ!」
天井からけたたましい警報が鳴り響き。続けて男の怒声による構内アナウンスが鳴り響く。なんてタイミングだ。
私は私たちと、何よりホープがここにいていいのか逡巡していると、ホープが言った。
「地上はなんとかなるはずだから、ボク達は地下鉄を進みましょう!」
「でも……!」
ホープは決断力がある。どうしても深く思考を巡らせがちな私にとって今の言葉は助かる。
しかしやっぱり申し訳なさがある。自分のヴィレッジが攻撃されようとしている今、私たちを優先するにはかなり葛藤があってもおかしくないはずだ。
私が悩んでいると蛭雲童が私を肩をポンと叩く。
「今まで生き延びる為なら何でもやった。むざむざ表に出て行って死にたくねぇ」
蛭雲童も尻に火が点いたのかここに来てやる気を見せ始めた。
だがここから先、本当に命に危険が迫る事が多くあるだろう。私はここで、蛭雲童の気持ちを試すことにした。
変なところで逃げ出したり、裏切られたりはごめんだ。
「じゃあここで死ぬ?」
銃を突きつける私に蛭雲童は笑う。その笑みはいやらしさや悪巧みをしているような顔、ブリガンドの顔ではなかった。
「そう言って撃たないのが姉さんでしょう?」
その問いにさあねとだけ言って、銃を下ろし地下鉄を進む。
会って間もない奴だけど。今はこの男を信じてみようと思う。
「さあ急ぎましょう」
ホープに急かされ私達は地下鉄のトンネルを駆け始めた。
中は広く、天井が崩れてないのもあって瓦礫も無く、埃も思ったより少ない。
埃が少ないのはミュータント等が行き来しているからだろうか。
そう思っていると先頭を走る蛭雲童が急に足を止めた。
「クソッ! ミュータントですぜ!」
蛭雲童が身構える。その先にそいつらはいた。ミュータント化したネズミの群れ。
所々体毛が無く、大きく真っ赤な四つ目の異形だったが、その体躯が僅かに元はねずみだった事を物語っているミュータント。それが凄まじい大群でこちらに向かってくる。
一匹一匹は小さいが数え切れない数のねずみで床が見えないほどだ。
毒を持っているかもしれない。最悪だ。
「チッ……数で攻めてきたわね」
「こいつらが今駅にまで出て行ってしまったらそれこそ地獄絵図だ! ヴィレッジがミュータントとブリガンドに挟撃されちまうぞ!」
叫んだ蛭雲童はその場でハンドライトを床に置き、銃を抜く。剣と銃で迎撃の態勢をとる。私も手首を交差させた銃とハンドライトの構えをとり、射撃先の相手を暗闇の中でも捉えやすくする。
ホープも攻撃を避ける為に腰を落として身構え、全員が万全の状態でねずみの大群を迎え撃つ。
こういう手合いは銃には不向きだ。銃で応戦するが、銃では群れた敵にはなかなか決定打を与えられず、苦戦する。蛭雲童の炎を纏った剣でも、近づけさせないので手一杯だったが、ホープは身も凍るような氷の息で、ネズミを氷漬けにしていった。ホープの攻撃を頼りに前進していく。
「……! 最悪だ……」
ホープの口からそんな言葉が出てきたのは大群があらかた片付きそうな時だった。
目の前に電車の車両なみに巨大な獣、その体つきと顔、げっ歯類特有の歯でネズミと分かったが、毛が無く、ライトに照らされたその表皮はさながら鎧。
「おいおいおいおいおい! なんなんだコイツぅ!?」
蛭雲童も流石に見たことが無いのか、あまりの大きさの化け物に声を荒げる。ホープはなにやら知っているみたいだが……。
「ホープ! コイツは!?」
「
「てっそ? なんだそれは……」
聞いた事の無い名前だ。幸いそのでかい図体が災いしてか動きは遅く、後退しながら大きな的に銃弾を浴びせる。
だが、さながら鎧の様な肌に私の銃が有効打になっている様子は見えない。長らく人間と対峙して来た害獣の一つの進化の姿がこれだとでもいうのか。
それでもこちらには人間の進化の形、ホープがいる。
絶対零度の息はさっきまで大量のねずみミュータントを私と蛭雲童が苦戦している間にその大半を葬っている。
所詮獣。細胞まで凍りつくようなものまでは厚い皮と脂肪でもどうにもなるまい。
「ホープやれる!?」
「ええ、こんな奴……アッ!」
ホープが前に出た。その時だった。
「おい! あぶねぇ!!」
蛭雲童が叫ぶ。しかし遅かった。
鈍い音を立てて、ホープはコンクリートの壁に猛烈な勢いで叩きつけられたのだ。それは本当に一瞬の隙が招いた事だった。
なんとかできるんじゃないかと思っていた矢先、ホープが前に出て息を吹きかけた瞬間、暗闇から現れたネズミに腕を噛みつかれたのだ。
振りほどこうとした刹那、〝鉄鼠〟の豪腕の一撃でホープは弾き飛ばされてしまったのだ。蛭雲童はその瞬間を見ていたが体は思考よりも遅く動く。間に合わなかったのだ。
ずるずると壁に背を預け床へと崩れゆくホープは意識を失っているように見えた。
まずい。私は瞬間的にホープの方へ走っていた。
飛び掛ってくる小さなねずみミュータントを銃で叩き落し、なんとかホープの体を抱き上げる。
だがその体勢は背後に鉄鼠を立たせる位置だ。
私は焦り振り向く。
「チッ……!」
予想通り、鉄鼠は私の方へ向き、その丸太のような腕を振り上げていた。叩き潰すされる……!
「待ちやがれこのクソネズミが!」
「蛭雲童!?」
私と鉄鼠の間に蛭運動が滑り込むと真っ赤に光る溶断刀を振り回しながら銃を振り上げた鉄鼠の腕に撃ち込んだ。
蛭雲童の背中が大きく見える。
「あねさん! そいつ連れて後退ですぜ!」
「あ、ああ……!」
ホープを抱きかかえながら私達は来た道を戻る。鉄鼠をどうにかしなければ……!
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