第24話 進化の形:後編
高らかに叫ぶ蛭雲童は軍刀、文明崩壊前に日本で製造された溶断刀を握り込む。恐らくどっかの軍事施設から使える物を手に入れたのだろう。複製品でなく使用に耐えうる程の武器はかなり珍しく高価な物だ。それを蛭雲童も分かっているようで、ただ刃物を振るうにしては自慢げだ。
刃はいつの間にか真っ赤に光っており、刀身の周りが熱気で歪んで見える。切れ味鋭い焼きゴテとでも言うべきか。
元々切れ味鋭そうな軍刀と思ってはいたが、柄から切っ先まで鈍い灰色だったカグツチはまるで神話の世界に登場する聖剣の類に見えた。
ただその輝きは聖なる輝きなんてファンシーなものではない。明らかな殺意を宿した科学の〝ちから〟だ。
私に誠意を見せるつもりなのか、蛭雲童がミュータントに軍刀で斬りかかる。
その動作と合わせミュータントも激しい咆哮を上げ、その犬や狼に似つつも耳障りで神経を逆なでする忌々しい音に思わず耳を塞ぎたくなる。
「そぉらよ、食らいな!」
蛭雲童が正面のミュータントへ向けて斬りかかる。しかし……。
「チッ!」
思わず舌打ちして蛭雲童の遥か頭上に銃口を向ける。
仲良く三頭並んで突っ込んできた内の中央の一頭が蛭雲童を飛び越えて私に向かって来たのだ。迷う事無く空中のミュータントに向けて弾丸を放つ。
乾いた銃声が数発。
ギャン、とひと鳴きして宙でバランスを崩したミュータントは私の前、蛭雲童の後ろにドサッと落ち、アスファルトの上で動かなくなった。
蛭雲童の方を見る。飛び掛ってきたミュータントを軍刀でいなしながら、隙を見て軍刀で攻撃していくその動きは大振りで力任せに見えるが体の動きは素早く、足捌きが見事だった。
二頭、左右から来る攻撃を少ない動作で僅かに後退し獰猛な噛みつきを避け、前に出た頭をその大振りな一撃でかち割り、一頭を早々に屠る。
振り下ろした刀をそのまま飛び掛ってくるミュータントを回避、すれ違いざまに下から喉へ白い熱を帯びた刃を払い上げ、ミュータントの首を焼き切った。
蛭雲童がカグツチを振り切る時にはミュータントの頭がゴトッと地に落ち、司令塔を失った首無しの胴体はほんの数秒、全力で前進し、瓦礫の山に突っ込むと後ろ足を痙攣させ、直ぐにその動きも止まった。
見ていたのも十数秒程。ミュータントを二頭、あっさり倒してしまうとは意外なほどに蛭雲童は強かった。
これだけの力がありながら革命軍に従わざるを得なかったと思うと、革命軍の戦力がどうなっているのか、考えるのも嫌になる。
「ふぅ~……。ねえさん、片付きましたねぇ」
わざとらしく大げさに額の汗を拭う仕草をしてみせるが、蛭雲童は鉢巻を結んでいる。明らかに演技だ。
「ああ」
「で、ねえさんのお名前、聞かせてくださいよ」
唐突に話を戻され面食らう。しかし、今の働きを見て、少しはこの男の事を疑い過ぎだと判断した。
礼儀を示す相手として最低見ても良いだろうか。そういう意味も込め、私は名乗ることにした。
「私はステアー。呼び捨てで構わないわ」
「ステアーさんっすね。ん~……」
しばらくなにか考えているように顎に手を当てていると蛭雲童は突如ヘヘッと笑い出す。
「やっぱあねさんで。言い慣れちまいまして、ヘヘヘ……」
その言葉に肩を竦めてみせた。
「やれやれ」
一息ついて、漸くTMPをホルスターに収めた。
周囲にまだ化け犬のお仲間がいないかジッと聴覚を働かし、少ししてまた渋谷に向けて歩き出した。
******
ここに来るまでにひどく時間がかかった気がする。
横浜ヴィレッジを出てから細かな日数なんてもう分からない。数週間は経っただろうか。
地図だけで見たら直線距離にして全力で走れば一日で駆けれそうな距離にも関わらずこんなに時間がかかっているのはシンプルに酷く回り道をしなければならなかったから。
ブリガンドやミュータントも十分脅威ではあるが、一番の脅威は至る所にある倒壊寸前の高層ビルや既に横倒しになった瓦礫の山だ。
遠目にビルが倒壊するのを目の当たりにした時、ふとキャラバン隊が輸送路を変えるために地図を書き換えていたのを思い出す。
東京の西側にまで行くほどの遠回りに嫌気が差してきたが、それももう終わり。
歩き続けて周囲のビルも背が高いものが増えてきた。
それに、河川敷周辺ではよく見かけていた一軒ややモルタルのアパートと言った古い建物がかなり少なくなっており、金属質の壁が目立ってくる。
やがてタイル張りの壁の建物も少なくなり、殆ど視界に入る建物は近未来的なデザインへと変わっていく。
地面を埋めるアスファルトも亀裂が入ったり、割れたりはしているが元々は凹凸が少なく、かなり綺麗に整備されたものだとわかった。そして横に広い。
片側三車線が殆どで、周囲にうち捨てられた戦車などの軍用車両を見るに、非常時は軍が優先して利用するために車線の多い道路が増えているように感じた。
そんな広々な道路のド真ん中をたった二人歩いて進む。冷たい風と人気の無い広い空間で物悲しさがあったが、道中上機嫌になった蛭雲童が絶えずおしゃべりしていたので気は紛れた。
本人は別に私の気晴らしの為に語っているわけではなく、単に自分の得物の自慢がしたかっただけだったが。
「それにしても、この大気汚染と極寒に対応する為に変異したのがミュータント。それは突然変異と言うべきか、環境に対応する為の進化なのかしら……」
歩き出してから私は何気なく蛭雲童に話しかけていた。自分でもどんな心の変わりようだと思ったが、気付けば言葉を投げかけていた。
そしてまたヘラヘラと笑って返すと思っていた蛭雲童は真面目に答える。
「そりゃどうでしょうねぇ。汚染という外的要因で遺伝子が捻じ曲がってしまったものを、果たして進化と呼べるのか…いや、こんなこと考えても答えは出ませんぜぇあねさん」
「……そうね」
そうだ。こんなことを考えても答えが出るはずがない。少し感傷的になってしまっていたのかもしれない。私は蛭雲童を促し、曇り空の廃墟群を歩き始める。
「蛭雲童、今どこら辺?」
「渋谷ヴィレッジまでもうじきって所ですぜ。そういや渋谷ヴィレッジについて話してませんでしたねぇ。どうせまだ歩くんだ。ちょっとお話しましょうか?」
退屈しのぎにもなるし、もしヴィレッジに到着してから変なルールがあるだのなんだの言われても困る。
聞くだけ聞いておこうと思い、一言お願いと言うと了解! と蛭雲童は嬉々として前を向いて進みながら話し始めた。
「渋谷は特殊な運営をしているヴィレッジで、魔都から現れるミュータントを討伐し、周囲のヴィレッジの安全を守ることを条件に、周囲のヴィレッジから物資を融通してもらっているんでさぁ。ミュータントを討伐しているってことは、どこかに魔都と繋がる道があるはずでしょう」
蛭雲童の淀みない筋が通った説明に、思わず感心する。
ただの頭が悪く、腰の低いブリガンドだと思っていたが、戦闘面だけでなく頭も切れるのかもしれない。少なくとも、最初会った時よりは信用できる。……かもしれない。
「よく出入りしていたの?」
「いやぁ入れてくれるはずがありません。あそこはミュータントとブリガンド、怪しい商人なんかが入ろうもんなら直ぐ蜂の巣ですぜ。」
まぁ蜂の巣なんて見た事ないんですけどねぇ! と言ってゲラゲラ笑っている蛭雲童を見てやっぱコイツは馬鹿かもしれないと思った。
どれほど歩いただろうか、高層ビル群の中に少し背の低い建物が見えた。
渋谷駅だ。正面に渋谷駅を確認すると気付けば周りのビルがガラス張りであったり、円柱形だったりと特徴的な造りのものが増えてくる。
しかし正面には明らかに廃材で作られたようなゲートも目に入っていた。多分ヴィレッジに入る為の検問所だろう。だが肝心の見張りが見受けられない。
門の前に着く。鉄板やトタン板などを組み合わせ、上部には有刺鉄線を張ってある大きな門だ。
一見壁に見えるが、両端と真ん中で奥行きがある事で横にスライドするタイプなのだと分かった。
「おい、誰もいないみたいだけど……」
「そ、そんな筈は。お~い! 誰かいませんかねぇ!?」
蛭雲童が大声を上げる。すると、いきなり門の上から銃を構えた男が四人顔を出す。ヴィレッジの警備隊だろう。
だがその警戒心は今まで見てきたヴィレッジと違い、一斉に銃をこちらに向け、その殺気はビシビシと体に刺さる程だった。
流石にこれはただ事じゃないと分かる。私たちは両手を挙げて、敵対しない姿勢を見せる。だが……。
「ん……お前を知っているぞ。蛭雲童とかいう奴隷商をやってるブリガンドだろう! 一緒にいるということは、そっちの女もブリガンドだな!」
一人の男が銃を構え直し、直ぐにでも発砲しそうな勢いだ。最悪だ。
「おい、お前顔割れてるじゃない……」
「ヘ、ヘヘ……おっかしぃなぁ?」
上ずった声で笑ってみせても情けないだけだ。さて、どうしたものか。
蛭雲童は訴えかけるように身振り手振りで大げさな声を上げてなんとか身の潔白を訴える。
「いや、俺はもう足を洗ったんだ。あねさんもブリガンドじゃねぇ! 俺が道案内をしているだけのお人だ!」
必死になんとか取り繕うも、既にブリガンドという認識を持たれている以上寧ろ直ぐに撃たれない今の状況は最初よりも温情だなとすら思ってしまう。
最悪、コイツを後ろから撃ち殺して首を土産に入れてもらうしかないか……。
などと考えているといつの間にか場の空気は更に重くなっていた。
「嘘をつくな! そんなに簡単に足を洗えるものか。ブリガンドが何をしにきた! 早々に立ち去らんと射殺するぞ!」
一触即発。張り詰めた空気の中、突然幼い少女のような声がした。
「待って」
幼いが、どこか凛とした声。その声と共に門の上の警備隊の一人が姿を消す。
その直ぐ後、開かずの扉かと思っていた目の前の巨大な門はギィギィと言う耳障りな音を立てて開いた。
いったいなにが起きたのか。開かれた門の中から、この極寒にも拘らず薄着にフードを被った子供が現れる。
片目を前髪で隠し、薄青い瞳を持った、どこか幻想的な子供だった。
両手を挙げたままの私達に向かって歩き出す子供に門の上にいた警備隊が大声を出す。
「ホープ様! そいつらはブリガンドです! 危険ですからお下がりください!」
そんな声にホープと呼ばれた子供は右手を軽く上げて大丈夫、と無言で示すと小さな歩幅ながらしっかりした足取りで蛭雲童前まで立つとジッと顔を覗き込む。
小さな少年だった。身長は一五〇cmくらいだろうか。一八〇以上あるだろう蛭雲童との身長差は凄まじく、傍から見たら人攫いと被害者の子供だ。
しばし蛭雲童の顔を見ると、ニコッと笑顔を蛭雲童に投げかけると直ぐにまた無表情になり、今度はスキップしながら私の目の前までやって来た。
近くで見るととても色白な肌は陶器のような白さと美しさで、妙に艶っぽい。見慣れぬ色の髪と目の色はまるで澄んだ水が凍ったような透き通った美しさで、人間離れした雰囲気を全身から放っていた。
整った顔つきで声色からも少女かと思ったが見つめられている為に私もその顔をジッと見つめるうちに少年、男の子だと気付いた。
正直ここまでじっくり見る機会が無ければ、決定的証拠でも見ない限り気付かなかっただろう。
冷たい色をした瞳であっても、じっくりと見つめるそれはまさに熱視線といって過言ではなかった。
それは好奇心に満ちた目だったが、どこか私の腹の内を探るような見透かされるような瞳で、私は段々その目線をそらしたくなってきた。
漸く満足したのか、無表情からまたにっこりと笑顔を作って私に向けてくる。
「この人は悪い人には見えない。ボクが面倒を見るから通してあげて」
なにが判断基準だったのかわからない。それにこんな子供一人の言葉に警備隊が従うはずが無い。
そう思っていた。だが私の予想は即座に裏切られる。警備隊は銃を下ろすと急に私達に敬礼までしてみせたのだ。
「はっ! 失礼しました! どうぞお通りください!!」
「ようこそ渋谷ミュータント討伐前線基地へ!!」
あまりの扱いの変わりように私も蛭雲童も唖然としていた。そんなことをよそに、ホープと呼ばれた子供は私の服の袖をクイクイと引っ張る。
「ボクはのぞむ。
なんだか釈然としないまま、それでも無事私たちは渋谷ヴィレッジへ入ることができた。
ぐいぐい引っ張られつつ、蛭雲童の横を通り抜けてこの氷室 望を名乗る少年と三人、門を通り終えたとき、急に望は私から手を離してこちらに振り向いた。
「あ、そっちの鉢巻のお兄さんは武器預かるね?」
その言葉に私が後ろを向くと蛭雲童は既に警備隊二人に挟まれ、差し出された手に腰に差したカグツチを預けていた。
私の背後でまた声がする。望の声だったが、その言葉に私はただただ驚いた。
いや感心したと言うべきか。私が見た限りでは、望は蛭雲童の顔を眺めていた。それだけの筈だ。だが、その言葉でそうではなかったのだ。
「それと、ジャケットの内側にある拳銃も預けてね」
少年の青白い瞳が鋭く光った。と思った次の瞬間にはまたあどけない子供の笑顔を見せてまた私の手を引き歩き出す。
この子は、一体何者なんだ。この渋谷にとってどんな存在だというのか。この地から、本当に塀の向こう、魔都へと行けるのか。
今は、この不思議な少年に従うしかない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます